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治りたく何て無かった

「治っちゃたよぉ……」


 千登世嬢との買い物から二週間ほど、俺は病院の自動ドアを通り過ぎながら、完全に痛みも取れた右腕にお門違いとは言え恨みの籠った視線を送らずにはいられなかった。


「あぁ、ここ数週間は良かったなぁ……」


 ここ数週間はほとんどが道場の掃除しかしていない平和な時間だった。たまに千登世嬢と特に意味もなく散歩をしたりしたが、それもこれもあの地獄の修行に比べればなんてことは無かった。


 鷺森千登世『病院の駐車場にいるわ』


 現実逃避をするために携帯を開いて見ても現実の方が俺に直接連絡を取ってきていた。


 飯田郁真『分かりました』


「はぁ……」


 俺は携帯から駐車場に視線を移し、見覚えのある黒いセダンが停まっているのを見つけてため息をついた。



 ――――――――――――――――


「どうだった?」

「……完治だって」


 俺がセダンに乗り込むと千登世嬢も後部座席に座っており、俺の右腕を見ながらそう言った。


「……何よ、完治したのに嬉しそうじゃないわね?」


 千登世嬢は俺の決して嬉しそうには見えない表情を見てか訝しげにこちらを見つめてくる。


「いや、これで訓練がまた始まると思うと……」

「あら、そんなこと?私と違って一姫は手加減してくれているでしょう?何が不満なのよ」


 千登世嬢もたまに俺と一姫さんの訓練を見に来ているからか、俺がそこまで訓練を嫌がる理由が分からないようで首をかしげている。


 てか、千登世嬢も手加減してない事自分で分かってるのね……


「だって、一姫さん。俺が気絶しないギリギリの力で殴ってくるんだよ……気絶も出来ず、かといってまだ一姫さんの一撃に反撃出来るわけでもなく、ずっと殴られ続けてるんだぞ?」

「郁真が弱いのだし、仕方ないじゃない。」

「まぁ、それはそうですけどぉ……」


「早く強くなりなさいな、郁真は私の護衛なんだから。」


 千登世嬢は最近ほとんど口癖のようになっている言葉をまた言った。


「……そう言えば最近やけに私の護衛って強調してくるな?そんなに大事なことか?そもそも千登世嬢護衛なんていらないだろ?」


 俺が思ったことをそのまま千登世嬢に伝えると千登世嬢はスン……っと表情を白けさせた


 ――え、なんか悪いこと言ったか?事実だよな……


「郁真?今日は一姫に少しきつい訓練をするように言っておくわ」

「えぇ!?なんで怒ってるんだよ、事実だろ!?」


「黙りなさい。これ以上口を開いたら怒るわよ?」

「……」


 千登世嬢は俺が沈黙したのを確認して、いつものように「ふん」と鼻から息を吐きだし、ふいと俺から視線を外して出発するように運転手さんに伝え、車はいつものように千登世嬢の家へと進み始めた。


 ◇


「ほら、立てまだ訓練は終わってないぞ」

「はぁ、はぁ、ちょっと休憩しません……?」


 俺は一姫さんに殴られながら、何とか口を開く。

 訓練を始めたばかりの時よりは、打撃を受け流せているおかげかそこまで酷い事にはなっていないが顔面は拳がかすっているため細かい傷だらけだ。


「ダメだ」

「うおっ!……無言で殴るの止めてくださいよ」


「ちっ……」


 俺が話しながらも殴ってくる一姫さんの一撃を受け流しながら返事をするが、一姫さんは少し攻撃をさばかれたのが悔しいのか舌打ちだけして決して一姫さんは攻撃の手を緩めることは無く、俺は攻撃をさばくのに必死になってしまう。


「そういえば、千登世嬢に何かしたのか?えらく怒った様子で訓練を厳しくしろと言われたが……」

「あぁ、道理で……はぁ、千登世嬢に護衛なんかいらないだろって言ったら怒られまして」


 俺は一旦攻撃を辞めて普通に話しかけてくる一姫さんに先ほど病院の駐車場での出来事を説明した。


「……それは郁真が悪いな。」

「えぇ!?俺が悪いんですか?絶対一姫さんも千登世嬢には護衛なんていらないって思いますよね!?」


「だとしても、だ。まったく、郁真は女心を分かっちゃいないな」


 やれやれとでも言いたいように一姫さんは首を横に振って言った。


「女心ぉ?千登世嬢にぃ?またまたぁ」


 あの千登世嬢に女心なんてセンチメンタルな感情があるわけないじゃーん。


「びっくりするぐらい馬鹿にしてて、自分の事ではないとはいえ思いのほか腹が立つな」

「ないない。千登世嬢に女心なんてものがあるなら、もうちょっと俺に優しくしてほしいもんですね!」

「……おい、郁真」

「はい?なんですか?……そもそも千登世嬢は顔は良いくせに攻撃的なんですよ!絶対前世は凶暴な肉食獣ですよ!顔だけ!顔だけですよ千登世嬢なんて。胸も無いし!はははっ」

