第十話 エレオノーラの怒り
留学先でリディアンは楽しく過ごした。
同年代の王子ユリンはリディアンと正反対の脳筋タイプの王子で直情的だが素直で憎めない男である。
また、リディアンは東の大陸ウラベスアにも足を延ばし、大国火林国と国交を結び、交易に必要な商談をまとめあげた。
しかし、ザナーガンは素直に喜べない。
「紳士的に協定を結んだのだな? 脅しや暴力は振るっていないな?」
「いやだなあ。父上。僕は紳士ですよ。それに火林国の皇帝は素晴らしいお方でした。僕は尊重する人間は大事にするタイプです」
リディアンは美しい文字でそう書いて寄こしたが、真実は闇の中である。
このように、リディアンが楽しく外国生活を送っているころ、エレオノーラは王妃教育の傍ら人探しを行っていた。
相手は『龍の祠』のクソガキとティグラスである。
なぜティグラスが標的かというと、奴がエレオノーラの名前を出して弱者救済をしたせいでエレオノーラは『聖少女エレオノーラ』という不名誉(エレオノーラにとって)な二つ名を貰う羽目になったからである。
「わたくしは昔から清いとか聖なるとかそういう単語が蕁麻疹が出るほど嫌いですのよ! ああ~手足が痒いわっ!!」
バレテア連峰の村民から『エレオノーラ様への感謝状』と記念品を貰ったエレオノーラは果てしない居心地の悪さに狂っている。
「この恨み……必ず晴らしてやりますわ! ですが、騎士団を使うのもはばかられますし……そうだわ、確か『悪の友』に暴力専門の請負業者が乗っていましたわね」
チェストから機関誌『悪の友』を取り、パラパラとページをめくる。
『暴力関係ならスピーディーで低価格のマフィア、ボルドビルにお任せ! 解決率100%』
特集記事ではなく広告欄であるが、エレオノーラは目を輝かせる。
「これですわ!」
エレオノーラはさっそく連絡先に手紙をしたためた。
怪しさ満載だが、『龍の祠』が仲介に入るので特に問題はない。
エレオノーラの依頼を受け取ったマフィアは大慌てである。
「ボス! 大変です! ついに『エレオノーラ嬢』から連絡が来ました!」
血相を変えて飛び込んでくるのはボスの側近である。
ボスと呼ばれるスキンヘッドの筋肉マッチョは椅子に座って愛猫のブラッシングをしていたが、部下の報告に表情をこわばらせる。それでもブラッシングの手が止まらないのは、ひとえに愛情のせいである。
「ついに来たか……。大ボスから『エレオノーラ嬢』の命令は何がなんでも聞き届けろと言われているからな……!」
大ボスとはリディアンの事である。
『龍の祠』にショバ代を請求しに行ったのが運の尽き、ボルドビルは幹部ともども完膚なきまでに叩きのめされ、今では従順な犬となっている。
「で、依頼内容は何だ? 誰かの暗殺か? それとも誘拐か? 大ボスの関係者なら相当えげつない依頼なんだろうなあ……」
半泣きになるボルドビルに部下はアハハと乾いた笑いを浮かべる。
「ご、ご明察ですボス。要望はティグラス傭兵団の抹殺です。とくに団長を完膚なきまでに叩き潰せと荒々しい字で書き殴られています」
その発言に室内の空気はとたんに重くなり、誰しもが青い顔をする。
なにしろティグラスは圧倒的な強さを誇り、元が王国騎士団だけあってやりあうとしたらガチの戦争になる。
ボルドビルは変な声を上げてつるつるの頭を抱えた(猫は逃げた)。
「無理無理無理!! 絶対無理!!」
冷や汗を流すボルドビルに側近たちも具合が悪そうに俯く。
そんじょそこらのケチな盗賊なら問題なく片づけられるが、ティグラス傭兵団は戦争のプロである。
「ウチんとこの火力じゃ無理! こっちがぶっつぶされる!!!」
