第十七話 生徒会長の座
王太子の側近ベルフィードとテセリオスは抜群のルックスと才能、そしてフリーであることから学園内でもてはやされている。
彼らがフリーなのは「リディアン殿下の無茶無理でいつ命を落とすかわからんからなあ」「安易に伴侶とか持てませんよね」という裏事情がある。
しかしそんなことを知らない令嬢はキャアキャアと黄色い声をあげて彼らに群がる。
「リディアン様はすでにエレオノーラ様がいらっしゃるし、近寄りがたいですけどお二人は親しみやすくて ねらい目ですわ!!」
「まだどなたとも婚約してらっしゃらないのでしょう? 俄然やる気がわいてきましたわ!!」
令嬢たちの目はもはや狩人である。
だが、これに不満を抱いた人間たちがいる。
騎士団長の息子のバルディと財務府長官の息子カーターである。
引きこもりからようやく脱却し、学校に通い出したのだが誰も彼をチヤホヤしないので苛立っていた。
「くっ。ベルフィードのやつめ副団長の息子のくせに俺を差し置いてチヤホヤされやがって……! 剣の才能は俺より劣るくせに!!」
「そうですよ!! テセリオスも私の父上の部下の癖にでしゃばるなんて身の程知らずも甚だしい!! 勉学の才は私の方が上だというのに!!」
カーターは悔しそうに爪を噛む。
彼らがもてはやされたのは八歳の時である。
テセリオスとベルフィードはリディアンの側近になってから文字通り死にそうになりながら剣技や知識を磨いたので差は歴然なのだが、彼らは現実を直視しなかった。
「本当の俺を誰も見てくれねえ!!」
と自棄になったバルディはゴロツキと付き合いだし、剣の訓練も怠け始めた。
さらには心配してきて諫言してくれた婚約者メルリア嬢にもつらく当たって家に来ても追い返す始末。
財務府長官の息子カーターも似たり寄ったりである。
婚約者のデリールード嬢が慰めてもカーターはより意固地になる。
「神童と謳われたこの私がテセリオスごときに出し抜かれたことが大問題なんですよ!あなたなんかに私の気持ちなんてわからない!!」
呆れたことに才女と名高いデリールードにコンプレックスを持っていたので余計に荒れた。
二人の噂は電光石火の速さで学園を駆け巡ったが、もともと性格が悪かったので婚約者の令嬢に同情が集まった。
リディアンに至っては「無能は脱落してくれた方が楽」と言い切る始末である。
「そんなことより、高位貴族の中には役員に賄賂を贈って成績をごまかす奴らがいるらしいからお前たち探ってきて。僕はしばらく宮廷にこもるから後のことは頼んだよ」
リディアンはさりげなくポンと命令を下していく。
もはや慣れてはいるが、場合によっては超絶危険な案件もあるので気がなかなか休まらない。
「今回は楽そうで良かったな。前回のように魔獣の確保を命じられていたらとてもじゃないが体力が持たない」
「案件としては楽でしょうが、きっとエレオノーラ嬢も不正をしているんじゃないでしょうか。リディアン様に正直に報告するのははばかられますね。なにしろ溺愛されていますし」
「未来の王妃のスキャンダルにもなるしな……」
肩を落とす二人はさっそく交代(エレオノーラの護衛があるため)で調べ始めたが、真っ先に見つかったのはエレオノーラの部下(公爵家の人間)が高位の教授に金品を渡している現場である。
大慌ての二人の首根っこを掴み、エレオノーラの元へと連れて行った。
「エレオノーラ様、どういうことですかこれは。教授もこれは賄賂ですよね?!」
ベルフィードが怒りを込めた目でエレオノーラを見る。
「ち、ちがいますわっ!! これは山吹色のお菓子ですわっ!!」
「目が泳いでいますよエレオノーラ嬢。公爵家では金塊をお菓子と呼ぶんですか」
二人から責められエレオノーラは冷や汗をだらだらかく。
「このことをリディアン様に知られたくなければ正々堂々と勉学に励んで下さい。特別に厳しいと評判の老師ジェンディファンを講師につけましょう。なに、エレオノーラ様のためと言えばリディアン様は快く手配して下さいますよ」
テセリオスは穏やかな顔でそう笑う。実に腹黒である。
エレオノーラは苦虫をかみ潰した顔で全面降伏した。好きな人に不正を暴露されるのはさすがに嫌なのだ。
そのようなわけで厳しいと評判のジェンディファンがエレオノーラの専属になったわけだが、精神力に自信のあるエレオノーラでも心が折れそうだった。
「そこやり直し!」
気が遠くなるほどの課題を出され、エレオノーラはリディアンにとうとう泣きついた。
