金が無い
俺こと飯田 郁真は自称するのもなんだが苦学生だと思う。
父親は小学校の頃に特大の借金を残して蒸発し、中学時代までは母親が何個も仕事を掛け持ちして何とか生活をさせてもらっていたが、高校に入ってから急に母親が仕事中に骨折をしてしまい入院してしまった。
骨折だけであれば労災で何とか出来るはずだったが、いざ病院で検査してみるとそのほかにもかなり重い病気が見つかってしまい半年ほどの入院生活になってしまった。
中学の頃から少しでも母親の負担を減らそうと睡眠時間を削ってでも勉強をして現在通っている火神守学園の特待生として学費を八割負担してもらえるほどまでこぎつけて母親の貯金と節約の日々で何とか生活してきたが、今俺は母親の通帳を見ながら絶望していた。
母親の入院費、食費、俺の制服等の出費のせいで、もうどうにかなるような域をとうに全力ダッシュで通り過ぎていたのだ。
「まずい……金が、無い!」
――ドン!
俺がそう一人で叫びをあげると、この築75年を誇る六畳一間のアパートの壁の薄さを忘れていた。隣の部屋に住むミュージシャンを目指して上京してきたと引っ越しの挨拶の時に言っていた中沢さんからの愛の籠った壁ドンを受けてしまった。
後でおせんべいでも差し入れしておこう。せんべいを買う金もないけど……
「やべえよ、どうしよう。830円しか残高が無い……」
俺が中沢さんに配慮して声量を落としてそう呟く。
何度通帳を見たところで8、3、0と並ぶ数字が変わるわけもなく、母親の入院費や手術費用は間違えて使わないように別の通帳に移しているので問題はないが、俺自身の食費は逆立ちをしたところでどうにもならない。
俺が火神守学園の首席で特待生を得るまでに鍛えた頭脳でどうにか金策を考える。
「……バイトをすればいいじゃないか!」
まぁ、この時代に高校生がお金を稼ぐとしたらそのぐらいしか思い浮かばないのは当然なのだが、結局はアルバイトをして給料をもらうしかない。
そうと決まれば母親が掛け持ち用のアルバイトを探すためにいつも貰ってくるタウン〇ークを引っ張り出して高校生でも働けるような割の良いアルバイトを探すことにする。
「案外ないもんだな……これは、高校生不可、これは時給が安すぎ、これは原付免許が必須」
俺はタウン〇ークをパラパラとめくりながら良さそうなアルバイトを探すが、世知辛いことに世間の会社はそこまで高校生を求めていない様だ。
半分が高校生不可、もう半分の高校生歓迎でも時給が低い、さらには何かしらの免許や資格が必要なんてものばかりだ。
俺がタウン〇ークを見ながら目ぼしい求人にペンで丸を付けていると呼び鈴が来客を知らせた。
呼び鈴を聞いて壁に掛けられている時計を見ると既に時間は6時過ぎ。
「こんな時間に誰だよ……」
俺はそんな悪態をつきながら思い腰を上げて玄関の方へと歩いて行く。
厚めのベニヤ板のようなびっくりするぐらい軽いドアを開けて来客を確認すると、俺も会ったことのある人物だった。
「よう。郁真元気にしてたか?」
「あぁ、鬼頭さんですか、こんな時間に何の用ですか?確か今月の返済は母が入院する前に済ませていたと思いますが?」
「あぁ、その件で来たんだがなぁ……」
鬼頭さんは名前負けしないほど厳つい顔の割に俺と母親には良くしてくれている父親の借金元の所謂堅気ではないお方だ。
鬼頭さんは俺が本当に小さいころから家に借金の催促に来ていたため俺としては年の離れたたまに会いに来るお兄さんのような人だ。
勿論ヤーさんなので程よい距離感で関わっているが。
「なんですか、歯に物が挟まったみたいな言い方して?」
鬼頭さんはその丸太のような腕を持ち上げて頭を掻きながら言うので俺は何処か嫌な予感がしてしまった。
「その、な。足りなかったんだよ、返済が」
「え、いくらですか?」
嫌な予感が的中した。
「大体一万ぐらいたりねぇ」
急に一万と言われても通帳には830円しかないし返済のアテなんてものは無かった。
「無理です」
「因みに、今いくら出せる?」
「口座に830円しかないです」
「はっ!?おいおいどうやって生活するんだよ?……ちょっと待ってろ」
鬼頭さんは今の俺の全財産を聞いてまさかそこまで金がないとは思っていなかったのか、まいったなと小声でつぶやきながら何やら携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた。
今目の前で誰かと通話をしている鬼頭さんを眺めながら俺は先ほどのタウン〇ークのページを思い出してぼーっと立ち尽くしていた。
「郁真よう、ウチで働く気あるか?」
通話を切った鬼頭さんの最初の一言は俺にとって持ち望んでいた一言だった。ただ、鬼頭さんの言うウチというのは堅気ではない仕事の事だろうかと思い俺は恐る恐る鬼頭さんに確認をする。
「ウチというと……ヤーさん的なことですか?」
「ちげーよ!郁真ってウチが表向きには民間警備会社してるのは知ってるだろ?」
鬼頭さんが言う通り鬼頭さんの所属する組が表向きには民間警備会社をしているのは知っていた俺は無言で頷く。
「今受けてる組関係の案件で若い衆を集めてるんだが、どうだ?」
鬼頭さんが言う通り民間警備会社であればアルバイトをするのも嫌ではない。鬼頭さんの紹介であればそう変なことにはならないだろうし
「因みに給料は?」
「日給一万五千」
「やります」
あぁ、お母さん俺は金の魔力に負けてしまいました。
日給一万五千は一高校生には非常に大きいし、鬼頭さんがこうして俺に仕事を紹介してくれているということは高校生でも問題が無いのだろう。
「それでどんな仕事なんですか?」
「まぁその辺は後で分かる。沙月さんが入院している今申し訳ないが返済はお前頼みだからな?俺にお前を取り立てさせないでくれよ?」
鬼頭さんは子供が見れば泣き出すほどの厳めしいその顔を俺の顔の目と鼻の先までずいとよせて忠告するように言った。
「ま、郁真なら大丈夫だろ、仕事はまた連絡するわ。じゃあな」
「はい。よろしくお願いします」
鬼頭さんはスーツの裾の隙間から青黒い紋様をのぞかせながら手を振って帰っていった。
俺は何とか金策の目途が経ったことに一安心して冷蔵庫を開くが残っていたのは納豆が一パックと冷凍のご飯が二人分しかなかった。
俺はご飯を解凍して上に納豆を乗せ夕食とした。