32幕間・旅立ち
ジークロットと別れた後、私はまっすぐ浜辺に向かう。
今は村に立ち寄るのは避けたい。
きっと、消火活動をしていた人たちが徹夜のテンションで盛り上がっていることだろう。関わり合いになりたくない。
「それに、目的が定まりました」
私はサクラを迎えに新大陸へ行く。手段は知らないが、サクラの辿った道を追いかければ最低限新大陸には着くだろう。
「そうと決まれば善は急げ、急がば回れ。疾く速く全速前進」
私は駆け足で森の中を駆け抜ける。
このあたりは燃えずに残ってよかったです。
浜辺に到着。すごく久し振りな気がします。
アレンを見つけたので、手を振りながら近づく。
「アレンっちー、お待たせー」
アレンがこちらに気づく。
「おお、ようやく来たが、ちょっと待ったぞ」
普通に返される。
「もー、そこは違います。そこは、『今来たところだよ』って返すのがお約束ですよ」
私は口を尖らせて抗議します。ぶーぶー。
私の文句を聞いてアレンが首を傾げる。
「なに言っでんだ。おれんがずっとここにいるこたぁ知ってんだろが」
現実世界の人間のお約束は、ゴブリンに通じなかったでござる。
「まぁええ、そろそろ行くか」
アレンが気持ちを切り替えるように言う。
「で、どこに行くんですか?」
アレンがガクリと右肩を落とす。そこはお約束が通じるのですね、メモっときましょう。
「おめぇ忘れたのが? おれん村に来いって言ったら、面白そうとか言っでただろが」
そうでしたっけ? そうでしたね
「すっかり忘れてましたね。色々あったので仕方ない」
「それもそだな」
アレンも納得してくれました。ちょろい。
「では行きましょう。案内してください」
さすがにふざけて見当違いな方向に向かったりしない。夜が明けてしまい、通学時間まで時間がないから。
「おう、ついてこい」
浜を南へ歩くアレンについて行く。
しばらく歩くと砂浜から岩場に変わりました。
アレンはさらに進み、私を置いて岩の隙間に入っていく。しばらくすると舟と一緒に出てきた。
舟は岩場に隠されていて、知らなければ見つけるのに苦労する巧妙な隠し方だった。
「よし、乗れ」
舟は2、3人乗れるほどの大きさで、アレンが岩場に片足を残し、もう一方の足で舟を押さえてくれる。
「舟でどこまで行く気です?」
私はアレンに確認する。なんだか凄く遠い場所に連れて行かれる気がします。
「んだ、おれん村はここと違う大陸にあるだ。しばらく掛かるな」
ほほう。
「お断りしていいですか?」
私の質問にアレンがジト目になって見てくる。
「まだ薬草を貰ってねぇし、報酬も先払いしたと思うんだが」
今お渡ししましょうか? お釣りは結構です。
「おめぇは約束を守る女子だべな?」
ええ、そうですね。
「おれんはクエストを発注する時、神様におめぇは約束を守る奴だから先払いしても許してくれって言っちまったんだけどな」
えー、それはアレンの勝手じゃないですかー。
私はやれやれと首を左右に振る。
「分かりましたよ、行きます、行きますよ。その代わり、ちゃんと安全は保障してくださいよね」
「んだ、任せとけ」
アレンが私の要求を認めて頷く。
私はそれを見てから舟に乗り、続けてアレンも乗る。
私が席に着くのを確認して、アレンが櫂を取り出して漕ぎ出す。いざ出向、いや出航。
「私も手伝いましょうか?」
櫂は船の上に1つしかありませんでしたが、持ち物の中に何がしか代用できるものがあるかな、と考えつつアレンに尋ねる。
「いんや、おれん1人で十分だ」
アレンはそう言って私の提案を辞退する。
では、私はのんびりと海を眺めて過ごしますか。
(将来、サクラとの新婚旅行はベネチアに行くのもいいかもしれませんね。でもゴンドラは生活用水路ですか。日本人は料金をぼったくられるとも言いますね。やはり大間の漁船に乗ってマグロ釣りにでも)
しばらく海を進み、アレンが櫂を漕ぐのをやめる。
そして懐から取り出した笛を吹く。
かすかに「キィィィン」と聞こえる。
「なんだかすごく高い音ですね」
「おめぇ聞こえるんか!?」
アレンが驚いた表情になる。
「ええ、蝙蝠と会話するためには高音をマスターしなければいけませんでしたから」
「そ、そうが」
アレンは納得いかない顔になる。
サクラが居たらツッコんでくれたんですけどねぇ。
