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第九話 王太子の座


 王弟問題も片付き、王太子の座はリディアンに渡った。


 もはや出来レースである。


 王太子の座を賜る『冊立の儀』は盛大に行われ(王太后が「せめてもの詫びに」と全財産を寄付した)、リディアンは国民と臣下から祝福を受けた。

 

 堂々とした立ち居振る舞いに人間とは思えない美貌。漂う気品に列席した貴族や聖職者たちは目を奪われた。


  各国の使者たちも王子の素晴らしさに圧倒され「我が国の王女との婚姻を……」と考えるアホが出てきたがもちろん国王や重臣たちが許可するはずもなかった。


 リディアンは相変わらずエレオノーラと仲が良く、彼女が泣き暮らしているのを心配してせっせと贈り物を届けている。

 

「フェルリアーナを心配して気落ちするなんてエレオノーラは優しい子だよね」と勘違いしているが、その実は『龍の祠』のクソガキに怒り狂っているだけである。


 しかし、大好きな人が自分のために花を摘んで持ってきてくれたので、すぐに機嫌が直った。現金な女である。


 だが、彼女の喜びは長く続かなかった。


 リディアンが隣の国に留学することになったからだ。

 

「ええ……! 国を離れてしまわれるのですか!?」

 エレオノーラは目を見開く。


「うん。父上からもっと視野を広げろと言われてしまってね。ユーテントス王国の王子と僕は同年代だから、話も合うだろうってさ」

 リディアンが困ったように言う。

 彼としても外国を見ておきたいと思っていたのでザナーガンの話は渡りに船だった。

 一つの難点はエレオノーラとしばらく会えないことだろうか。

 瞬間移動が使えるとはいえ、過密スケジュールを組まれては、こうやってのんびりお茶をする時間も取れない。


「……そうなのですね。殿下と会えないのはとても寂しいですわ」

 エレオノーラが寂しい心中を吐露すると、


「立派な王になって君を幸せにするための修行なんだ。寂しくさせてしまうけど待っていて」


「もちろんですわリディアン様……!」


 エレオノーラは涙を流しながらも頷いた。

 微笑ましい恋人たちの会話である。とてもじゃないが恐怖の大王には見えない。

 


