案外大丈夫なのか?
「…………という形で護衛を雇う形になりますね」
そんなこんなで詳しい人を呼んだ結果いつも葛西セキュリティサービスに入るときに顔を合わせていた受付の人が細かい説明をしてくれているのを俺たち三人は黙って聞いていた。
古森と名乗った受付の人が持ってきてくれた冊子はとても分かりやすく、これまで良く葛西セキュリティサービスの依頼者との契約について良く分かっていなかった俺にもためになる事ばかりだった。
――千登世嬢と正式に契約した時には千登世嬢が勝手にどんどん進めてたからな……
「なるほど、大体は分かりました……しかし、この子は男性が苦手なんですが、護衛の方に女性いらっしゃるんでしょうか?」
竹内さんは冊子をキチンと読みこみながら不安そうに棗さんの顔を見て小森さんにそう言った。
「……いる事には居るんですが、今葛西セキュリティサービスに所属している女性警備員はほとんどが大口の業務についておりまして……今依頼できるのは男性警備員になります」
古森さんは申し訳なさそうに眉根を下げながら言った。
勿論一番は女性の警備員が付くのが棗さん的にも、竹内さん的にも良かったのだろうが、女性の警備員が皆大口の業務についているとなるとしょうがないが男性の警備員の中から棗さんが平気な人材を探すしかないだろう。
「因みに、出来る限り依頼者様のご意向に沿うためにも、どのような男性が苦手なのか確認してもよろしいですか?その条件に合う警備員をこちらで選考させていただきますが」
「分かりました。基本的には体格の良い男性はほとんど無理みたいです。後は言葉遣いが乱暴な方は苦手見たいです。……そうよね?棗?」
「……うん」
竹内さんが棗さんに確認をしながら上げた苦手な要素を古森さんは一つ一つメモをしていた。
棗さんが挨拶をした時にも思ったが、こうして改めて棗さんの声を聴くと特徴的ではあるが、不思議と耳に残る声だなと思った。
あまり詳しくはないので何とも言えないが武智君が言っていた声を仕事にしていると言っていた意味が分かる気がした。
「因みに体格が良いと言いますと、どの程度までが許容範囲ですか?」
「飯田さんぐらいであれば問題は無いと思うんですが……」
竹内さんは小森さんの質問に先ほども言っていた俺ぐらいであればと答えていたが、この葛西セキュリティサービスですれ違う警備員の方々は一姫さんの訓練で少しは筋肉が付いたとは思うがそれにしても俺よりも一回りも二回りも大きい方ばかりなので、なかなか難しいんじゃなかろうか
「そうですか……そうなると中々難しいですね……業務内容もストーカーからの警護となればある程度の荒事になる恐れもありますし……」
小森さんも俺と同じ意見のようで少し悩むように顎に手を添えながら言っていた。
確かにストーカーが破れかぶれに暴力に訴えた時に、棗さんを守れるような人でなければ被害が一人から二人に増えるだけだろう。
得てして何かしらの武道や武術を修めている人は俺よりも体格がいい傾向にあるし、俺も半年という期間しか一姫さんとの訓練を行っていないのでまだ比較的体ががっしりしているというレベルではあるがこのまま一姫さんとの訓練を継続していけばそれなりの体格になるだろう。
「……何とかなりませんか?」
「そうですね……」
小森さんの悩まし気な表情を見て不安になったのか、棗さんが縋るように小森さんに話しかけるが小森さんもそう簡単に同意しても居ないものを出せるわけもない。
「一応こちらの方で条件に合う方を探してきますので、少々お待ちいただけますか?」
「ええ、構いませんよ」
小森さんは一度パソコンを使って条件の合う警備員を探すために先ほどまでメモを取っていた用紙を胸元のポケットしまいながらそう言って待合室から出て行った。
そうして再度俺たち三人が待合室に取り残された。
相変わらず棗さんはびくびくしているし、竹内さんも特に話すこともないのか無言で棗さんのスケジュール表だろうか、手帳を取り出して確認していた。
