第三話 恋は唐突に
恋をしたリディアンの行動は早かった。
バフェグが寝込み、ダーガルが失神しても気にすることなく、リディアンは部下をほっぽって求婚の準備を進めた。
ベッドの中でバフェグは「私が無力なせいで可憐な少女を不幸にしてしまう……!」とおいおい泣くのだが、リディアンに愛を向けられた少女エレオノーラは可憐とは程遠い図太い少女だった。
しかも、父が公爵であることに胡坐をかきワガママの限りを尽くす正真正銘根っからの悪役令嬢である。
売られた喧嘩は100倍で返し、売られてなくても喧嘩を吹っ掛け、危険物を取り寄せては使う機会を窺っている危ない人間なのだ。
傲慢で横柄。
悪役令嬢選手権があればトップクラスに入るエレオノーラだが、そんな彼女をリディアンが見初めたのである。
普通ならば父王に打診して婚約の手続きを踏むだろうが、リディアンは直接バゼスティルマ公爵家に指輪を持参して突撃した。
「エレオノーラ嬢。あなたを想う気持ちが日に日に募り、こうして求婚しにまいりました。僕の婚約者になってくれませんか」
あいさつのために応接間にやってきたエレオノーラの前で跪き、リディアンは真剣な目で訴えた。
膝を折り、リングピローに乗せた指輪を掲げるリディアンは幼いながらもおとぎ話の王子様のようである。
悪役令嬢とは言え一人の乙女。
エレオノーラはすっかり舞い上がり、「はい、よろこんで!」と即決した。
置いてけぼりの公爵夫妻であるが、外戚になれるチャンス!とばかりに「あとはお若い二人で」とそそくさと退散し、「わたしの孫がもしかして国王になるかもしれんぞ!」「ですわねアナタ!」と別室でワインを開けた。
そんな感じでリディアンは婚約を成立させた。
国王夫妻に事後報告だったが、王と王妃は「リディアンに恋愛感情なんてあったのか?!」と驚きすぎて、勝手な行動を咎めることはなかった。むしろ、「これを逃したら今後あの子が女の子に興味を持たないだろうなあ」というのが本音である。
重臣会議で反発はあったが、リディアンが「許可してくれなきゃ伝説の火竜を召喚して国を焼くよ?」と、空中に魔方陣を出現させたため満場一致で正式にエレオノーラはリディアンの婚約者になった。
恒例のお茶会で王妃はエレオノーラの調書を片手にため息を吐いた。
「このお嬢さん。身分は申し分ありませんけど、素行はあまりよろしくなさそうですわね……。バフェグさん。この方のどこをあの子は気に入ったのでしょう?」
問われてもバフェグは首を横に振るしかない。
なにしろバフェグも寝耳に水だからだ。
調べさせたがリディアンとエレオノーラに目立った接点はなく(公式のお茶会では何度かあるが、リディアンは総スルーである)、外見は美しいが絶世の美女と言うほどでもなく、性格も悪い。
どこに惚れる要素があるのか考えても全く分からず、命よりも知的好奇心を優先するタイプのバフェグは無謀にもリディアンに直接尋ねた。
「リディアン殿下。エレオノーラ嬢の……どういったところがお気に召したのでしょうか?」
夕食のいいにおいが立ち込めるダイニング。
家族団らんを好む国王は、できるだけ夕飯は家族で摂るようにしている。バフェグはもはや家族同然(と書いて一蓮托生と読む)なので、光栄にも同席を許されている。
そんな場所で疑問を口にしたバフェグは勇者である。
リディアンは気分を害した様子もなく答えてくれた。
「うーんそうだねえ。なんとなく興味はあったんだけど、決め手になったのは僕の魔法が効かないところかなあ」
「「「え?!」」」
と驚くバフェグと国王夫妻。
侍女侍従も内心驚いているが、職務中なので我慢した。プロである。
「効かないというよりも吸収するといったほうが正しいかな? いやほんとびっくりしたよ」
思い出したのかリディアンは楽しげである。
それ以上にバフェグは開いた口が塞がらない。リディアンはバフェグが知る限り最強の魔術師である。
吸収とか言っているが、そんなもんでリディアンの魔術はどうこうなるレベルじゃない。
「いいいいいったいなぜ魔法が効かないことがおわかりに? もしかしてレディにぶちかまして……?」
「僕は紳士だよ? レディにそんなことするわけないさ」
心底不思議そうにリディアンは言うが、『お前のどこが紳士だ!』とバフェグは声を限りにして言いたかった(もちろん我慢した)。国王夫妻は口をぴったりと閉じ、侍女侍従は能面である(プロ意識)。
静まり返った晩餐でリディアンは気にも留めず話し始める。
「もともとエレオノーラ嬢は僕の経営しているショップのお得意様だったんだよね。火薬の代わりに魔力を込めた爆弾がちょっとした事故で暴発したんだよ。ふつうは木っ端みじんになるところだけど、あの子傷一つなかったんだ」
手を合わせ、憧れのヒーローを語るようにリディアンは言う。
すごいことは認めるが、なぜそこから恋に発展するのだろうか。
向かい側の国王夫妻を見るが、彼らは顔を青くして首を横に振る。製造責任者も理解できていないらしい。
「殿下のお店ってあの……毒草とか危険な武器とか扱っている奴ですか。元はマフィアが経営してた……」
「うんそうそれ。よく知ってるね。ハンドメイドでお小遣い稼ぎにちょっと品物を置いているんだけどこれがなかなか儲かるんだよねえ」
リディアンは嬉々として話すが、どこの世界に内職感覚で爆発物を作る人間がいるというのか。
そもそもそんな店に出入りする公爵令嬢もおかしい。
警戒こそすれ普通惚れるか?
「えーっと、エレオノーラ嬢がお得意様とおっしゃいましたが、何を買い求められているので?」
「うーん、拷問器具とか、毒草とかかなあ。危険物を買った人間は尾行を付けて調べさせているけど、あの子は使うんじゃなくてコレクションしているみたい。面白いよね」
そう笑うリディアンの表情は明るい。
まさに恋する者の顔である。
その言葉からバフェグは一つの解を導き出した。
つまりあれだ。完全無欠の王子様が自分に興味がない女の子に「フっ、おもしれー女」って恋に落ちるやつ。あれのパターン違いかもしれない。
「えーと、つまり、リディアン殿下の魔術が効かないエレオノーラ嬢を『おもしれー女』と思って興味をひかれたんですな」
「まあそうなるかな」
リディアンは頷いた
今一つ納得できなかったが、リディアンの心情をすべて理解するのは無謀だと悟ってバフェグは口を噤んだ。
とりあえず、理由はどうあれ人間らしい感情を覚えたことは良いことだ。
たとえ出会いがバイオレンスでも、婚約者が評判最悪の令嬢でも。……多分良いことだ。
バフェグは頑張って自分を納得させる。
しかし、ふとよぎるのは性格の悪そうな公爵令嬢の高笑いである。
次に浮かんだ言葉は『混ぜるな危険』だ。
劇薬×劇薬は中和するのではなく、毒ガスを周囲にまき散らす。
「あれ? もしかして詰んでいる……?」
婚約者問題は片付いたが、逆に厄介事が増えたのではと背筋が凍るバフェグだった。