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第十二話 社交界デビュー



 バゼスティルマ公爵家が新たな家族を迎えて五年の月日がたち、王妃の生んだ第二王子ヴァルドが五歳となり、エレオノーラは十五歳になっていた。


 そして、この国で十五歳は社交界デビューの年齢である。リディアンの帰国に合わせて盛大なパーティーが開催されるのだが、一部の貴族にとってそこは狩場である。


「いよいよリディアン殿下が戻られるわ! 忌々しいことにエレオノーラなんぞが婚約者に居座ってますけれど、そんなもの奪い取ればいいだけですわ!!」


「その意気だぞ我が娘!!」


 このような命知らずの会話があっちこっちの貴族の家で繰り広げられた。

 なにしろ社交界デビューは将来の相手を探す格好の場でもある。そこで良縁をつなげれば将来安泰なのだ。



 目下、一番人気が高い獲物は次期国王のリディアンである。

 彼の所業は一部の人間しか知らないため、「美しくて物腰柔らかな王子様」のイメージを大多数は持っているのだ。


 したがって上位中位の貴族たちがエレオノーラを引きずり降ろそうと目をギラギラさせているのが現状である。




 バゼスティルマ公爵家はそっち方面での危機管理能力がないため、本人も両親もなんの懸念もしていない。

 デスティだけが気づいていたが、「貴族間の蹴落としあいで敗れるようじゃあ大国の王妃なんて無理だし、いい試金石になるな」と傍観している。



 一方、リディアンはユーテントス王国どころか海の向こうの大陸ウラベスアの各国と交易を結んだり滅ぼしたり、蹂躙したりと留学生活を思いっきり楽しんだ。


「寂しい思いをさせたエレオノーラにとびっきりのお土産を持って帰ろうと思ったのに君のせいで汚れちゃったじゃないか」

 困ったような顔をするリディアンの前には鎧武者が土下座している。

 

 彼は把伊ぱい国の大将軍麗門牌れいもんぱいである。

 帰国途中のリディアン一行に「我が軍の前を横切るものは何人だろうとわが剣の錆にしてくれる!!」と通せんぼしたのが運の尽き、機嫌を損ねたリディアンにズタボロにされてしまった。


「ねえ、女性が喜びそうな宝物持ってたりしない?」


「ございますううう!!! ございますからなにとぞっなにとぞ!! 命だけはお助け下さい!!」

 麗門牌は涙目で懇願し、城の財宝をすべてリディアンに差し出した。

 極悪非道、泣く子も黙る麗門牌の不敗記録はこの日破れた。


 

 そんな自由気ままな留学からようやく帰国したリディアンは一目散にエレオノーラに会いに行った。

「会いたかったよエレオノーラ! 遅くなってごめんね!」


「わたくしもお会いしたかったですわ」

 エレオノーラはキラキラ輝く笑顔でリディアンを迎える。

 たとえ中身が規格外すぎる王子だろうと、外道な令嬢だろうと彼らの愛は本物である。


 夜はパーティーがあるため長々と話せないが、大量の土産を渡してからリディアンは瞬間移動で王宮に戻った。


 王子の私室に待機しているのはバフェグである。

 デビュタント用の衣服や段取りなどをチェックしていたのだが、いきなり現れた王子に目を点にさせた。

「心臓に悪いのでせめて人気のない場所で出現してくださいよ……」


「タイムロスを考えると直行した方がいいだろう? それに七年も一緒に居るんだからいい加減慣れなよ」

 リディアンはバフェグの戸惑いなどそっちのけで衣服をポイポイ脱ぎ散らかしていく。


 バフェグはそれを拾いながらふと気づいた。

「瞬間移動を見て思ったんですが、留学中でもそれを使えばエレオノーラ嬢に会いにいけたのでは?」

 至極もっともな疑問なのだが、リディアンは首を振る。


「残念なことにアレの魔力使用量は距離に比例するから日帰りは難しいんだよ」


「そうなんですねえ……」

 想像を絶する魔力量を持つリディアンが躊躇するのを見てバフェグは瞬間移動の夢を泣く泣く諦めた。ひそかに憧れていたのである。

 



 狩場となるパーティーがいよいよ始まった。

 基本的な流れとして出席者読み上げてお披露目、そのあと交流を兼ねたダンスが始まる。


「お手をどうぞ」


「ハァー。 一曲目ですからしかたありませんわね……」


 デビュタントは男女ペアで参加するので一曲目のダンスはペアの男性と踊る。

 だがすでに獲物を見定めた令嬢たちはリードしてくれた紳士のことなどそっちのけでリディアンに視線を向ける。


 ダンスに集中していない分、トチる人間もいるわけだがプライドの高い令嬢が素直に謝るわけもない。

「もう、へたくそですわね! もっと丁寧にエスコートしてくださいませ!!」


 紳士はいろいろ言いたいのを堪え、丁寧に謝罪してのダンスの相手を務めた。これぞまさに紳士である。なおこの姿を見ていたとある貴族が彼を認め、良縁を紹介してくれるのである意味ラッキーである。



