表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/31

第十五話 王太子の側近とエレオノーラ


 人間は信じたいものを信じる生き物である。

 いくらリディアンがとある令嬢を脅そうが、エレオノーラを庇おうが、

『そんなものただの噂にすぎませんわ。リディアン様に愛されない婚約者エレオノーラが手下を使って自分の良いように作り話を流したに違いありませんわ』

 と考えるご令嬢も多かった。


 エレオノーラは日々嫉妬の視線を向けられるのだが、それをすべて跳ねのけるのはリディアンである。


「エレオノーラ、馬車までエスコートするよ。ああ、カバンをこちらに」


「まあ、リディアン様。ありがとうございます!」


 行きも一緒、帰りも一緒、クラスも一緒(もちろんリディアンの差し金である)である。


『とっても嬉しいですけれど、フラストレーションが溜まりますわ。なにしろリディアン様にたかってくる有象無象を蹴散らせるスキがないんですもの。さすがにリディアン様の前で罵倒はできませんし……』


 好きな人には最高の自分を見て欲しいエレオノーラは不本意ながらも品行方正を心がけた。


 ちなみに、リディアンは単純に好きな女性と一緒に居たいだけである。その他大勢に対する興味が薄い分、エレオノーラに執着がいってしまうだけだ。

 なお、エレオノーラのあくどい所も『魅力的』だと思っている。人格破綻者だけに過激なエレオノーラの性格はリディアンの好みのど真ん中なのだ。


「エレオノーラってば僕の前では猫を被っているんだよ。過激な所も大好きだからもっと出してくれてもいいのにエレオノーラって本当に可愛いよねえ」


 とのろけられたバフェグは「類は友を呼ぶってこういうことかあ」と自分のことは棚に上げて思ったものである。



 だが、忙しいリディアンがつきっきりでいるのは難しいため、リディアンの『ご学友』がエレオノーラの護衛に当たる。


 副騎士団長デーゼグイン卿の息子ベルフィード、財務府長官補佐ギューネシュ卿の息子テセリオスがその任についた。

 黒髪黒目の厳めしい美形と、銀髪碧眼の理知的な美形である。


 賢い彼らは早々にエレオノーラの性根を見抜いた。


「こんな根性悪が国母になって良いものか……」

 真面目なベルフィードは端正な顔を顰めて嘆く。


「あなたの懸念はわかりますが、リディアン様を制止できるのは彼女しかいません。むしろ劇薬同士を混ぜ合わせることで中和できるかもしれませんよ」

 顔に似合わず豪胆なテセリウスはそう言ってベルフィードを慰めた。

 

 二人はリディアンから直接引き抜かれた人間なので、恐ろしさを十分知っている。

 


 そんな彼らとリディアンの出会いは強烈である。

 学園で出会ったのではなく、恐怖の象徴でもある魔の森である。


 好奇心旺盛なベルフィード、冷静沈着だが研究熱心なテセリオス。

 彼らは趣味と実益と好奇心にあらがえず、若気の至りで禁止区域に入り込んだのだ。


 熱心に薬草を採取する彼らの前に突然黒い狼が現れた。


 真っ黒い被毛に覆われた体躯は雄牛の二倍はあるほど大きく、口から覗く牙は研ぎ澄まされた刃のように鋭い。


「テセリオス! ここは俺が食い止める。お前は逃げろ!」


「僕一人だけ逃げるわけにはいきません! 僕も戦います!」


「バカ! お前の英知を失うのは国家の損失だ。それに私が負けるはずがないだろう。早くいけ!」


 しかし、テセリウスは逃げることもなく、食い殺されそうなベルフィードを庇って倒れた。憤怒したベルフィードはテセリウスに気を取られている黒狼の横っ面に一撃を入れ、そのまま首を落とした。

 

