くにへ かえるんだな。おまえにも かぞくがいるだろう……
「そういえば、郁真ってなんか最近体がっしりしてきたよな?なんかスポーツでも始めたのか?ここ最近怪我しまくってたし、格闘技とか?」
いつものように学校に登校して今日の授業の準備をしていると、この前LINEを交換してから良く話すようになった武智君がそう聞いてきた。
「まぁ格闘技って言うか、武術?みたいなの始めたんだよ」
「へぇ!武術ってどんなん?」
武智君は俺が武術を始めたと聞いて目を輝かせている。
正直俺も一姫さんから習っている武術のうち、逮捕術はどんなものかは教えてもらったが、素手の方はSPやボディーガードの人が使う技術としか教えてもらっていないのでいまいちどう説明するべきか悩んでしまう。
「ん~……なんて言うか説明は難しいんだけど、一応今二つ習ってて、警察官とかが使う逮捕術ってのと、なんかSPの人とかが使う奴らしい」
「警察官が使う武術に、SPの人が使う武術か……郁真は一体何を目指してるんだ?」
「まぁ俺もそう思うけど、バイト関係で必要だからさ……警備関係なんだよね今やってるバイト」
「郁真君って、警備関係の仕事してるんだ?」
俺と武智君が話していると、後ろの席に座っている女子生徒から話しかけられた。
「……えーっと?」
「あ、ごめん。私、千曲 理那」
高校に入ってから約半年経ったとはいえ、まだ話したことの無いクラスメイトだったので俺が言葉に詰まっていると千曲さんは自己紹介をしてくれた。
「あ、どうも。飯田郁真です。」
「いえいえ、こちらこそ……」
「そんで?千曲はなんで郁真のバイトに食いついたんだ?」
武智君が俺と千曲さんの会釈の応酬を呆れた目で見ながら言った。
「あぁ、そうそう。私いとこが居るんだけど、なんか最近ストーカー?みたいなのに付け回されてるらしくて、困ってるんだって。仕事柄そう言うのも覚悟はしてるとは言ってたけど、なんか心配でさ。警備の仕事してる郁真君ならどうすれば良いかとか詳しいかなって」
どうやら千曲さんが俺に話しかけたのは自分の事ではなく、いとこの事についての相談だったようだ。
「まぁ、滅茶苦茶詳しいわけではないけど、取り敢えず警察に相談したら?」
「うん。俺もそう思う」
俺も一応千登世嬢のボディーガードをしているが、この半年訓練しかしてなかったわけで、別にボディーガード関係に詳しいわけでもないのでありきたりな返答しかできない。
武智君も同じことを思っていたようだ。
「いやぁ~それがもう警察には行ったみたいなんだけどさ、結局現状維持でしかなかったって言ってたんだよ。……何とかならない?ほら、郁真君が護衛してあげるとかさ!」
千曲さんはこれは名案だと言わんばかりに頷いているが、一応俺には千登世嬢と言う雇い主が居るので俺の独断で許可するわけにもいかないし、金にもならないのにリスクを負いたくはない。
「……一応俺にも雇い主が居るから、それは難しいかも」
「えぇ~……まぁそれならしょうがないか……」
千曲さんは残念そうに肩を落としていた。
ここまで落ち込まれてしまうと俺もなんだか申し訳なくなってしまうので、一応他の案も考えることにする。
「そうだなぁ……あ、俺が今雇ってもらってる会社が葛西セキュリティサービスって言うんだけど、そこに依頼してみたら?俺もあんまり他に働いてる人に詳しいわけじゃないんだけど、会社の廊下とかですれ違う人皆ムキムキで頼りになると思うけど」
「おお!それは良い案だね。ムキムキってどのぐらい?ザンギ〇フぐらい?」
「……なんでザン〇エフが例えなのか分からないけど、ガ〇ルぐらい」
そもそもなんでストリートなファイターで例えているのか分からないが、小学校の頃同じクラスだった伊藤君の家で一緒にやった時のおかげで千曲さんに話を合わせることが出来た。
「ガイ〇か~。……でもいとこ厳つい男性苦手なんだよねぇ」
「じゃあ無理かもしれないなぁ。見た限りウチの会社の人そんな感じの人ばっかりだから」
「まぁ警備会社ならそんな感じでもしょうがないよね……ま、取り敢えず棗さんに伝えてみるね!」
千曲さんは残念そうに肩を落としたが、今のところは俺の案ぐらいしか思いつかないのか一旦は俺の案の方向性で進めるようだ
「というか、棗さんって?」
「……あぁ、ごめんごめん、棗さんがさっき言ってたいとこ」
「なるほどね」
俺が聞き覚えの無い名前を出した千曲さんにそう聞くとどうやら先ほど言っていたいとこの名前が棗さんとと言うようだ。
「そいや、千曲?いとこ働いてるとか言ってたけどいくつなんだ?」
武智君が千曲さんが言っていた一言が気になったのか、思い出したようにそう聞いていた。
確かに俺も気になる。お金持ってるなら、千登世嬢の方が休みの時に雇われるのもいいかもな……
「ん?棗さんは18だよ。高校三年生!」
「へぇ~高校三年生で、ストーカーされるような仕事ってなんだよ?」
確かにそれは俺も思った。普通のアルバイトでは滅多にストーカーなんてものはつかないだろうし、結構珍しいアルバイトなんだろうか……?