 ダンスホールの注目の的となったエレオノーラとリディアンは他の連中のことなどまったく気にせず、にっこり笑顔で好きな人とのダンスを楽しんでいる。


「エレオノーラ、君ってダンスが上手なんだね」


「リディアン様のリードが素晴らしいからですわ」



 一曲目の終わりが近づいてくると令嬢たちの目の色が真剣見を帯び始める。

 もはや睨んでいると言っても過言ではない。


『音楽が終わった時点でスタートダッシュを決めれば!!』


『くっ。わたくしのポジションからですと他の令嬢が邪魔ですわ。ドレスの裾を踏ん付けて倒れた隙に行くしかありませんわね!』


 令嬢たちがそれぞれ戦略を考える中、一曲目が終わった。


「エレオノーラ、もう一曲お願いしていいかな?」


「もちろんですわ」


 リディアンを囲むようにして群がる令嬢は目が点になる。ある者は手を伸ばした格好で固まり、ある者は近くの令嬢と肩をぶつからせてずっこけ、楽し気に踊るリディアンとエレオノーラを呆然と見た。

 

『娘ー! フライイングしすぎだ! マナーのなっていない令嬢だと丸わかりじゃないかー!!』


『まあああ。クララちゃん。ダメですわー!! そんな怖い顔していたら玉の輿計画がパアになりますわー!』


 保護者集団が真っ青な顔で愛娘を見つめる。


 二曲目、三曲目も似たような結果になり、令嬢たちは悔しそうに唇を噛む。ペアの紳士は他のまともな令嬢とダンスを踊り始めた。



 もちろん、そんな状況をエレオノーラが気が付かないはずもなく、内心では高笑い中である。

『オーホホホホ!! リディアン殿下とダンスを一曲目から楽しめるのは婚約者たるわたくしの特権ですわ』


 美しいリディアンに頬染めて見つめる令嬢は多く、エレオノーラは最高にいい気分だった(エレオノーラも美女なので憧れる男性も多いが、王子の伴侶を狙うアホはさすがにいない)。


 三曲目を踊り終えたところでようやくリディアンはダンスを切り上げた。

「たくさん踊って疲れたよね? あちらにベンチがあるからそこで休もう」

「ありがとうございますわ。リディアン様」



 そのとき、勇気ある令嬢が声を上げた。

「リディアン様!素敵でしたわ!」


 ドルプヴァ伯爵令嬢ルリーヌは初めて見たリディアンに一目で恋をした。

 元来我がまま娘な彼女は婚約者が居ようとなんら遠慮する気はなかった。

『側妃の座は埋まっていませんし、先に世継ぎを産めば巻き返しのチャンスはありますわ!!』


 そう意気込んだルリーヌは休憩中の二人(というよりリディアン)に近寄り、媚びを売り始めた。

「オホホホ。先ほどから見ておりましたけど、リディアン様は本当にダンスが上手でいらっしゃいますわね。ダンスは男性次第とよく言ったものですわ」

 遠回しにエレオノーラのダンスが下手だといわれ、エレオノーラはカチンときて口がひきつる。

 ちなみに、エレオノーラは下手ではなくむしろうまい方である。リディアンに釣り合いたくてレディー教育を死ぬ気で頑張った成果だ。


『このわたくしを貶めるとはいい度胸ですわ。ただで済ましませんわよ。公衆の面前で思いっきり恥をかかせてやる』


 ぶち切れたエレオノーラは華やかな笑みをルリーヌに向けた。

「まあ、あなたはダンスがお得意なのね。ところで……」

 エレオノーラは思いつく限りの嫌味候補を頭の中でリストアップした。あとは口から出すだけなのだが、リディアンが口を挟んだ。


「君、誰?」

 声は冷えきってエレオノーラでも背筋が凍るほどである。


「え?あのわたくしはドルプヴァ伯爵家の……」


「僕に直接声をかけられるのは婚約者であるエレオノーラと親族だけだけど、君は僕に声をかけられるほど偉いのかな?」


「あ、も、申し訳ありません!リディアン様に出会えた嬉しさでつい先走ってしまいましたわっ」

 ルリーヌはうるうると瞳をにじませ、両手を胸の前で組む。


 まるで健気な子犬のようだが、エレオノーラの怒りは暴発寸前である。


 『こ、この女!! リディアン様を名前で呼ぶなんてどういうつもりですの!!馴れ馴れしいったらありはしませんわ!!絶対に許しませんわよ!!』

 罵倒してやろうとエレオノーラは赤い唇を開くが言葉を発する前にリディアンが喋った。


「ねえ、君。勝手に僕の名前を呼ぶなんて厚顔無恥にもほどがあるよ。ダンスが得意なんだろうけど、マナー教育はまったくなってないようだね。社交界デビューには早かったんじゃないかな?」