「ベルフィード……さすが……ですね」

「テセリウス!もうしゃべるな! すぐに人を呼んでくるから待っていろ」

「いいえ……僕はもう助かりません。最後に一つだけ、君と友達になれて僕は本当に幸せだった……」

「テセリウスー!!!」


 と永遠の別れになる場面で金髪碧眼の少年が急に現れたのである。



「へえ、魔術師でもない人間が魔獣を仕留めるとはなかなかの腕だね。面白いものを見せてもらったご褒美に助けてあげるよ」



 呆気にとられるベルフィードとテセリウスだが、答える間もなく彼らの体は瞬時に修復された。


 彼らは驚愕し、ただ呆けた顔で救世主を見上げた。


「僕は王太子リディアン。これからよろしくね」

 

 こうして二人はリディアンの側近にと召し上げられた。

 恐怖におびえる二人に優しくしてくれたのはバフェグである。


「若い身空で可哀そうに……。私にできることは少ないが、聞きたいことがあれば何でも言ってくれ」

 親身になってくれたバフェグのおかげで二人は破天荒なリディアンの行動になんとかついていけた。


 魔獣のはびこる魔の森で何度も死にかけ、留学中の大立ち回りにも同行し、彼らはいつの間にか強くなっていた。


 リディアンから「ベルフィードの剣技とテセリオスの智謀は多分イーザス大陸で一番だと思うよ。あ、僕を除いてね」と褒められたほどだ。

 


 このようにリディアンからも認められたほどの猛者がエレオノーラの護衛についている。


「僕の一番大切な人だからしっかり守るんだよ」


 と言われているが、二人としては護衛というより監視である。



 なにしろエレオノーラは傲慢なので一般生徒が礼を欠こうものなら烈火のごとく怒る。


 一度、「このわたくしを誰だと思ってますの?」とブチ切れたことがあり、ベルフィードとテセリオスはそれ以降、「失礼、エレオノーラ嬢は熱があるようだ。早退届を出しましょう」と最後まで言い切る前に制止し、悪事を未然に防ぐのである。


 エレオノーラにとって目の上のタンコブだが、エレオノーラを陥れたい者にとって格好のネタである。

「まあ、エレオノーラ様。いくらリディアン様が不在だからと言って殿方を侍らすなんてはしたないことですわよ。これで未来の王妃なんて務まるのかしら」


「まあ……」

 とエレオノーラが切り返そうとしたところでテセリオスにさえぎられた。 


「失礼。我々はリディアン殿下の命令で未来の王妃エレオノーラ嬢の警護をしております。懸念されるようなことはございませんよ」

 テセリオスは穏やかに笑う。

 紳士的な態度と美しい容姿に令嬢はどきまぎしてさっきまでの嫌味な表情が消え失せていた。

「ま、まあ。そうなのですね。わたくしったら心配性ですからつい言ってしまいましたわ」

 と引っ込んでいった。

 エレオノーラはぎりりと唇を噛みしめ、目が血走っている。

 

「すごい顔なさっていますよ。エレオノーラ嬢」

 テセリウスが呆れたように言うと、エレオノーラはにっこり笑顔で返す。


「オホホホ。急に頭痛がしてきただけですわ。医務室に連れて行って下さる?」

 エレオノーラは作り笑いでごまかす。

 (あの女、あとで放課後人気のない場所に呼び出して罵倒してやりましょう)

 と仕返しの機会を狙うエレオノーラであるが、リディアンに認められたほど優秀な彼らがそんな隙を作るはずもなく、医務室に行った後も席を外すことはなかった。



 結果、エレオノーラは『品行方正』を余儀なくされた。


『さすがリディアン様が選んだ方たちだけあって手ごわいですわね……。この人たちのおかげでフラストレーションがたまりまくりですわ。家を潰して……いえ、お父様はアテになりませんから、わたくし自身でなんとかしないといけませんわね』


 エレオノーラの心の中の抹殺リストにひっそりと二人の名前を記すのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] リディアンすげえ! そして若い身空でかわいそうにね~君たちの人生この先大変だろうけど頑張ってね~な態度のバフェグもなかなかですな! こんな優秀な側近を自分で鍛え上げるなんてリディアンホント王…
[一言] 抹殺リスト…作っても出番無さそう…(笑) 毒をもって毒を制す! 確かにリディアンにはエレオノーラが必要ですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