第二十話 波乱のパーティ 前編
根っからの悪役令嬢エレオノーラは多忙を極めていた。
王妃教育と勉学、生徒会長の通常業務に加え新入生の懇親パーティの最高責任者になってしまったのである。
「パーティは大好きですけど準備がこれほどまでに大変だとは思いませんでしたわ……!! 苦労した分見返りがないとやってられませんわ!!」
普通の令嬢ならホストの苦労を想って今までの傲慢さを反省するだろうが、エレオノーラは生粋の悪女なのでそんなことはしない。
「最高責任者特権をフル活用して前から気に入らなかった令嬢をつまみ出してやりますわ!!」
招待客リストをこっそり書き換え(徹夜で数百から成る招待客リストをわざわざ再構成)、数人の令嬢に招待状が渡らないようにしたのである。
手間がかかろうとエレオノーラは悪事のためなら努力を惜しまないタイプである。
「悔しいことにあの人はわたくしより美しいのよね……こちらはわたくしよりも胸が大きいし、そしてこの人はわたくしよりもセンスが良い……!!」
もはや言いがかりだが、エレオノーラは根っからの悪役令嬢なのでこれくらいは通常運転である。
ベルフィードとテセリオスも公爵令嬢がそんなみみっちいことをするなんて想像もつかず、エレオノーラの悪事は成功した。
「オーホホホホ!! やっとあの悪魔を出し抜いてやれたわ! もし令嬢たちが非難してきても罪をあの二人に押し付けてやるわ!!レディーに囲まれて罵られるがいい!!」
目の下にクマを作りながらもオーホホホと高笑いするエレオノーラは上機嫌である。良い気分転換になった彼女はパーティの準備を熱心に取り組んだ。
必死な姿はたとえザンバラ髪でも美しいものだ。
ベルフィードは端正な顔に微笑を浮かべた。
「仕事が嫌になって投げ出すかと思っていたが、真面目に頑張っているな」
「やはり、彼女は変わったのですよ。努力家な所に好感が持てます」
テセリオスも優しい顔で笑う。
彼らの中でエレオノーラの株が上昇中だ。
エレオノーラの優しさに触れた(もちろん誤解)だけでなく、もっと実利の部分で二人はエレオノーラの評価を見直し中である。
今回の懇親パーティは男女ぺアが必要である。
王太子殿下の側近かつ容姿端麗の二人は学園の令嬢たちがよだれを垂らして狙っているのだ。
女性は嫌いではないが、仕事(技術の研鑽や見識を広めるを含める)に集中したいので特定の相手を作る気はなかった。
「あ、あの……パーティのエスコートをお願いできませんか?」
もじもじと泣きそうな顔で告白する令嬢を断るのは気が重い。
以前は女生徒を泣かさないように丁寧にそれこそ時間をかけて断ったものだが、今は魔法の言葉がある。
「すまない。その日はエレオノーラ嬢の護衛があるんだ」
「あ! そうなんですね。ごめんなさい私ったら……。お仕事頑張ってくださいね」
納得した女生徒は明るい声で帰っていく。
このようにエレオノーラの存在は二人にとって使い勝手のいい切り札である。
エレオノーラ陣営が問題なくパーティー準備に取り掛かっている中、超絶不機嫌な女がいる。
平民の娘、マーラである。
取り巻きのバルディとカーターは赤点を取ったため補習を受けているので彼女は今一人だ。
「懇親パーティが近づいてきてるって言うのにリディアンからドレスを貰うどころか話すことさえできないじゃない!! 」
ぎりぎりと爪を噛む彼女の顔はまるで凶悪犯そのものである。
「ああっもうっ!! 本当なら今頃、リディアンからパーティのペアの申し込みを受けて二人でデートしているのにっ!!」
リディアンと遭遇イベントの要の不在が痛い。
荒ぶるマーラだが人の気配を察知するとすぐにおしとやかな表情に戻った。
「マーラ! 待たせたな!」
「すみません。のろまの講師が僕たちをなかなか解放してくれなかったんです」
カーターが講師を悪しざまに言うが、その講師は恋愛に現を抜かしてアホになった彼らをなんとか進級させようと熱意を持った教師である。忙しい中時間を捻出して指導に当たったが、この二人にその思いは届かなかった。