 底冷えするような声だが、美しさに磨きがかかったリディアンの容姿に見とれる彼女はへこたれない。


「あ、大変失礼しました!! その……殿下、わたくしはマナーがあまり得意ではないのです。ぜひ教えてもらえませんか? 殿下から教えて頂ければわたくし、きっと習得できると思います」

 もじもじと上目遣いでリディアンを見る。

 胸の前で手を組むからただでさえ豊満な胸がポロリンとこぼれそうである。

 しかも婚約者持ちの目の前でやるのだ。

 これに苛つかない女がいるだろうか?


 エレオノーラはたまらず口を開いた。

「ねえ、あなた。わたくしの前でよくもそんなことを言えますわね。これ以上無礼な口を開くと容赦しなくてよ」


「ひ、ひどいっ!エレオノーラ様ってこんな怖い方なんですね……!王妃様になるお方なのでお優しいと思っていましたけど……!」

 わっと顔を両手で覆って彼女は大げさに泣く。

 エレオノーラもよく使うのでウソ泣きなのはすぐにわかるが、今回は完全にエレオノーラの失策である。王妃に相応しくないと騒がれて婚約者の座を失うことは避けなくてはいけない。


『ここはいったん引いて慰めて、あとでドルプヴァ伯爵家を潰すのがいいですわね』

 エレオノーラは成長しても過激な性格は治らなかった。

 恐ろしい算段をするエレオノーラをよそにリディアンは快活に笑う。


「あははは! エレオノーラが怖いなんて面白いことを言うね。だってエレオノーラが君への沙汰を言い出さなかったら、僕は踊り子として君をサーカスに売っていたよ。本来なら投獄するところだけれど芸があるなら利用しない手はないからね」

 にこ。とリディアンは言う。

 貴族令嬢にとってはひどい屈辱である。

 

「リ、リディアン様?じょ、じょうだんが過ぎますわ」

 ルリーヌは顔をひきつらせながら笑った。


「あーあ、また僕の名前を呼んだ。もしかしてサーカスに行きたいのかい? でもエレオノーラが沙汰を下したから僕の出番はないんだよ。エレオノーラの希望は絶対だからね」

リディアンは困ったように、だがどこか嬉しそうに言った。


「エレオノーラが優しくてよかったね?」


 クスっと揶揄するようにリディアンが言うと、ルリーヌは顔面蒼白になってウンウンと頷き、深く頭を下げた。

「申し訳ありませんでしたあああ!!!!」


 まるで小動物のようにガタガタと震え、色んな所から汁が出ている。貴族令嬢が鼻水を出すのはまずいだろうとエレオノーラはハンカチを渡した。

 

 圧倒的な恐怖に苛まれているルリーヌにとってエレオノーラの手はまさに救いの手である。


 ルリーヌはぶわっと色んな汁を再び溢した。

「こんな優しい方とは知らず意地悪をしてごめんなさい!! やはりエレオノーラ様は王妃たるべきお方ですわ!!」

 ルーリヌはエレオノーラに心から謝罪し、感謝した。



 いくら褒めちぎられても苛立ちはそうそう鎮火せず、エレオノーラは『お父様が視察に戻られたらドルプヴァ伯爵家を潰していただきましょう。わたくしからリディアン様を奪おうとした罰ですわ』と企んだ。

 前回の反省を込めて専属の騎士にドルプヴァ伯爵邸付近を巡回させ、不審者が近づけないようにしている。


 お待ちかねの父親がようやく帰還した。


「お父様、ドルプヴァ伯爵家の……」


「いやいや皆まで言わなくてもいい。出先まで噂が広がっていたぞ。お前の慈悲で救われたとドルプヴァ伯爵令嬢はお前を聖母と崇めているらしいな。さすがエレオノーラだ!清く正しく美しいだけでなく慈悲深いとはな!」

 エレオノーラの言葉が言い終わらないうちに公爵は上機嫌で褒めちぎる。

 その状態で「ドルプヴァを潰してくれ」などと言える空気ではない。


 仕方なしにエレオノーラは仕返しを諦め、やるせなさを堪えながら部屋に戻って寝た。


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― 新着の感想 ―
[一言] こうやってシンパをどんどん増やしてゆくエレオノーラであった…。 ガンバレ…ガンバレ…
[一言] また本人の思惑とは違いいい人認定(笑)
[一言] エレオノーラさんストレスマッハで性悪なのに同情してしまいます でもハンカチ渡してあげるあたり優しいところもあるんですよね・・・・
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