「蝙蝠が出すのは超音波! 超音波はマスターしようと思ってできるもんじゃないよ! マスターできる高音はソプラノぐらいだよ!」
ツッコミ不足は娯楽文化に対する叛逆です。文明の成長を止めます。
「それで、その笛は何か意味があるのですか?」
アレンは私の問いに頷く。
「んだ、少し待ってろ」
言われたとおり、釣竿を取り出して釣りをしながら少し待ちます。
「おめぇ、どっからそんなもんを」
アレンが呆れた表情で見る。
「呂尚は釣って待てですよ」
それを言うなら、果報は寝て待て。
「なんだそりゃ?」
アレンが首を傾げる。
大丈夫、日本でもあまり通じない。呂尚が太公望のことだというのは。太公望についてはWEB版で。
2、3分後。
「きゅーーーい」
何かの鳴き声が聞こえてきた。
「私の魚を奪いに来た賊か!?」
魚はまだ1匹も釣れていません。
「おれんが呼んだ奴だ」
アレンが言う。
「まさかアレンが盗賊の頭だったとは……」
やはり私は売られる運命に、よよよ。
「違う、違う」
アレンが慌てて否定する。
「紹介するだ」
アレンが懐から何かを取り出して、海に投げ入れる。
すると、海の中から何かが頭を出した。
「馬?」
その頭は馬の頭をしている。
「海の馬で海馬。タツノオトシゴですか社長?」
俺のターン、ドロー! 俺はウマアタマの巨人兵を召喚する。
「社長じゃねぇが、タツノオトシゴでもねぇ」
アレンが首を左右に振って否定する。
「こいつは水の妖精ケルピーだ」
ほほう。
「海に引きずり込んで証拠隠滅!?」
「ちゃうわ!」
アレンのツッコミ技術育成期間中。
冒険者は死んだら教会に強制送還ですものね。
「海に連れ込むのは悪いケルピーだ」
あ、悪いのがいるのは否定しないのですね。
「こいつはおれんたちと仲のいいケルピーの部族のもんで、白ナイルのケルピーだ」
「……部族名はあるのに名前は無いんですね!」
私のツッコミを聞いてアレンが肩を竦める。
「ある程度の意思疎通はできても、言葉までは通じねぇからな」
ほほう。
「ならば私が名付けてもよいですか?」
アレンはケルピーの方を向いて問いかける。
「どだ? 名前欲しいが?」
「きゅいー」
ケルピーはくりっとした眼を輝かせて嬉しそうに答える。
「では……」
馬の頭、白ナイル、白い木馬、いやそれでは安直だ。ナイルナイル、あっ!
「ナイロン袋で」
どよーん。
なんだかナイロン袋ちゃんの頭が垂れて、テンション急降下の模様。
「なんだ……それがどんな名前か知らねぇが、本人が嫌そうだからやめたげろ」
アレンがフォローに入る。
ふむ、馬も本人と言うのですね。本馬? 範馬? グラプっちゃう?
「ではちょっと、全身を見せてくれますか? 頭と部族名だけでは難しいので」
「きゅい!」
ケルピーが調子を取り戻し、頭をコクコクと何度も縦に振る。
しかし、本当に言葉は喋れなくても意思疎通はできるんですね。
ケルピーは舟から少し離れると頭を海に潜らせて、全身をよく見せるために前転のような動きをする。
ほほう。
「全国を回ってケルピーショーでもしますか」
「すんな!」
アレンのツッコミ速度上昇中。アレンは私が育てる。
ケルピーがもういいかと動きを止めて、顔を覗かせる。
「次は横に回ってください」
ケルピーが「わかった」とでも言うように頭を縦に振り、横に回り始める。たまに体を捻って横回転。
じっくり観察した結果、上半身は馬で、頭や首の鬣は藻のようで、前脚が2本付いている。
下半身は大きな魚。鱗がぎっしりなんだけど、お尻の部分だけ馬のようでプリプリしてる。何故に。
そして、そのお尻の部分に星の形をした痣がある。この子の特徴だろうか。
お尻に痣……星の形に因んで……よし。
「この子の名前はケッピーちゃんで」
全然因んでなかった。
「きゅいー」
名前を聞いたケッピーちゃんは喜んだ声を上げる。
「本当にそれでええんが?」
「きゅいきゅい」
アレンが心配そうに尋ねるが、ケッピーちゃんは大丈夫とでも言いたげに答える。
「本人がいいって言ってるんですから、アレンが気にすることじゃないですよ」
アレンは何とも言えない表情を浮かべる。
「まぁええが」
そして何ともなかったように気を取り直す。
「よし、ケッピー、いくど!」
アレンはそう言うと、ケッピーに向かって変わった形の縄を投げる。
「きゅい」
