理想の王子の作り方
「ええっと……タライの8分目までぬるま湯を注いで、そこに1番の粉と2番の粉をそれぞれ混ぜて……後は部屋から出て30分待つだけ、か。こんなに簡単なのね。傍に着替えも準備しておいたし……これでよし!」
洗面所の扉を閉めて、その場にすとんと座り込みました。すでに興奮して心臓が早鐘を打っています。何せ給料1年分を、この『理想の王子メイカー』に注ぎ込んだのですから。
逸る心を抑え、説明書通りに大人しく時間が経つのを待ち、恐る恐るドアを開けると、そこには殺風景で質素な手洗い場には場違いな、正真正銘の美少年王子が堂々と直立していました。
「うわあああ……本物のイケメン王子が……目の前に……」
夢のような神々しい光景にしばし呆然としていましたが、ぶんぶんと首を振り、手汗びっしょりの掌をハンカチで念入りに拭き、王子の右手首をそっと握ります。これで『刷り込み設定モード』に移行するはずです。
「はじめまして。まずは、あなたの名前を教えてくださいませんか?」
「ひゃ……い……イザベラ・も、モジョレーヌ……です」
生まれて初めて超絶美男子に透き通った美声で名前を尋ねられ、動揺して口ごもってしまいました。
「ヒャイザベラ・モモジョレーヌ様ですか?」
「いえ! イザベラ・モジョレーヌです!」
「失礼しました、イザベラ様。それでは、次に私の名前を決めていただけますか?」
一ヶ月以上、悩みに悩んで20の候補から絞り込んで決めた名前を口にします。
「ええ。今日からあなたの名前はアラン・ド・イデアールです」
「ありがとうございます、イザベラ様。私のことは、どうかアランとお呼びください」
それからもアランの問いかけに従い、私好みの王子様を創り上げていきました。驚くべきことに容姿の微調整や声の高低・声質、身長や体格までも、非常に細かく設定することが出来ました。凝り性の私は長い時間を掛けて、自分の理想を彼に投影していきました。
性格は、温厚で優しく真面目なのですが、時折強い嫉妬や独占欲を覗かせる一面もあるという設定にしました。万が一他人に知られたら恥ずかしさだけで即死しそうですが、幸い誰かが家に訪ねてくる予定などないので安心です。その他にも私の性癖を余すことなくインプットしていきました。
「イザベラ。以上で私からの質問は終わりです。どうか、これからもずっと、私をあなたのお傍に置いてください」
アランは蒼く澄んだ瞳で私のことを真っ直ぐ見つめて、甘美に響く声でそう囁きました。彼の言葉にすっかり頭が蕩けてしまった私は「はい……」と小さく返事をするので精一杯でした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、私の日常は、あっという間に彼によってバラ色に染めあげられました。
「イザベラ、そろそろ起きる時間ですよ」
「ふああ……もうそんな時間? もうちょっと寝てたいなあ……」
「駄目です。大好きな半熟の目玉焼きにパリッパリのウインナーとこんがり焼けたトーストが、お腹を空かせたあなたを待っていますよ」
「はあい」
共同生活を始めた当初は、ひとつ屋根の下に容姿端麗の王子と暮らすことに緊張していましたが、今ではすっかり油断して彼に甘えてしまっています。食事に掃除や洗濯までしてもらっているので、王子というより使用人のような扱いですが、そもそもの商品コンセプトが『あなたを辛い家事から解放してくれる王子様』なので正しい付き合い方なのだと思います。
あんなに苦手だった朝も、私のために作ってくれた美味しい朝食とアランが待ってくれていると思うと楽しみで堪りません。時々彼に優しく叱ってもらいたくて、ついぐずぐずしてしまうんですけど。どうしても仕事の疲れが溜まっている時は、彼が横抱きにしてダイニングまで連れて行ってくれるまで、ひたすらゴネ続けます。幸せ過ぎて心臓に悪いので、まだ2,3回しかしていません。
この最高の生活に満足していれば良かったのに、愚かな私は魔が差して過ちを犯してしまったのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「1番と2番の粉を加えて、30分。さあて、あとは待つだけね」
「イザベラ、一体何をしているのですか?」
突然アランの声が背後から聞こえて、ついビクリと肩を震わせてしまいました。別に疚しいことをしている訳ではないはずなのに。
「……ああ、アラン。あなたに家事を任せっきりにしてしまっているから、もう一人王子に手伝ってもらえたら、負担が減るのではないかと思って……」
