第八話 王弟の婚約者 後編
『王弟の婚約者』編のエピローグなので短いです。
エレオノーラが憎いクソガキを想って涙を流しているころ、宮廷ではちょっとした騒動が起こった。
王弟エルベロンが国王に隠居を願い出たのだ。
臣下が居並ぶ中、エルベロンは深々とザナーガンに頭を下げる。
「今までさんざんご迷惑をおかけして申し訳ありません。王籍を返上し、フェルリアーナの病を治す旅に出ようと考えております」
跪いて首を垂れるエルベロンの顔は土気色である。
最愛の女性が目覚めないのだから当然と言えば当然である。
エルベロンは悲痛な声で訴えた。
「フェルリアーナとともに王宮を離れることをお許し願いたく……! なにとぞなにとぞ!」
と頭を下げるエルベロン。
一歩下がって同じように頭を下げるのは弟のグリドレン。
神妙な二人だが、居並ぶ貴族の目は冷たい。
「リディアン殿下と対立しておいて何をいまさら」
だの、
「フェルリアーナ嬢は奇病持ちだとか、しかも実家は謎の焼失。隠れて恐ろしい陰謀を企てたのでは?」
だの好き勝手にコソコソ言い合う。
ちなみに元王弟派である。
凄まじい手のひら返しだが、権力争いではよくあることだ。
国王ザナーガンもその辺はとくに気にせず、むしろ息子のやらかし(貴族の屋敷を燃やし、侯爵令嬢を病気にしたのはリディアンだと直感的に理解している)に申し訳なさが先に来る。
「エルベロンよ。お前の言い分は分かった。フェルリアーナ嬢への深い愛に免じて隠居を許そう。健勝で暮らせ」
表立って言えないが自分の息子が原因であるので、罪悪感からザナーガンは温情を与えた。
そうとも知らないエルベロンは
「陛下のご厚情生涯忘れません!」
と頭を床に擦り付けてむせび泣く。
対立していた自分の言い分は通らないと思っていたし、なにより奇病のフェルリアーナは隔離、もしくは処刑されると思っていた。
ザナーガンの言葉はエルベロンを救ったのである。
事情を知らない貴族たちは温情判決に感心し、
「対立していた王弟に慈悲を与えるとは」
「ザナーガン王は懐が広い」
と噂した。
王太后はザナーガンの温かい心に触れ、「わたくしは今までなんておろかなことを……! 先王が彼を国王にと任せた理由がわかりましたわ」とむせび泣き、ザナーガンに頭を下げて今までの仕打ちを詫びた。
後宮の全権を王妃ドロテアにゆだね、小さな離宮にひっそりと籠り、まるで修道女のような生活を送った。
グリドレンはヴァネッサに謝罪した。
ヴァネッサは平手打ちを二回お見舞いし、
「これで許して差し上げますわ。慰謝料にと王太后さまが鉱山を下さいましたし、愛のない婚約でしたしね。それに殿下が真実の恋に目覚めたおかげでわたくしも本当に好きな人と心を通わせることができましたから」
にこっと微笑む彼女の指には美しい指輪が輝く。
グリドレンはそれを見て微笑んだ。
「君が幸せでよかった。今まで支えてくれてありがとう。たくさん傷つけてごめんなさい」
心からの謝罪と祝福を伝えた。
未熟な己の至らなさを実感しつつ、グリドレンは兄エルベロンに「俺も連れて行って欲しい」と頼んだ。フェルリアーナは義姉としてグリドレンを可愛がってくれた女性である。兄と義姉のために何かしたかった。
「そうは言うが、この旅はいつ終わるとも知れない。お前の将来を潰してしまうかもしれん。」
「かまわない。どうか連れて行ってくれ。未熟な俺に何かできることをさせてくれ」
「グリドレン……!」
「兄上……!」
二人は抱き合いお互いに泣いた。
こうして王弟エルベロンは弟グリドレンを伴い、フェルリアーナを目覚めさせる長い旅に出た。
バフェグは「エルベロン殿下のキス一つで終わる話なのになあ」と思うが、あの熱愛ぶりを見ていると遠くない未来に二人は幸せになるだろうから、一人身のバフェグは教えてやる気にもなれなかった。嫉妬上等である。
リディアンは特に興味がないらしく、公務に勤しんでいる。
だが、エレオノーラがあれ以来登城しなくなったのでリディアンは気をもんでいた。
「エルベロンに怒鳴られたのがそれほどショックだったのかなあ。やっぱりもっと仕置きをしておくべきだったかなあ」
物憂げな顔で言うリディアンだが、声がとんでもなく不穏である。
平和に生きたいバフェグは、
「フェルリアーナ嬢が目の前で倒れたのがショックだったのでは?」
と答えると、リディアンは納得するように頷く。
「エレオノーラは繊細で可愛いね」
と表情を和らげるリディアンは年相応の子供である。
最近気づいたことだが、エレオノーラが関わるとリディアンは人間らしい感情を出す。
一時は劇薬同士のぶつかりあいと怯えていたが、うまい具合に中和されたようである。
バフェグはエレオノーラとリディアンが婚約して良かったとしみじみ思うのだ。




