やっぱりこうなるか
千登世嬢を何とか慰めて落ち着かせるまでに二時間ほどかかった次の日、俺は葛西セキュリティサービスに呼び出されていた。
滅多に呼び出されることなんてなかったので、何かしてしまっただろうか……と不安になってしまうが、特に思い当たる節もないので静かに受付の人にここで待つようにと言われた待合室のソファーに座ってぼーっとしていた。
「飯田さん、お待たせ致しました」
俺がぼ―っと待っていると待合室の扉を開けてお茶をトレイの上に入れた受付嬢さんがそう言いながら入ってきた。
「いや、別にそれは良いんですけど、俺、なんかしましたっけ?」
「いえ、本日は飯田さんのお知り合いという方が、ご依頼に来てくださるので一応と思いまして」
俺は受付嬢の話を聞いて今日なんで呼び出されたのかが分かった。
携帯を開いて千曲さんからの連絡が無いかと確認すると、やはり千曲さんから『今日、棗さんが葛西セキュリティサービスに行って見るって』と連絡が入っていた。
「あぁ、なるほど」
「はい。ですので、依頼者様が見えるまで少々お待ちください」
俺が納得すると、受付嬢はトレイの上に載っているお茶をテーブルの上に置いて待合室を出て行った。
「あの、すいません。ここで宜しかったですかね?」
俺が冷たいお茶をちびちび飲んでいると、待合室の扉をノックしながらそう声を掛けられた。
「あぁ、いいですよ~」
「それでは、失礼します」
そう言って扉を開けて入ってきたのは千曲さんに見せてもらった棗さんと思しき少女と、スーツを身にまとった妙齢の女性だった。マネージャーか何かだろうか……?
「本日はよろしくお願いします。私は雀宮 棗のマネージャーをしております、竹内と申します」
「あぁ、わざわざありがとうございます」
竹内さんから名刺を受け取ると、竹内さんは自分の後ろに隠れていた棗さんの肩を掴んでずいと前に出した。
「ど、どうも。雀宮棗、です……」
棗さんは俯きながら、たどたどしく自己紹介をしてくれた。やはり写真で見た時に思った通り、幸が薄そうではあるがかなりの美少女だった。肩に掛かる程度の黒髪は綺麗にセットされているし、肌は白く、顔は小さい。
その小さい顔に対して顔を少しでも隠すためだろうか大きい黒縁の眼鏡をしているが、それもアクセントになって魅力の一つになっている気がした。
まぁ、自己紹介をしてから直ぐに俯いてしまったので予想通りと言うかなんというか……やっぱり男が苦手なのだろう
「飯田郁真です。よろしくお願いします」
二人に自己紹介をしてもらったので俺も自己紹介をする。
「あ、取り敢えず座ってください」
俺が二人に向かってそう言うと二人は恐る恐る俺の向かいのソファーに腰を掛けた。
「……依頼と言われても、俺、そんなに詳しくないんですよね……とりあえず詳しい人呼びますね」
二人はおれの向かいに座ったはいい物の特に話すこともなく無言の時間が流れたので、俺はその気まずさから逃れるためにも、内線を使って護衛について詳しい女性をこちらに寄越してもらうことにした。
相変わらず棗さんは膝をぐっと掴んで出来るだけ体を縮こませながら、俺の事をちらっと見ては目線が合うと直ぐに俯いてしまって、何がしたいのかよく分からなかった。
棗さんの不思議な行動に首を傾げながらも内線で無事に詳しい人を呼ぶことが出来たので、その人が来るまでの間何とか間を持たせないといけないだろう。
俺は再度ソファーに腰かけ、棗さんは多分碌に会話も出来ないだろうからマネージャーの竹内さんに話しかける。
「そういえば、棗さんがストーカー被害に悩まされているから、葛西セキュリティサービスに依頼すると言うことで宜しいんですよね?」
「えぇ、まぁそうですね……ただ、見た通り棗は男性があまり得意ではないので、どうなるかはまだ」
竹内さんも棗さんの男性恐怖症のようなモノに悩まされているようで額を抑えるようにしていた。
「なるほど……そう言えば、棗さんは男性全員が苦手なんですか?」
俺がそう聞くと棗さんは俯いたままブンブンと顔を横に振っていた。
「いえ、体格の良い方や、言葉が乱暴な方が特に苦手なんですよ。普通の男性であれば頑張れば会話ぐらいは出来るんですよ」
「……それでも頑張ればなんですね」
頑張れば会話できるとはいえ、仕事で困ることは無いんだろうか?
「基本的には棗が苦手な方は私が話を通して何とかしてますが、こうしてストーカー被害を受けている今私がいつも張り付いて守るわけにも行きませんし……」
「それでウチに依頼ってことになったんですね……そう言えば今は竹内さんを通して話してますけど、僕ぐらいでも棗さん的に体格いいってことになるんですか?」
「いえ、飯田さんぐらいであれば問題は無いんですが……棗は極度の人見知りなので」
男性が苦手+極度の人見知りとなれば根本的に人付き合いに向いてないのかもしれない。
「あぁ、なるほど……棗さん……一人で生きていけるんですか?」
「…………」
竹内さんも同じ悩みを抱えているのか俺の質問に沈黙して、再度待合室に無言の時間が流れた。
気まずい時間が流れていくが、待合室の扉がノックされたことでこの沈黙の時間が終わりを告げるのを理解し俺は誰にも聞こえないような小さなため息をついた。