「僕は今のままで大丈夫ですよ。イザベラの役に立つのは僕の幸せですし」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、二人で分担すれば、それだけアランと一緒に過ごす時間も増えるでしょう?」
「……そうですか……分かりました……」
何だか浮かない表情をしていたアランでしたが、一応納得してくれたようでした。
二人目の王子の名前はクリスにしました。アランと違い、天真爛漫な性格です。彼のおかげでアランにも時間の余裕が出来て、二人でゆっくりティータイムを楽しんだり、マッサージをしてもらいながら仕事の愚痴を聞いてもらえるようになりました。
ただ、時々アランが家事の手を止め、ぼーっとして何かを考え込んでいることが増えてきたことだけは気掛かりでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日の仕事帰り。いつもなら私が玄関の扉の向こうまで辿り着くと、鍵を開けて二人で出迎えてくれるのに、一向にその気配がありません。仕方なく自分で開錠して中に入ると、廊下にうずくまって号泣しているアランの姿がありました。
「アラン! 一体どうしたの!?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ただただとめどなく涙を流しながら謝り続けるアラン。嫌な予感がして洗面所へ駆け出しました。予想通り、部屋の真ん中に置いてあったタライの中には、かつてクリスだったと思われる液体がたぷたぷと揺れていました。
「……アラン……どうして、クリスのことをリセットしたの?」
「……取り返しのつかないことをしてしまい、申し訳ありません。僕には耐えられなかったんです。イザベラの世話をするクリスを目にすることが。イザベラの肌にクリスが触れることが。イザベラの目にクリスが映ることが……僕は……僕は、きっと、とんでもない欠陥品なんです! ……どうか、僕のこともこのままリセットを……」
「……止めて! ……そんなことないよ! 私の方こそ、本当にごめんなさい! 私には、あなたさえいれば良かったの! 間違っていたのは私の方なの……」
私はアランのことを本気で好きになってしまうことを恐れていました。彼とこのまま二人で暮らしていれば、ただの理想のイケメンヘルパーとしてではなく、一人の男性として彼を愛してしまう。それは世間の常識から完全に逸脱し、戻れなくなることを意味しています。
そうなってしまうことがとても怖かったのです。だから、クリスを家に迎えて、アランとの関係と距離、そして自分の気持ちを整理しようとしていました。
その結果、クリスを消滅させ、アランを酷く傷つけてしまいました。こんな最低の過ちを繰り返さないよう、私は、自分の気持ちを偽らないことを決心しました。
「アラン……私は、あなたのことがどうしようもなく好きになってしまったの。たとえ、人間じゃなくても、夫婦になれなくても、世界中の誰からも認めてもらえなくても、一生あなたのことを愛すると誓います……だから、こんなバカな私の傍に、これからもいてくれませんか?」
「……あなたが望んでくれるなら、僕は、いつまでも隣で、あなたを愛し続けますよ」
溢れる涙もそのままに、まるで人間と変わらないアランの柔らかな唇に、私はそっと口づけしました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
近日中に『理想の王子メイカー アップグレードキット』が発売されるそうです。アップグレードキット、通称『3番の粉』を既存の王子に飲ませることで、今までは実装されていなかった様々な機能が使えるようになるとのことです……その……恋人や夫婦が行うようなことも色々出来るようになるみたいで……勿論、既に予約済みです。
それなりに高額な買い物であることは事実ですし、一旦彼らと過ごす幸せを知ってしまったら、大抵の人は普通の暮らしには戻れなくなってしまうでしょう。それでも絶対に後悔しないということだけは、自信を持ってお約束できます。
一度大失敗してしまった私が言えた台詞ではありませんが、どうか一人の王子を大切にされることをお勧めします。
皆様にも素敵な王子との共同生活が訪れることを願っています。
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王国歴2021年5月21日にレビュー済み Anazomで購入
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