 さて、リディアンが外国に旅立った後、エレオノーラは毎日手紙を書いた。

 悪役令嬢とはいえ恋する乙女。行動は他の女性とあまり変わらない。


 一つ異なる点は、リディアンが送ってくれた土産が盗賊団に強奪された際、大規模な人狩りを行ったことだろうか。


 リディアンは愛しいエレオノーラのために三日に一度、装飾品やお菓子を乗せた馬車を走らせる。ラヘンディア王家の紋が刻まれた正式な奴である。


 ところが、馬車がバレテア連峰(隣国との境にある)にさしかかったとき、

「お、貴族の荷馬車じゃねーか。金目のもんがあるに違いねえ! 野郎ども略奪すんぞ!」

 と頭のよろしくない盗賊団ペンタリンが馬車を襲った。


 命からがら逃げだした御者は、エレオノーラに事の次第を涙ながらに訴えた。

「リディアン殿下からの贈り物をお届けできず申し訳ありません!」


 話を聞いたエレオノーラは顔を真っ赤にして激怒した。

 遠距離恋愛でストレスフルなところで恋人からのプレゼントを奪われたのである。その怒りは尋常ではなかった。


「リディアン様からのわたくしへの贈り物を奪い取るなんて絶対に許しておけませんわ!」



 エレオノーラは父に頼んで公爵家専属の騎士団をバレテア連峰に派遣した。



「騎士団だけでは物足りませんわね。そういえは機関誌『悪の友』に、極悪で卑劣な傭兵団が載っていましたわ。彼を雇うとしましょう」


 『悪の友』は『龍の祠』で売っている悪党専用情報雑誌である。武器や毒薬の最新情報からペンパル募集や特集記事、付録などもついてとても豪華である。


 さっそくエレオノーラは父におねだりした。

 公爵夫妻は親バカなので止めず、ホイホイ聞いてしまう。まさに権力の無駄遣いである。


 唯一、突っ込みを入れたのは連れてこられた傭兵団長ティグラスである。目は鋭く、獣のようにギラギラとしている。

「俺を雇うなんてアンタ、正気か?」


「ええもちろんですわ。わたくしの宝物を奪った愚か者に制裁をしてくださいましな」

 エレオノーラは鋭い目の男を前にしても恐れずに言う。


 ティグラスは支払いの悪い雇い主を家族ごと切り殺したこともあるらしいので残虐性はお墨付きである。

 だが、その程度でエレオノーラが怯むはずもなく(むしろ喜んだ)。


「バレテア連峰にいる人間をすべて潰してきなさいっ! 方法は問いません! 完膚なきまでに叩きのめしなさいっ! 報酬は弾みますわっ!」


 ティグラスはエレオノーラの物騒な話に目を丸くした。

 彼自身、冷酷な男ではあるが、常識を持ち合わせるタイプである。


 ティグラスは一瞬悩んだが、断った後のことを考えると損しかないなと悟り、かなりの額の報酬を要求して引き受けた。


 悪は急げということで、その日の昼には兵糧を準備し、隊の配置や戦略が決まった。

 しかし、部下の顔は浮かない。

「隊長。あの令嬢のおっしゃっていた通りにするのですか?」


「俺たちは確かに傭兵です。でも、無実の人間を切るために腕を磨いていたわけじゃありません」

 部下の言葉にティグラスは意味深に笑う。


「安心しろ。お前たちの剣を汚すことは俺がさせない」


 ティグラスは言い切った。


 彼は某国の元騎士団長である。

 悪逆非道な王から部下を助けるため、傭兵団を作り上げ、彼らの家族もろとも面倒を見ている男である。


 ティグラスが切り殺した雇い主は部下の恋人に無理やり手を出そうとした悪党だ。

 傭兵に堕ちても彼らの魂は気高いまま。


 そんな彼は殺戮などする気はなく、善人であればひそかに助け出そうと護送用の馬車も用意している。


 そんなこんなで始まった山狩りだが、なかなか大変だった。

 捜索範囲が広いのもあるが、予想以上に悪党が多かった。


 複数の山賊のねぐら、秘密結社のアジト、魔王復活を掲げる宗教団体を潰し、攫われた村人を救出し、奪われた家財を持ち主に戻した。


「あなた方のおかげで助かりました。ささやかながらお礼です。どうぞ今宵は宴を楽しんでいって下さいませ」

 助けた村人たちが祝宴を開き、ティグラスたちに感謝をささげた。


「……感謝するのは俺の方だ。俺たちに誇りを蘇らせてくれた」

 ティグラスは己の剣が人のためになったことを喜び、仲間たちと涙を流した。

 

 一方、エレオノーラは、

「わたくしの宝物を奪おうとした愚か者に手作りした拷問器具で思いっきり後悔させてやるんだから!」

 と手を傷だらけにして工作を頑張っている。

 誰も止める者がいないどころか、夜食の差し入れをするのがバゼスティルマ公爵家のクオリティである。

 だがド素人かつ貴族の令嬢がマトモに作れるはずもなく、おしゃれな長物にしかならなかった。

 

 睡眠不足と疲労と筋肉痛でエレオノーラは悔しさに涙をにじませる。

「今度から既製品を使うことにしましょう」と心に決めた。まさしく骨折り損のくたびれもうけである。


 

ティグラスは公爵家からたんまり報酬を貰い(公爵が払った)、当分の食い扶持に困らなくなり、不機嫌なエレオノーラとは逆に機嫌よく出発した。


 使われずじまいの拷問器具は粗大ごみとして焼却炉に放り込まれたが、最高級のイヤシ杉(別名医者いらずの木と呼ばれ、樹液は治療薬に使われる。時価)を土台とし、化粧品にも使われる植物由来の染粉で装飾したそれは完全に調度品である。

 これは、エレオノーラが「公爵令嬢のわたくしが使うのよ。鉄製だなんて武骨すぎるものじゃなくてもっと高級品を使いたいわ」と言ったせいである。

 拷問要素は扉を開くと中にトゲトゲ(木製)が設置されているところだろうか。



 たまたま通りがかった大工が趣味のウィリアムじいさん(庭師)が、


「ふぅーむ。これを改造すればいい健康器具になりそうじゃて」と納屋に持っていき、趣味魂を発揮してツボ押しマッサージ器にリメイクした。

 疲れた足のツボへいい刺激になるので健康器具として使用人の中で大人気になった。



 なお、傭兵団をバレテア連峰に派遣したのがバゼスティルマ公爵令嬢ということを偶然知った村人は、

「公爵令嬢は幼少の身でありながら公爵領外の民のことまで考える素晴らしいお人だなあ」

 と感動し、村中の話題の人となった。

 さらに行商人や吟遊詩人の口で世間に広まり、公爵令嬢エレオノーラは善人だと噂されていくのだった。



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[気になる点] 悪の友の編集者や投稿者
[一言] まさかの展開で評判を上げるエレオノーラ(笑) 悪役令嬢への道は遠い?(笑)
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