「二人とも可哀そう……。わたしでよければ話聞くわ!」
「へへっ。優しいな」
「あなたの優しさに僕たちはいつも救われますよ」
バルディとカーターはマーラの外面にころっと騙されて鼻の下を伸ばし、マーラが「着ていくドレスがないから買って欲しい」というおねだりに二つ返事で引き受けた。
通りすがりの男子生徒は「うわぁ……」と顔を顰める。
いくら可愛かろうとマーラの振る舞いは粗暴で下品である。
まっとうな男子はマーラの上っ面に騙されることはなかった。
マーラは自分の評判が下降気味であることは知らず、二人から豪華なドレスを買って貰い、二人に手を引かれてパーティに出席した。ペアどころかトリオでの出席である。
彼らの婚約者はどうせ二人がマーラと行くだろうとあたりをつけていたので、最初っからあてにはしておらず、メルリアは兄、デリールードは弟と一緒に来た。
懇親パーティは盛大(最高の楽団、最高の料理、芝居に手品師などを用意して客を飽きさせない仕様である)に行われ、皆の注目を浴びるエレオノーラは虚栄心が満たされて大満足である。
なにより白い礼装に身を包んだリディアンがとても美麗で目にまばゆいのだ。そんな人が自分のパートナーなので嬉しくて嬉しくてたまらない。
「エレオノーラ、素晴らしいパーティだ。ありがとう」
「まあ、喜んでいただけて嬉しいですわ!」
好きな人から感謝されてエレオノーラは天にも昇る心地である。
だが、そんなハッピーな時間をぶち壊しに来た女がいた。
「リディアン様ぁ~。わたしと踊りましょう!」
いきなり声をかけられてリディアンは首をかしげ、エレオノーラの目は吊り上がった。
「君、誰?」
「えっと、隣のクラスのマーラって言います! 王太子殿下の側近の方が私の友達なんですけど、その人から殿下がすごいって話を聞いて話をしたくなったんです!」
マーラは無理くり話を作る。
ゲームでバルディとカーターはリディアンの側近で親友と言う設定である。だが、現実ではとっくの昔に干され、リディアンの傍を固めるのはベルフィードとテセリオスである。
それになによりもリディアンはこの国に友達はいない。
『嘘を堂々と王太子の前で吐く度胸だけはすごいけど、マナーの欠片もないね』
リディアンは呆れつつ、隣のエレオノーラが晒す極悪面に胸をときめかせた。
『やきもち焼くなんてエレオノーラってば可愛いなあ』
リディアンを落とすためにぶりっ子しているマーラの方が数千倍も可愛いのだが、そこは愛する者の欲目である。
リディアンはたまらず口に出した。
「エレオノーラ、すごく可愛い」
リディアンが言うとエレオノーラの顔が一瞬にしてあどけない表情になる。赤く染まる顔はウブな乙女そのものである。
「う、嬉しいですわ。リディアン様……」
もじもじと恥じらうエレオノーラにリディアンは微笑み、次に冷めた視線をマーラに送る。
「君、僕が王太子だって理解している? マナーがなっていないにもほどがあるね。いくら身分問わず門戸を開いている王立学園だからといって無秩序であるわけないだろう。ここが社交界の縮図ってことをちゃんと理解しなよ」
リディアンに冷たい言葉を吐かれてマーラは青ざめた。
「ひ、ひどいわ……リディアン様……っ!!」
しくしくと泣き真似をするマーラの姿は可憐である。
『リディアンに私が怒鳴られるなんてどういうことよ。……エレオノーラに何か吹き込まれたのね。どうせこの女も転生者なんでしょ!!』
マーラはエレオノーラを先に仕留めようと考え、涙声で周囲に聞こえるよう訴える。
「まあ!! エレオノーラ様から私の悪口を聞かされているんですね……!」
これに激怒したのがエレオノーラである。
怒り任せに口を開いたが出番はすぐなくなった。
エレオノーラが声を出すよりはやくリディアンが罵倒したためである。
「はあ? ふざけるのもいい加減にしてくれる? なんでエレオノーラが君の話なんかするのさ」
出鼻をくじかれたエレオノーラは魚のように口をパクパクさせている。
