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第十一話 エレオノーラの義弟

 デ(テ)ィグラスに恨みを晴らし終えたエレオノーラの心は晴れ晴れしている。

「オーホホホホ!! 久しぶりに胸がスカっとしましたわ! 今ならドブネズミにも優しくできそうなくらいですわっ!」

 まさかマフィアにごまかされているとも知らず、上機嫌なエレオノーラは厳しい王妃教育を嫌な顔一つせずこなし、下々のものにも労いをかけた。また身重の王妃の代わりに公務(エレオノーラはおだてられると調子に乗るタイプである)に励み、宮廷内での評価も爆上がりである。

 普段、素行が悪い奴がちょこっと良いことするだけで「本当はいい人だったんだ!」と印象が変わるのと同じようなものだ。


 さて、そんな有頂天のエレオノーラにある事件が起こった。

 弟ができたのである。


「まあ、お母さま。おめでたですの? 王妃様も身重ですから同学年になりますわね」

 話を聞かされたエレオノーラは目を輝かせて言うが、公爵夫人はオホホホと笑う。


「違うわ。エレオノーラ。わたくしたちの実子ではなくて遠縁から養子を貰うのよ」


「えっ!」

 驚くエレオノーラだが公爵は気にせず話を続ける。話を聞かないのは血筋らしい。


「事後承諾になってすまんな。目をかけている部下の息子なんだが、利発そうな子でこの子なら公爵家を任せられると感じたんだ。お前も気に入ると思うよ」

 公爵は嬉しそうに笑う。

 娘も可愛いが息子も欲しかったらしく、一緒に遠乗りでもしたいなあと夢を語り始める。


「あら、お父様。養子なんぞ迎えなくても私が王妃と公爵家の切り盛りを兼任しますわ」

 欲深いエレオノーラは王妃の地位だけでは満足できず、公爵家も手中に収める気満々で言った。


 しかし親バカの夫妻はエレオノーラの申し出を好意的に解釈した。

「まあエレオノーラ……。王妃と言う重責を担う上に公爵家までも案じてくれるなんて!!」

 おいおい泣き始める公爵夫人の背中をさすりながら、公爵はじいんと感極まったように目を潤ませる


「おお。あんなに小さかったお前が領民のことまでも考えてくれるなんてなあ。一時期はお前のわがままを心配したときもあったが、いやはや親が知らぬ間に子は成長するものだなあ」


 感動にうち震えている両親に今更「公爵家の財産が目当てです」などと言えるはずもなく、エレオノーラは口を噤んだ。



 バゼスティルマ公爵家が不協和音を奏でさせているころ、養子となる少年デスティは父親との別れを惜しんでいた。

 眉尻を下げて目を潤ませるのは彼の父親のレガリオである。

「こんな形でしかお前を逃がせなくてすまない。本当ならお前がこの家の跡取りなのに……」


「気にしないで父様。偉くなって僕が父様を助けるから」

 気弱な父親に対してデスティは男前の発言をかます。

 彼の気質は早世した母グバルリア譲りである。


 レガリオは妻亡き後も息子を一生懸命育てたが、出戻った母の義妹が無理やりレガリオと結婚したのだ。


 もちろん、デスティの父レガリオはさんざん逃げ回ったし何度も断った。


「何度申し込まれても断固として拒否します!! しょせん私は婿養子ですのでデスティを連れて実家に帰ります。ダルアーネさんは新たに夫を迎えればよろしいでしょう!」


「恥ずかしがらなくても良いのですわ!!レガリオ様!! あなたが可愛げのない義姉よりもわたくしを好いていたってこと昔から知っていましたのよ」

 クネクネと身をよじらせて迫ってくるダルアーネはまさに恐怖である。

 名誉のために言うが、レガリオはいつだって妻一筋だし、ダルアーネに傾いたことなど一度たりともない。


 むしろストーカー気味の彼女に辟易していたほどだ。


 レガリオとて黙って手をこまねいているわけではなく、脱走を試みたことは何度もある。だが、ダルアーネは「バゼスティルマ公爵家の血縁であるわたくしに逆らえるとでも思ってらっしゃるの?」と実家にも手を回されて行くところがなかった。


 上司であるバゼスティルマ公爵に相談することも考えたが、ダルアーネは何をしでかすかわからない女である。


 大事なデスティに危害を加えられることがあっては妻に顔向けできないと、レガリオは腹をくくってダルアーネを娶った。


 希望がかなえられれば大人しくなるだろうと思ったのだが、ダルアーネはデスティにつらく当たった。


 たとえば昼食時にデスティが報告書片手にサンドイッチを食べているとする。


「優雅に昼食なんて身分不相応だわ!! ゴク潰しのお前を仕方なく置いてやっているのにもっと謙虚になさいよ!」

「そうよそうよ。お母さまの言う通りよ!!」

 ビシっと指をさしてダルアーネは理不尽に怒鳴りつけ、娘のベルティアーナと一緒になってデスティを詰ってくる。


「ハア……。僕は正式な跡取り息子ですし、領地運営の半分は担っていますし、ゴク潰しは社交界からもツマはじきにされているそちらでは? それに仕事しながらのランチタイムを優雅と言われたくないですね」