「……あー、これって言って良いのかな?……うーん。取り合えず二人にだけ教えるけど他の人には絶対内緒ね?」
千曲さんは棗さんの仕事がそんなに珍しい物なのか、首をかしげて数分ほど悩んでそう言った。
「言わねえよ。てか俺にはあんま関係ない話だしな」
「うん。俺も言わない」
千曲さんに言われ俺と武智君は顔を見合わせるが、俺にも武智君にもわざわざ千曲さんのいとこの仕事を言いふらす意味は無いだろう。
俺と武智君の言葉を聞いて千曲さんはちょいちょいと手招きしてきた。
これは集まれと言うことだろうか?俺が悩んでいると、武智君が千曲さんに顔を寄せて内緒話をするときの体制になっていたので俺も武智君と同じように顔を千曲さんに寄せた。
「棗さん、声優してるの。しかも結構有名な」
「声優ねえ……」
「ねぇ、武智君。声優って何?」
何やら武智君は納得したように神妙な顔をしていたが俺は声優と言うモノがどんな物なのか分からなかったので何やら理解している様子の武智君に聞いてみる。
「声優ってのは、映画とかアニメとかに声を当てる人だよ。俳優の声版みたいな」
「なるほど……それがなんでストーカーされるのさ?声だけならどの人がどんな人とか分からないだろ?」
俺が武智君はまるで分っていないとでも言いたげな様子で説明してくれた。
「分かってないな、郁真は。最近の声優はアイドル的な売り方をしてることもあるんだよ、顔出して歌を歌ったり、テレビに出たり。郁真はテレビとか見ないのか?」
「いや家、テレビとか無いし」
「お、おう。まぁいいや。とにかく最近の声優は結構露出が多いんだよ。女で可愛ければなおさらな」
「へぇ~」
「そうなんだよねぇ。棗さんもちょこちょこテレビとか出始めてからストーカーが付いたって言ってたし。棗さんが売れてるのはいとことしても嬉しいけど、案外複雑なんだよね」
俺が武智君の説明に納得していると、千曲さんも思うところがあったのか微妙な顔で言った。
「まぁ、声優って仕事が案外大変なのは分かった」
「そうなんだよ~。とりあえず私の方から棗さんに葛西セキュリティサービスを勧めておくから、なんか進展があったらまた郁真君に相談するね!」
「あぁ、俺に分かる事だったら相談に乗るし。あ、千曲さんって俺のLINE知ってるっけ?」
「いや?知らないけど」
「それじゃあ、LINE教えるから何かあったら連絡して」
「了解~」
俺は千曲さんとLINEを交換し、連絡が取れるようになったことを確認して、千曲さんのいとこについての話はひと段落着き、千曲さんは俺とLINEを交換してから棗さんに葛西セキュリティサービスの事を教えるためか携帯を耳に当てて教室を出て行った。
「なんだか、話が大きくなってきたな」
千曲さんが教室から出て行くのを眺めて居た武智君がそう言った。
「確かに」
「ま、頑張れよ。俺は多分これ以上この話には関わらないし」
「え?なんで?」
これ以上この話には関わらないと武智君が宣言した。
まさかそんなことを言われると思っていなかった俺は武智君につい聞き返してしまう。
「いや、一高校生の俺にこれ以上何をするって言うんだよ。郁真は葛西セキュリティサービス?で働いてるらしいから関係あるだろうし、そもそも千曲が相談したかったのは俺じゃなくて郁真じゃん」
「……まぁそれはそうだけど。てっきり一緒に棗さんについての相談に乗るのかと」
「ヤダよ。俺は普通が良いの。日々を平々凡々に何事もなくが俺のモットーだからな。……そういう事だから俺を巻き込むなよ」
はっきりとこれ以上は関わらないと言う武智君に無理やり言ってもしょうがないだろうし、この件は俺と千曲さんと千曲さんのいとこの棗さんとで片付けなければいけないらしい。
「武智君がそう言うなら、無理にとは言わないけどさぁ……」
「郁真君!棗さん葛西セキュリティサービスに相談してみるって!働いてる人皆ガ〇ルって言ったら滅茶苦茶嫌がってたけど!」
千曲さんは棗さんとの通話が終わったのか嬉しそうにこちらに歩きながらそう言った。
これで葛西セキュリティサービスに相談に行く以上俺もこの話に巻き込まれることになるのはきっと確定だろう。
ていうか、働いてる人みんなガイ〇は俺が仮に依頼する側だったら男が苦手とか関係なく普通に嫌だよ。
棗さんが納得してくれたことが嬉しかったのか、ルンルン気分で千曲さんは俺の後ろの席に座るのを眺めながら俺はそんなことを思った。