エレオノーラだって文句を言いたいし、なんなら花壇に突き飛ばして泥だらけにしたい。
だが、エレオノーラが口をはさむ隙もなくリディアンはマーラに理詰めをしていく。
もはや、インテリマフィアに絡まれている可哀そうな女の子に見えなくもないが、リディアンは正真正銘の王太子である。しかも言っていることはすべて正論である。
マーラのこれまでのこともあり、誰も助けようとはしなかった。
バカ以外は。
「マーラを泣かすとは何事だ!いくら王太子殿下とはいえ見過ごすわけにはいかない!」
「そうですよ。身分を笠に着て純粋な彼女を詰るとは恥を知りなさい!」
バルディとカーターは身の程知らずにもリディアンを睨みつける。
「どこの馬鹿が擁護したかと思えば君たちか。婚約者と一緒に来ていないの?」
リディアンは彼らの言葉に答えず、ふとした疑問をぶつける。
彼らの婚約は王家と各家がパワーバランスを考慮して決めたものである。正直、メルリアとデリールードは優秀なので幕僚に加えたいと常々思っており、それならお飾りとしてバルディとカーターを置いてもいいかと少し考えていた。
リディアンの疑問はもっともな話なのだが、恋に殉じる彼らは貴族の礼儀も人間としての義理も忘れてリディアンに怒鳴った。
「話を逸らすなっ! そもそもメルリアは父が勝手に決めた婚約者だ。それにあいつはマーラと違って強いからな。俺が迎えに行かずとも問題ないさ」
この言葉を遠巻きで聞いていたメルリアはブチっと自分の中で何かが切れる音を聞いた。
メルリアは強くはない。格下の令嬢にも『大人しい』『目立たない』とひそひそ言われるくらい気弱である。自分のどこを見て『強い』というのだろうか。
『この人は私を何も見てなかったのですね。あなたの笑顔が好きだったのに、今はどうでもよくなりましたわ』
メルリアは眼鏡を取った。
以前つけていたメガネはバルディが投げたボールが当たって壊れてしまい、彼が謝罪とともに贈ってくれたものだったが、今のメルリアにとってはむしろ憎しみの対象でしかない。フレームに重い装飾が施されたそれはとても使いにくいが、バルディの真心と信じてつけていたものだ。メルリアの宝物はこの時を境にただの不要物となった。
重要な結婚相手から切り捨てられたとも知らず、バルディはリディアンを罵倒し続けていた。
「かよわい女性をいたぶるお前が未来の国王だなんて俺は認めない! 泣いているマーラに冷たい言葉を投げかけるなんてそれでもお前は男か!!」
バルディは語彙力がないためほとんどが王太子への罵倒だけだったが、カーターは色々屁理屈をこねた。もっと賢ければ詐欺師になれたのかもしれない。
「家同士が決めた結婚になぜ人生を縛られなければいけないんでしょうか! 窒息しそうなマナー、型にはめられた序列、ひと時も心が休まらない蹴落としあい……家名を背負うため厳しい教育を課され、愛のない結婚を強いられる。私は常に苦しかった……」
カーターの言葉にぶち切れたのはデリールードである。
好きでもない相手を婚約者にと強制されたのはカーターだけではない。厳しい教育に何度もくじけそうになったこともあるが、貴族として生まれたからには覚悟を決めた。
政略結婚であろうとも、相手を尊敬して支えあえば恋とはいかずとも家族愛は芽生えるだろう。デリールードはカーターの話についていけるように勉学に励んだ。彼が香水を嫌うと知ってからポプリに切り替えた。化粧が嫌だと言われれば最低限のものにした。
だが、どれもカーターの心には届いていなかったのである。
『政略結婚はこっちも同じよ!! それでも愛せるよう頑張ったのにその努力もしないくせにグチグチ言うなんて呆れるわ!』
デリールードは軽蔑の目でカーターを見た。
近くにいた彼女の弟は「あんなアホと縁戚になりたくないので婚約破棄に協力しますよ」と耳打ちし、デリールードは明るく笑った。
バルディとカーターはお先真っ暗なのだが、自己陶酔に浸る彼らは何も気づいておらず、無謀にもリディアンに舌戦を挑むのであった。