 このようにデスティが些細な反撃をしても、彼女らは顔を真っ赤にさせるだけで謝りもしない。



 ある時は使用人がいるにもかかわらず、デスティに炊事洗濯を押し付ける。

「デスティ!! 遊んでばかりいないでさっさと掃除をしなさい!! 義理の息子なんだからわたくしの躾に歯向かうんじゃないわよ!!」

「そうよそうよ!!お母さまの言う通りよ!! グズグズするんじゃないわよ!!」



「掃除はミセス・アルマーにお任せしています。それに僕はピアノの練習中です。遊んでいるわけではなく、貴族のたしなみですがそれすらもご存じありませんか?」

 優雅に鍵盤を駆るデスティは絵画のように美しい。


 一瞬見ほれかけるダルアーネだがすぐに気を取り直してデスティを罵倒する。

「そ、それくらい知っているわよ!! でもね!! この家はベルティアーナが継ぐのよ。お払い箱のあなたは使用人扱いがお似合いよ!!」


「ですから跡取りは僕ですって。よしんば交代したとしてもピアノも弾けない、ダンスも踊れない。言葉遣いもなっていない……と社交界で評判ですので必死に勉強させないと無理ですよ」

 デスティが優しく諭しても彼女らは真っ青になるだけでお礼も言わない。


 さらに、デスティが夜食に食べようと用意したお菓子を食べつくすわ、暗くなってきたのでランプを付けようとすると油が抜かれているわ、極めつけは年度末で多忙を極めるデスティの執務室を荒らし(鍵がかかっていたので窓ガラスを割って侵入した)、重要書類をコーヒー漬けにしたのである。

 さすがにデスティもこれは看過できないと所轄の自警団に引き渡したのだが、自警団から「ご家族のことはご家族で」と返品されてしまい、(怒りの)泣き寝入りである。



 このようにデスティは継母と義姉から虐げられていた。



 父のレガリオは息子の不遇を憂い、恥を忍んで庇護をバゼスティルマ公爵に頼んだのである。

「私事で大変申し訳ないのですが、私の息子を雇っていただけないでしょうか」

 疲労困憊したレガリオをバゼスティルマ公爵はびっくり仰天し、彼の状況を知ることになった。


「そういうことならエレオノーラの専属の従僕として雇おう。君の息子なら真面目で性格もいいだろうし、すぐに執事に昇格できるだろう」


 公爵は目をかけている部下を助けるつもりで申し出たのだが、デスティに会った瞬間、惚れた。

 おかしな意味ではなくその才能にほれ込んだのである。


「従僕だなんてとんでもない! ぜひうちの養子として引き取りたい!!」

 バゼスティルマ公爵の迫力にレガリオは目をひん剥いたが、デスティがそこまで見込まれていることが嬉しかった。

 公爵家ならデスティは幸せになれると思い、本人に内緒で手続きをしてしまったのである。


「喜べデスティ!! バゼスティルマ公爵家に養子入りが決まったぞ!! これでダルアーネやベルティアーナに煩わされずに済むぞ!!」

 喜びに沸くレガリオに対してデスティは目が点になった。


 継母と義姉に合法的な仕返しを考えていたデスティはまさに青天の霹靂である。


『条件としてはかなりいいが、バゼスティルマ公爵家のエレオノーラ嬢は聖母のように優しいと評判の令嬢だ。そんなところにいったら僕が自由に動けないじゃないか』


 領地の運営はきれいごとだけでは済まされない。

 荒事も多いし、厳しい判断が必要な場面がある。


 そんな状態で「可哀そうだから助けてあげて」だの、「あなたには優しさがないわ!」だの言われるより、コーヒー漬けの方がナンボかマシである。


 渋りまくったデスティだが、公爵から熱烈な勧誘を受け続けてついには折れた。


 こうしてデスティがバゼスティルマ公爵家の一員となった。


 なお、エレオノーラは「公爵家の財産もわたくしのものにするためにはこの子を排除しなきゃいけないわ」と色々策を練るのだが、いかんせん王妃教育や公務が多忙すぎたせいでそこまで手が回らない。



 デスティは優秀な頭脳と手際の良さで使用人や代官の人心を掌握し、着実に次期当主としての基盤を固めさせた。


貴族は四歳でカトラリーが使えるよう教育されるそうです。六歳で立派な紳士淑女になるそうで、世界のすごさにおののきます……。

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[一言] エレオノーラの野望が…(笑)
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