「ですよね!! 俺もやりたくないです! 行けと命令されたらマフィアから足を洗います!」
「あ、ずるい。俺も抜ける!!」
「ふざけんな!! 楽に抜けられると思うんじゃねえ!! 俺の愛の拳でオトシマエをつけなきゃ許さねえぞ!!」
ボルドビルが大声を張り上げ、ナックルサックをはめた拳を振り上げる。
だが、部下たちは怯まない。
「ティグラスとやりあうより、そっちの方がナンボかマシです!!」
「同じく!」
部下たちは真剣な目でボルドビルを見つめ、覚悟を決めた顔つきである。ただし、逃げる方のだが。
「大ボスに言いつけるぞ」
ボソっとボルドビルが言うと、瞬時に部下たちは平伏した。
「いやだなあボス冗談ですってば。なあ皆!」
「モチロンですよ!! 緊迫した空気を和らげようというお茶目な冗談です!!!」
「俺たちはボスの手足です!! 一蓮托生です!!」
目をキラキラさせて訴える彼らは素晴らしい手のひら返しであるが、これも生存戦略である。
悪党は馬鹿でもなれるが、賢くなければ生きていけないのである。
「まったく調子のいい奴らめ。まあいい、お仕置きは後にするとしてウチで一番勝率が高そうなやつは誰だ」
ボルドビルの言葉に部下たちは互いを見渡す、いつもは「俺のチームが最強だ!」とマウントの取り合いをするのだが、今は逆である。
「レンドルさんのところが最強です!!ご自慢の剣士軍団を抱えてるので!!」
「いやいやいやベルザスさんのところの方が!!!」
と互いに敬称を付け合い、相手のチームの素晴らしさを力説する。非常に醜い争いだが彼らも必死である。
褒め合いはいつしか暴露大会になった。
「うちは確かに最新鋭の重火器をそろえているが、軒並み機械オンチだから役に立たないんだ! 嘘だと思うなら俺のチームの倉庫を見てみろ! 新品同様に綺麗だから!!!」
「うちだって負けてない!!凄腕の剣士を抱えているけど協調性ゼロだし俺の言うことなんて聞いちゃくれないしで戦力にまったくならないんだ!!」
自分のチームがいかに戦いに不向きかを演説しはじめる部下たちにボルドビルはしびれを切らす。
「いいかげんにしろー!! お前らマフィアの看板背負っているくせに情けないとは思わんのか!! 」
「しかし、ティグラスは相当やばいですよ。 団長が居なけりゃどうとでもなりますが、あの男の強さは異常です。あいつとやりあうなんて死刑宣告と似たようなもんですって」
部下の一人が一生懸命訴える。
命がかかっているから当然だ。
「それにボスだって安泰じゃないんですよ! ウチが狙ってるって知ったら絶対に襲ってきますって」
部下の冷静な突っ込みにボルドビルの顔はますます青くなる。
まさに前門の虎後門の狼の状態で、冷や汗を流しながら必死に考えた。
悪知恵を総動員させた結果、導き出した答えは『引き伸ばし』である。
「期限が決められていないなら思いっきり引き延ばせばいい!! とりあえず受けて、のらりくらりと 躱せばいいんだ!!」
そう叫ぶボルドビルの目はここではないどこかを見ている。思いっきり現実逃避だが、プライドより自分の命を優先するタイプのボルドビルはなりふり構っていられなかった。
そんな裏事情を知らないエレオノーラは、『ご要望、承りました。ただちにティグラス傭兵団を追います』という書面に大歓喜した。
「オーホホホ!! これで枕を高くして寝られますわ!!! 今頃ティグラスはマフィアに追われて泣いていることでしょう!!」
所詮は十歳の子供である。
経過報告や進捗状況の確認もなく、エレオノーラは枕を高くして寝た。
しかし、実際は誰一人動いておらず、ティグラスは今日も元気に仲間たちと美味い飯を食っているのである。