リディアンは疲労困憊のエレオノーラの頭をなでながら、わりと正論をぶちかます。
「エレオノーラ。辛いとは思うけど頑張ってやりきって欲しい。国を治めるからには教育は不可欠だからね。本当にごめんね」
好きな人にそこまで言われて文句をいう恋する乙女がいるだろうか。すくなくともエレオノーラは見栄を張りまくった。
「こ、これくらい平気ですわ! リディアン様の治世をより良いものにするためにわたくし頑張りますわ!」
と張り切った。
不正せずとも七十位から五位に上り詰めたエレオノーラは努力家である。
「よ、ようやくジェンディファン先生から解放されましたわ。しばらく勉強はしたくありませんわ……」
もはや詰め込み過ぎて虫の息である。
だが、エレオノーラの苦難はそれで終わらない。
ベルフィードは分厚い冊子をエレオノーラに渡した。
「なんですの? まさかお祝いですの?」
「いやまさか。我々の成績を抜いたのならともかく五位程度で祝いはしないさ」
ベルフィードは鼻で笑う。
『前から思っていましたけれどこの男、絶対にわたくしの事嫌いですわね……。リディアン殿下の腹心だから大目に見て差し上げますけども!!』
せめてもの反抗にエレオノーラは睨みつけた。抹殺リストに記しているとはいえ、二人の力量はエレオノーラのお抱え騎士をしのぐ。それに愛するリディアンの信任が厚い彼らにエレオノーラはどうあっても手が出せない。
屈辱に染まるエレオノーラは二人を睨むが、修羅場を潜り抜けている彼らは涼しい顔で話を続ける。
「今まで縁のないことだからと話さなかったが、成績上位者は自動的に生徒会役員になるんだ。特に今は色々忙しいから、まぐれとはいえ君が入ってくれて嬉しいよ」
普段はツンと澄ましているベルフィードの目が柔らかく細められる。
『……こき使ってやるという目ですわ』
エレオノーラは警戒心まるだしで睨みつける。暴言を吐かないのはリディアンに密告されることを恐れているためだ。
エレオノーラの嫌な予感は的中し、膨大な量の書類整理にエレオノーラは追われた。
「こんなことは有象無象共にやらせればいいではありませんの!? 公爵令嬢たるわたくしがすることではありませんわ!!」
書類の束を運搬したり、ひもで縛ったり、項目ごとにお金を計算したり、はっきりいって雑用である。
「生徒会は今酷く忙しいといっただろう? それに学園では皆が平等、公爵令嬢だろうとも雑用をしなくていい道理はない。せいぜい励んでくれ」
ベルフィードはそう言いながら忙しく紙にペンを走らせている。
今のうちにエレオノーラの性格を矯正しようという魂胆である。『この性悪が国母になったら終わりだ。なんとかして正しい方向に導こう。よりよい国にするために!』という愛国心溢れる動機である。
「ああそうそう。リディアン殿下からはすでに許可を取っているので訴えても無駄ですよ」
テセリオスが付け足した。
エレオノーラはグヌヌと顔を真っ赤にしながらリディアンに褒められたい一心で一生懸命働いた。
そしてふと気づく。
新入生歓迎の時にふんぞりかえっていた生徒会会長の姿が見えないのだ。
『そういえば副会長や書記もいませんわね……? 彼らが居ればわたくしがこんな苦労をする必要もないはずですわ!!』
エレオノーラはすぐにベルフィードとテセリオスに問いただした。
「生徒会長たちは何しているんですの!? 職務怠慢にもほどがありますわ!! このわたくしが肩コリと腰痛に悩まされながら働いていますのに!!もう許せません。怒りの鉄扇を喰らわせてやりますわ!! 」
エレオノーラの怒りは至極もっともである。二人の答えを待たず、堪忍袋の緒が切れたエレオノーラは生徒会長の部屋に殴り込みに行った。
ベルフィードとテセリオスは慌てて後を追う。
もちろんすぐに追いついたが、エレオノーラが鉄扇で威嚇するのでなかなか近づけない。
捕獲できないことはないのだが、独占欲の強いリディアンのことを考えると安易にエレオノーラに触れていいものか悩んだのである。
結果、エレオノーラの自由を許してしまい、彼女は怒りを込めた蹴りで生徒会長の扉をけ破った。
目の前の光景にエレオノーラは目が点になる。
「リ、リディアン様……?」
生徒会長の部屋にはエレオノーラの愛するリディアンが茶色の頭を足で踏ん付けていた。
話は数時間前に遡る。
久しぶりに学校に来たリディアンは生徒会長ヒルデッドに呼び出されていた。
リディアンも用事があったので出頭したのだが、それがヒルデッドを調子に乗らせてしまった。
