金平糖様パワー?
「と、いう事が有ったんですよ。鬼頭さんはどう思いますか?」
千登世嬢を怒らせてから二週間ほど、千登世嬢の言いつけで手加減を全くしてくれなくなった一姫さんに毎日毎日、ぼろ雑巾になるまで叩きのめされているため手当の為のガーゼや湿布だらけの俺は丁度父親の借金の受け取りに来た鬼頭さんを捕まえてこれまであったことを説明していた。
「最後会ったときに良い感じに関係を整理したことは一旦置いておくとしても、郁真、お前大丈夫か?なんかこの前とはまた違う意味で命の危険を感じるんだが」
「……それは良いんですよ!訓練での傷ですから!問題は千登世嬢の事ですよ!千登世嬢ったら謝ろうにも家ですれ違っても無視されちゃって……」
「それは良いって……包帯やら湿布やらでほとんどミイラみたいだぞお前」
確かに風呂に入るたび姿見に映る自分自身のボロボロ具合に軽く引いているが、手加減してくれなくなったおかげと言うのもなんだが、最近めきめきと実力が付いてきているので怒るに怒れないのだ。
「だから、今は千登世嬢の話ですよ!どうしたらいいと思います!?」
「……お、おう。やっぱり一度ちゃんと千登世嬢には謝ったほうが良いんじゃないか?」
「だから、謝ろうとしてるんですって!全く取り合ってくれませんけど」
「そりゃ、お前が真剣じゃないからじゃないか?千登世嬢にちゃんと謝りたいって言ったか?」
鬼頭さんに言われ千登世嬢との会話を思い出す。
「あ、千登世嬢」
「ふんっ!」
「お茶ですか?千登世嬢?」
「ふんっ!」
「ちと」
「ふんっ!」
「……そう言えば言ってない」
「それじゃねえか?あとは、千登世嬢の好物を持っていくとか」
「……あの五千円もする金平糖様ですか?」
「高いのは確かだが、ちゃんと許してもらうためだろ?」
鬼頭さんが言う通りこのまま千登世嬢が怒ったままでは、バイトに支障が出るし、そろそろ一姫さんに手加減をするように言ってもらいたい。切実に。
「分かりました。俺、真剣に千登世嬢に謝ってきます!」
「おう。そうか。郁真がそのつもりなら千登世嬢お気に入りの金平糖の店まで送ってやるぞ?今日の仕事は終わってるしな」
鬼頭さんは先ほど俺が渡した10万程入った封筒をひらひらと揺らしてそう言った。送ってくれると言うのであれば店の場所も分からないので大人しく鬼頭さんに甘えることにしよう。
「それじゃあ、お願いします」
「あいよ」
俺はそのまま鬼頭さんと一緒に金平糖を買いに行って千登世嬢の家まで送ってもらった。今日はもともと休日だったので一応千登世嬢にLINEで今から行くと連絡しておいたが、千登世嬢は忙しいのか家に着くまで俺が送ったメッセージに既読が付くことは無かった。
「鬼頭さん有難うございました、千登世嬢の家まで送って貰っちゃって」
「気にすんな。まぁ色々と頑張れよ」
俺が鬼頭さんの運転している車から降り、運転席の鬼頭さんにお礼をすると鬼頭さんは俺の頭に手を置いて乱雑だが、どこか優しさを感じる手つきで撫でてくれた。
千登世嬢の家の前から離れていく鬼頭さんの車を見送ってから千登世嬢の家の門をくぐった。
「あ、一姫さん。千登世嬢って今どこにいますか?」
「おお郁真、どうした?今日は休みだったろ」
俺がいつものように千登世嬢の家にお邪魔すると丁度一姫さんが玄関にいたので千登世嬢の居場所を聞いてみた。
「休みですけど……実は、真剣に千登世嬢に謝ろうかと思いまして」
「そうか。まぁ確かにいい加減仲直りした方がいいかもな」
「ですよね、俺もそう思って。まぁ八割の理由は一姫さんが手加減してくれるようにしたくてですけど」
「……不安だな」
一応俺がなんで今日休みなのに千登世嬢の家に来ているのか納得してくれた一姫さんは相変わらず表情の分からないお面越しにも微妙な表情をしている気がした。
「まぁとにかく謝ってみます」
「……頑張れよ。そう言えばお嬢は多分書斎にいると思うぞ」
「分かりました、有難うございます!」
一姫さんが千登世嬢の居場所を教えてくれたので、俺は一姫さんに頭を下げて書斎に向かった。
「あの、千登世嬢?郁真ですけど」
「……何よ。今日は休みでしょ?」
俺は書斎の前に立って一応ノックがてら声を掛けると、一応話を聞くつもりはあるのか非常に不機嫌そうだが返事をしてくれた
「あの、この前の事謝りたくて……」
「……入りなさい」
千登世嬢から入室の許可ももらったことだし恐る恐る書斎の扉を開けて書斎の中に入った。
書斎の中に入ったのは今日が初めてなので物珍しさから少しきょろきょろとしてしまうが、千登世嬢の手前ずっとそうしているわけにもいかない。
俺は千登世嬢が座っている机の前まで歩いて行き、きちんと千登世嬢の目を見て謝る。
「あの、この前は俺が悪かった。ごめん」