特に俺も話すこともなくなっていたので、もうすでに半分ほどのお茶をコップを傾けて飲んでいると、何やら棗さんが話そうと口を開いては、閉じているのが目に入った。
「……どうかしましたか?」
一生懸命何かを話そうとしている棗さんを見て俺も少しでも手助けが出来ればと思い話しかけると、棗さんは野生の小動物が遠いところから顔を半分だけ出して此方を確認するように恐る恐るか細い声で話しかけてくれた。
「……あの、理那ちゃんと同じクラスってことは、高校一年生だよね?」
棗さんもどうにか俺との距離を詰めようとしてくれているのか、人見知りで話しかけるのも結構キツイはずだが割と無難な世間話をしてくれた。
「えぇ、まぁそうですね」
「理那ちゃんからは、私の事なんて聞いてるの?」
「えと、そうですね……男性が苦手で、今大人気の声優さんだと聞いてますよ」
相変わらず恐る恐るという様子だが、何とか棗さんが話そうとしてくれているおかげが会話が進んでいく。
「理那ちゃんったら……私そんなに凄くないのに……そもそも初めて脇役で出演したアニメが人気になって、それで色々なお仕事が貰えるようになっただけだし」
棗さんは理那さんにハードルを上げられたのが恥ずかしかったのか少し照れたように頬を赤くして髪の毛を手のひらで撫でつけるようにいじっていた。初めて怯え以外の棗さんの表情を見た気がするがストーカーが付くもの分かるような気がしてしまった。
容姿が整っているのは勿論だが、千登世嬢がクラスのアイドルのような容姿だとすると、棗さんは俺だけがこの子の良さが分かってる的な、普段影は薄いが、ふとした瞬間にドキリとさせられるような感じがして最近傍若無人メンタル弱者の千登世嬢とばかり接していた俺は不覚にも少しときめいてしまった。
「いや、棗は今大人気ですよ?うちの事務所でも若手の中では一番の売れっ子ですし」
棗さんが言った事が心外だったのかスケジュールを確認していた竹内さんが付け足すように言った。
「へぇ、そうなんですね」
「私はもう少し棗にも自信をつけて欲しんですが、そんなときにこのストーカー被害ですからね……」
竹内さんも今これからが一番大事な時期にもかかわらず、棗さんに苦難が訪れていることに心を痛めているようだった。
「……自信は無いかなぁ、私ってただ運が良かっただけだし……」
「運も実力のうちって言うでしょ?それに棗は普通に実力もベテランさんに引けを取らないんだから……後は棗が自分でもっと自信を持っていればもっと人気になれるんだから」
「でも、ちょっと前に出演したアイドルアニメでも、私のキャラソンCDだけ売れ上げ微妙だったし」
「あれは貴方が、歌はちょっと……とか言って、自分の良さを出せなかったからでしょ?」
棗さんはマネージャーの竹内さんとであれば普通に話すことが出来るようで俺と話すときのようなたどたどしさもある程度に収められていてこれが本来の棗さんなんだろうなと思った。
「CDとかも出すんですね、声優さんって」
「そうなんですけど、どうも自分一人にフォーカスが合うようなのは棗は苦手みたいで」
「それでも凄いですよ、CD出てるなら買ってみようかな……」
「……ちょっと恥ずかしいので、買わなくていいですよ」
「なんでよ、せっかくファンが出来るかもしれないじゃない」
「だって……私の事知ってる人がCDとか買ったら、『へぇ、棗さんってこんな感じで歌うんだ、面白れぇ奴』みたいになるし……」
面白れぇ奴ってなんだよ……ならないよ、多分。
それにしても竹内さんを挟みながらであればある程度話せることも分かって安心した。
相変わらず棗さんと竹内さんは仕事の事でぶちぶち言い合っているが、先ほどパソコンで条件に合う警備員を探しに行っていた小森さんが二つのファイルを持って待合室の扉を開けて戻ってきた。
「お待たせしました。一応今葛西セキュリティサービスで雀宮さんの条件に合う警備員はこの二人になりますね」
そう言って小森さんが持っていた二つのファイルを机の上に広げた。