『ふふん。王太子とは言えこの学校にいる間はボクに逆らえない!! 王太子に言うことを聞かせられるボクは偉い!!』
典型的な勉強だけできるタイプのトップである。
彼自身が大貴族の子弟と言うこともあり、メンバーは彼の太鼓持ちである。
それゆえ、やってきたリディアンに上から目線で対応した。アホの極みである。
「やあ、待っていたよ。知っていると思うけどボクは生徒会長のヒルデッドだ。よろしく。学園内では平等にという校訓があるから、リディアンと呼ばせてもらうよ。さあ、かけたまえ」
尊大なヒルデッドはまるで自分が王太子のようにふるまう。
そんな彼を前にしてリディアンは珍しくため息を吐いた。
「魔獣ならともかく人間のしつけ直しはめんどくさいんだよねえ」
「ん? 何か言ったかい? 言っておくが君が王太子であろうとこの学園では僕が法律だ。君も早く慣れるといいよ」
ふふっと前髪をかき上げて笑う彼は気障ったらしい。
だが、次の瞬間彼は絨毯に顔をめり込ませた。
リディアンが蹴倒した後に踏ん付けたからである。
「君が法を語るなんて身の程知らずにもほどがあるよ。だって君たくさん不正をしているでしょ? 成績改ざん、生徒の強制退学……少し調べただけでもたくさん出てきて驚いたよ」
用もないのにリディアンがこんなところに来るわけがない。本命は断罪である。
事細かに彼の悪事を語るリディアンにヒルデッドは顔面蒼白になったが、会長として学園を支配してきた彼は往生際が悪かった。
「し、しょうがないな。君も一枚噛ましてやろう!! 特別に生徒会長補佐役に任命してやろう!! これで文句はないな?!」
なんとかして助かろうとヒルデッドはリディアンを懐柔しようとする。
愚の骨頂である。
リディアンは心底呆れた顔でヒルデッドを見下ろした。
「忘れているみたいだから教えてあげるけど、王族への無礼は極刑にできるんだよ? 学園の内だから免除するなんていう規定はどこにもないしね」
その瞬間、肌が粟立つほどの冷気がヒルデッドを襲う。
ぼんぼん育ちの彼が殺気を浴びて立っていられるはずがなく、彼は泡を吹いて倒れた。
エレオノーラが突撃したのはそのタイミングであった。
「見苦しい所をみせてごめんね。エレオノーラ。何か用かな?」
エレオノーラに見せる表情は相も変わらず優しい。
「いえ、その。生徒会の仕事がたまっているので会長は何をやっているのかと思いまして……」
ピクピクと痙攣しているヒルデッドを見ながらエレオノーラは居心地悪く言う。
まさか鉄扇で懲らしめにやってきたとは言えない。
ヒルデッドがまさか絨毯と熱烈キッスの最中だとは思わなかったが。
「ああ、そうかエレオノーラは生徒会役員になったんだっけ。さすがだね!」
「ま、まあ。リディアン様、それほどでも……オホホホ」
好きな人に褒められてエレオノーラは顔を真っ赤に染め上げる。頑張ったことを認めてもらえて本当に嬉しい。
「そこで相談なんだけど、エレオノーラに生徒会長をやって欲しいな」
リディアンの顔は今日もとても良い。
美しい顔から繰り出される無茶ぶりにエレオノーラは素っ頓狂な声を出す。
「え?」
「この男は学園を私物化して身を滅ぼしたけれど、エレオノーラは優しいから慈悲の力で皆を導けるだろう。王妃になるための予行演習だと思ってやってみて」
ね?と彫像のような美しい顔に言われてエレオノーラはうっかり「ハイ」と答えた。
あとで「めんどうを背負い込んだかしら」と思うエレオノーラだが『まあ、仕事は適当に他の生徒に回すことにしましょう』と思い直した。
豪華絢爛(ヒルデッドが改築した)の生徒会室で玉座のようなでかい椅子にエレオノーラはふんぞり返る。
「さすが生徒会長の椅子だけあって良い素材を使っていますわね。 補講部屋の椅子とはえらい違いですわ!! オホホホホ!! この学園は私の天下ですわね!!」
権力の座の座り心地を堪能するエレオノーラだが、彼女の天下はすぐに終わった。
ふんぞりかえるエレオノーラの元へおなじみの二人がやってきたからである。
「生徒会会計の任を賜ったベルフィードだ。これからもよろしく頼むぞ。エレオノーラ生徒会長」
「私は生徒会書記テセリオスです。不正は許しませんのでその覚悟で頑張ってくださいね」
彼らの笑顔を見た瞬間、エレオノーラの顔は令嬢にあるまじき酷い顔になった。
楽園の終焉を感じた彼女は屈辱に顔を染めながら、二人の悪魔(ただしエレオノーラの主観)を睨みつけるのだった。