「……何が悪かったのか、言ってごらんなさい?」
千登世嬢は俺の謝罪の言葉を聞いてそう聞いてきた。
何が悪かったのか?と言われれば俺が分かるのは一姫さんに千登世嬢の悪口を言っていたことが一番悪かったとは俺も思っている。
「えっと、一姫さんに悪口を言っていたことですか?」
「……まぁそれもあるわね。他には?」
「他に……?えーと」
他に千登世嬢を怒らせた理由は強いていうのであれば、千登世嬢の口癖となっている「郁真は私の護衛」という言葉を否定したからだろうか。
「千登世嬢に護衛なんて要らないって言った事ですか?」
「それよ!」
俺が自信なさげに言った言葉に千登世嬢は待っていた言葉がついに出たと言わんばかりに大きな声で言った。
「えぇ!これですか?」
「そうよ、私だって、自分にほとんど護衛が要らないくらい強いって分かってるのよ。でも、郁真は私の護衛になるのだから、私を守れるぐらい強くなって欲しいのよ。最初から私に護衛は要らないって言わないで、ね。」
確かに千登世嬢が言うことも一理ある。幾ら千登世嬢に護衛が要らないと言え、一応護衛という体で働かせてもらっている手前、最初から千登世嬢に護衛なんて要らないと言って諦めるのは良くないだろう。
「そういう事か……分かった。俺、千登世嬢を守れるぐらい強くなるよ」
これは確かに俺が悪かった。俺は護衛として雇われているのにも関わらず千登世嬢を護衛しなくてどうすると言うのだ。
「まぁ、私より強くなられてもそれはそれで腹が立つわね……」
俺がそんなことを思って決意を新たにするが、ここにきて千登世嬢の負けず嫌いが悪い方向に出ていた。
「どうすれば良いんだ……」
「……決めたわ!私より強くなるのはだめよ。私より少し弱いぐらいで止めておきなさい」
もうすでに怒りは静まったのか、千登世嬢は椅子の上で胸を張ってそう言った。
「理不尽だろ……それ」
「良いのよ。郁真には強くなって欲しいけれど、私より強くなられても気分が良くないから、ほどほどに強くなって私を守りなさいな」
滅茶苦茶理不尽だが、何とか機嫌を直してくれたのでここでうだうだ言っても良い事は何もないだろう。
「分かったよ。千登世嬢よりも強くならない」
「そうしなさい」
千登世嬢は満足げに頷いていた。俺は何と言うか釈然としないまま、ポケットに入った金平糖の事を思い出した。
「あ、そういえばこれさっき買ってきたんだけど……」
俺が持っていてもしょうがないので機嫌が戻った千登世嬢に当初の目的通り上げることにする。
「あら、何をくれるの?」
「これ、好きだろ?金平糖」
俺はポケットから出した金平糖を机に置く
「……これって、私の大好きな所の奴じゃない!本当に良いの?高かったでしょう?」
千登世嬢に俺の財布事情を心配されるが、高い給料でほぼ毎日働いているのだ、家計に使う金を差し引いてもそれなりに持っている。
「いいよ。もともと千登世嬢に許してもらうために買ってきた奴だし」
「そうなの?……なら、有難く貰っておくわ」
「おう。……あ、そういえば一姫さんに俺の訓練の時手加減するように言っておいて欲しいんだけど」
俺は珍しく鼻歌を歌いながら嬉しそうに机の引き出しに金平糖をしまっている千登世嬢の事を見て今しかないと思い、今日の目的の八割を占めていた話を切り出した。
「それはだめよ。だって手加減したら郁真が強くなれないじゃない」
「……いや、でもほら、千登世嬢よりは弱いくらいで抑えるんだろ?」
「郁真は手加減した一姫と訓練していて私より少し弱いぐらいに半年でなれると思っているのかしら?……もしそうなら舐められたものね」
「……手加減無しでこれからも頑張ります。……ぐすん」
「そうよね、そうした方がいいわ。それと一姫にもっと郁真に専門的な訓練を付けるように言っておくわ」
「……わーうれしー」
全く嬉しくない
金平糖様のパワーで千登世嬢の機嫌はいくらか取れたが、それと俺への手加減は関係ないようだ。
俺は無事千登世嬢と仲直りできたのにも関わらず、なんだか全く状況は良くなっておらずむしろ悪化した気がする。
結局、それからと言うものの、千登世嬢は相変わらずたまに道場に顔を出しては俺の実力を確かめるためか異様に組手をしたがって、組手の後には俺のどこかしらの部位が全治数週間の怪我を負い。
その怪我が治った所で一姫さんとの訓練は激しさを増すばかり。
時が経つにつれ、一姫さんとの訓練で負う怪我が少なくなっていき、千登世嬢と組手をしても数日で治る程度の怪我で収めることが出来るようになっていった。
――そんな地獄としか言い表せない日々をなんとか送っていると気が付いた頃には訓練を始めてから半年が過ぎていた。
次話から修行編も終わり、この小説の本題に入ります。