第二話 オトモダチ候補
ラヘンディア国王子リディアンは人格破綻者である。
まず、お友達にと紹介されてきた側近候補の二人、騎士団長の息子バルディを剣でフルボッコにし、財務府長官の息子カーターを暗算対決で完膚なきまでに叩きのめした。
「俺に敵うものはこの世にいねえ。俺はラヘンディア一の……いや、イーザス一の剣士になる!」と豪語し、剣の技量にうぬぼれていたバルディ。
「この世のすべてを解き明かして見せましょう。世界最高の知能を持つ私がこの地に生まれたことを感謝しなさい」と周囲を見下していたカーター。
しかし、色々な面で規格外なリディアンに鼻っ柱をへし折られ、今は屋敷で引きこもり中である。
だがリディアンはまったく気にしておらず、
「僕のお友達候補というからにはさぞ素晴らしい人材だと期待したんだけどねえ。才能におごる奴は成長も止まるし、面倒事を起こしそうだからいらないや」
リディアンは可愛らしい顔でにこにこ笑いながら言う。
おかげで「ウチの息子を側近に!」と言ってくる輩がいなくなってしまい、国王夫妻は「このままだと協調性のないワンマン国王になってしまうぞ」とハラハラしていた。
なお、バルディとカーターフルボッコ事件だが、リディアンの外面が良すぎるのと彼らに人望がなかったため、「悪をくじく正義の王子様バンザーイ」と好評価である。
そんな状態なのでリディアンがバフェグを連れてきたとき国王夫妻は諸手をあげて迎え入れ、ロクな身辺調査もしなかった。
「ようこそ! 今から君は私の家族だ! 宮廷魔術師の地位を作ってそなたに授けよう! 身分的には公爵と同等とする!」
「ウチの息子をよろしくおねがいしますね! マイファミリー!」
とバフェグに頭を下げた。
割と押しに弱いバフェグは「あ、ハイ」と答えてしまい、親公認の『お守り役』になった。
そのため、オトモダチ候補のあっせんや貴族連中とのやり取りも実はすべてバフェグがやった。リディアンの側近にダーガルがいるが、異国人であることと、
「俺は戦闘民族上がりです。宮廷作法は分かりませんし、覚える気もありません。暗殺や捕縛の命令なら何でも聞きます。ぜひご用命ください」
というイっちゃってる人間だったので、『話の通じる』バフェグにすべて交渉事が集中する。バフェグがいない今までは国王夫妻の腹心の侍女や侍従がお守りをしていた。役目から解放された彼らはイキイキとしており、バフェグに感謝して菓子折りや金品を何かにつけて贈った。数人だけならともかく、数十人が贈るとそれは山のようになり、バフェグの私室は贈り物で埋もれた。そして、バフェグのスケジュールも数十人分の仕事で埋もれた。
金品より仕事量を減らせと血の涙を流すバフェグである。
厄介事を背負わされたバフェグだが、彼らにも罪悪感はあるらしくお茶会と称してメンタルケアを買って出てくれている。国王からは「領土をやろうか? そなたの功労からするとそれくらい提供できるぞ?」と申し出られたが、リディアンの破天荒な所業のお供や貴族連中との交渉で常に疲労困憊のバフェグにそんな余裕はないため辞退している。
今日も恒例のお茶会である。
ご婦人方に囲まれ、ある意味ハーレムである。
話題は自然とリディアン王子の話だ。
「私は殿下が誕生の時からお仕えしていますけれど、生まれた瞬間からぶっ飛んでおられましてねえ。産声の代わりに『天上天下唯我独尊』と言った時は場が騒然となりましたのよ」
とベテラン侍女が語る。
「しかもその後空中歩行して産湯に浸かりに行ったのよ。一瞬にしてこの子は他と違うなって思いましたわ」
と王妃が言う。
むしろ他と違うどころかイレギュラー過ぎてどこから突っ込んでいけばいいかわからない。
伝説はまだまだ続き、リディアンは生後七日で王宮書庫をすべて読み終わり、独学で魔術を習得したのが一歳の終わり、二歳になると外に出かけて王都のマフィアを傘下に収め、四歳で幻の戦闘民族とバトルし、お抱えの密偵にしてしまった。
ダーガルはその民族のエースである。
「そういうことがあって私たちはリディアンが心配なの……」
とさめざめ泣く王妃にバフェグは「はあ」としか言えない。おかしいな。私のメンタルケアじゃなかったっけ? と思い始めたころにはもう遅い、国王がやってきて息子の武勇伝(法に照らし合わせると犯罪)を誇らしげに語りはじめる。
公明正大で温厚な国王がこれでいいのか、毒されすぎていませんかとバフェグは突っ込みたかったが、彼の目はどこか遠い所を見ている。
「あ、これ現実逃避している奴だな!」
と悟ったバフェグは右から左へ受け流した。
彼は器用な男だった。
なお、今のバフェグは早寝早起き栄養バランスの取れた食事のおかげで血色がよくなり、不気味なおっさんから『どこにでもいる普通のおっさん貴族』にクラスチェンジした。もとが貴族なので礼儀作法もバッチリである。
宮仕えも楽じゃないが、国王夫妻から破格の年俸と高い身分を貰っているので「こういう人生もありかもしれない」と達観した。
そんな生活をしばらく過ごしたころ、バフェグは宮廷でモテモテになった。
ただし、貴族のおっさんたちに。
「ぜひ我が娘を王子の婚約者に!」
「いえいえ我が娘を!」
リディアンが悪魔と知らない彼らは、箱入り王子リディアンの唯一の交渉役バフェグをターゲットにし、連日連夜ラブコールしている。
「秘蔵のワインがあるのです!ぜひ我が家においで下さいませんか?」
なんて甘い誘いも結局のところは娘の売り込みで、「友達ができる……!」と期待していったらえらい目に遭う。
ちなみに国王夫妻は「リディアンに関するすべてはバフェグ殿に任せている!」と早々に逃げた。
リディアン本人は、
「うーん。たしかに僕の年齢なら婚約者くらいいなくちゃいけないんだろうけど、あんまり興味はないかなあ」
と他人事である。
バフェグもこの悪魔が恋だの愛だの言っている姿が想像できなかったので「歴代の中には四十代で結婚された方も多数おりますし、急がなくてもいいですよ」と問題を先送りにした。
だがその後、リディアンから「女の子に一目ぼれした」と爆弾発言をかまされ、バフェグは三日三晩寝込むことになる。
※『天上天下唯我独尊』の解釈は多様にありますが、ここでは『世界でただ一人しかいない尊い存在である』の意味で使っています。