「……郁真、後ろ」

「はい?後ろ……?ひぇ」


 俺が一姫さんに千登世嬢の愚痴を言っていると一姫さんが俺の後ろを指さしたので、振り返ると、まさに般若のような表情の千登世嬢がぷるぷると拳を震わせながら立っていた。


 ――あ、死んだ


「何やら面白そうな話をしてますね?い・く・まぁ?」

「……うそうそ!嘘ですって!いやぁ本当に千登世嬢は可憐だし、俺にも良くしてくれているし、まさに理想の女の子だなぁ!」


「歯を食いしばりなさい?」


 もうこうなっては言い訳も意味をなさず、俺は千登世嬢の言う通り本気で腹に力を籠め歯を食いしばった。


「……ふん!」


 千登世嬢は聞くだけなら可愛らしい掛け声とともに殺人級の威力を秘めたボディーブローを放った。


「……ぐ……え」


 重すぎる一撃を腹にくらい、俺は膝をついた。


「ふんっ!反省なさい!」

「……は、い。」


 俺は蹲ったまま千登世嬢に返事をすると、千登世嬢がツカツカと腹立たし気な足音を立てながら道場から出て行った。


「ほら、やっぱり女心が分かってない」


 千登世嬢が道場を出て行くのを見送った一姫さんが俺を見下ろしながら呆れた様子で話しかけてきた。


「アレのどこに女心があるんですか……」

「そういう所だぞ、郁真。」


「一姫!今日から郁真に手加減したら怒るわよ!……ふんっ」


 俺と一姫さんが話しているとツカツカと相変わらず怒りの収まらない様子で千登世嬢が道場の入り口から顔を出して一姫さんに声を掛けて、今度こそ言いたいことは無くなったと言わんばかりに去っていった。


「すまんが、そういう事で」

「……あぁ、辞めてぇ……この仕事」


 俺を励ますように一姫さんがポンと俺の肩に手を置いてくれるが、全く嬉しくない。


「まぁ、私は郁真が辞めても困らんが、お嬢が癇癪を起して郁真の家に突撃するかもな。鬼頭に聞けば住所ぐらい簡単に分かるだろうし」

「…………逃げ場無し、か」


「頑張れよ。郁真も少しずつ成長してるんだ、勿体ないぞ?私も手加減しているとはいえ、たまに関節まで持ち込まれてるしな」


 滅多にないぐらい優しい口調で一姫さんが励ましてくれる。

 確かに最近は一姫さんの攻撃にカウンターを極めれることが増えてきた気がする。勿論手加減をされている前提で、だが。


「そうですかねぇ……」

「そうだ。実際に郁真は中々筋が良いぞ、半年と言わず正式にお嬢の護衛になれるかもな」

「褒められてるのになんか嬉しくないです……」

「お嬢もあれで可愛いところもあるんだあんまり悪く言ってやるなよ?」


 一姫さんの言う通り千登世嬢にも可愛いところがあるのは右腕の件の時に知ったが、問題はそれが出てくるのが非常に稀と言うことだ。


「まぁ、それは知ってますけど……」

「お嬢ともう少し仲良くして見たらどうだ?何か分かるかもしれんぞ?」

「そうですね……そうすればもう少し千登世嬢も俺に優しくしてくれますかね……?」


「……それは」

「それは?」


 俺がほんの少しの希望を込めて一姫さんにすがるように言った一言に一姫さんは少し口ごもっていた。


 一姫さんは溜めに溜めてその言葉の続きを発した


「知らん」

「……ですよねぇ」


「まぁ、頑張りますよ。こんなに良いバイトはきっと他にありませんから」


 結局一姫さんと話しても何も解決法は出なかったが、割のいいバイトという原点に一度戻ってやる気を保つことにする。


「そうか。頑張れよ」

「はい。それじゃあ」


 俺は決意を新たにし、制服に着替えるために更衣室に向かう。


「待て」

「はい?」


 俺はなぜか一姫さんに肩をつかまれ引き留められてしまった。

 一体何の用だろうか?


「……なにいい雰囲気にして帰ろうとしてるんだ?まだ七時だ、訓練を続けるぞ」

「やっぱり?」

「勿論」


 なんかいい雰囲気に紛れて帰ろうとしていたのが一姫さんにばれてしまっていた。


 結局千登世嬢の言う通り手加減を全くしなくなった一姫さんに10時になるまでボコボコにされ、家に帰るのもままならず結局車で送ってもらった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公がどんどん強くなっていくのが楽しみ^^ もっと、もっと鍛えて〜
[一言] 完全に自業自得
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