ケッピーは勝手を知っているのか、首を動かして、縄を口に銜える。
「まさか、拷問?」
「ちゃうわ!」
アレンが説明する。
「馬の手綱のようなもんで、ああやって引っ張ってくれんだ」
なるほど。
「それじゃあ頼んだど」
「きゅーい」
ケッピーがアレンに返事をして、縄を銜えたまま泳ぎ始めたので、引っ張られて舟が進む。
「……やっぱ奴隷」
「ちゃうど、意思疎通してる関係だって言ってんだろが! ちゃんと報酬も支払ってるだ」
報酬ですか。
「呼んだ時に投げ入れたものですか?」
「んだ」
なるほど。
「海にゴミを捨ててはいけませんよ」
アレンがガクリと右肩を落とす。
「あれはゴミじゃねぇ。オオグロ族秘伝の丸薬の一種だ」
なるほど。
「ケッピーちゃんを薬漬けにして離れられないように」
「ちゃうわ!」
ですよねー。
「作り方は教えらんねぇが、怪しいもんは使ってねぇ。まぁ、いわばケルピーの好物を練って固めたもんだ」
ほほう。
「人肉……いえ、何がしかの動物の肉をすり身にして、保存性を高めるために塩などを多めに加えて粉と混ぜ、丸く固める。そんなところですか」
「なっ!?」
私の考察を聞いて驚いた顔になる。当たらずも遠からずといったところでしょうか。
「どうしてそれを」
アレンが聞いてくる。ビンゴビンゴ、ビンゴー。
「私の故国にもケルピーについて書かれた書物があります。
曰く、ケルピーは人を水の中に引きずり込んで食べる。
曰く、ケルピーは人を手伝って粉を挽いていた、と。
考察した結果、ケルピーの普段の食事は水中にいる魚など。
たまにしか食せない贅沢品として陸上生物の肉、人とは限りませんよ。他の動物については、人間の伝承ではわざわざ説明していないだけかもしれないので。
そんな贅沢品を与えられれば力仕事もしたくなりますよね。
そして旅先で腐らせるわけにもいかないので、保存性を高める必要がある。
ま、こんなところでしょうか」
アレンが感心した目で見てくる。
「おめぇ、普段おかしなことばっか言ってんのに、頭ええんだな」
せやな。
「失礼ですね。普段のあれは、わざとです!」
ドヤぁ。
「……はぁ」
アレンがため息を吐く。
「いつもその調子でいてくれや」
常時ドヤ顔ですか? 人気でそうにないので嫌です。
「それで、村までどれぐらいかかるんです?」
いい加減、時間が押していて、遅刻しそうでピンチ! です。
「そだな……」
アレンは顎に指を当てて考える。
「夜には到着できるだろ」
遠いわ!
「……はぁ」
私はため息をこぼす。
「では、私は寝かせてもらいますね」
寝たことにして、ログインしたまま学校に行きましょう。やむを得ない。今ログアウトしたら私1人で村に逆戻りです。
「そだな、その方がええだろ」
アレンが頷いて肯定する。
私は上目遣いでアレンを見上げる。
「おじちゃん、……襲わない?」
アレンが一瞬呆ける。
「襲うが! そもそも同じ年だって言っただろが!」
そういえばそうでしたね。ゴブリンの年齢なんて見た目で判断できませんよ。
「航海中、なにかに襲われたりしませんか?」
「安心しろ、襲われても俺が守るし、ケッピーがいる」
あ、そこは否定しないんですね。
「きゅきゅいー」
ケッピーも「任せろ」とでも言うように鳴く。
「分かりました、後は任せますね」
そう言って私は布袋を取り出す。
「なんだそれは?」
「日焼け対策と擬装です」
そう言って、すっぽりと布袋に全身を入れて、入口から頭だけ覗かせる。
「では、おやすみなさい」
アレンも呆れた顔で返す。
「おお、おやすみ」
私は頭も袋に入れて足をたたみ、舟の上に寝転がりスリープモードにする。
「では学校に行く準備をしましょう」
席を立ち、家の1階に向かう。
「長い夜でしたね」
どうせならサクラと過ごしたかったです。
◆◆◆◆◆
「おはようハルミ」
「おはようサクラ」
いつもの場所で待ち合わせてサクラと通学。変わらぬ日常。
電車に乗ると、めずらしく座席が空いている。
「今日は座りませんか?」
「うん、いいよ」
サクラは少しだけ不思議そうにしつつ賛成してくれる。
私とサクラは隣り合って座ります。ぴっちり。さりげなく密着。これはマナー、乗車マナー。
「なんだかお疲れの様子だね」
サクラが心配そうに言う。
「そうですね、少しだけ疲れました」
「そっか」
詳しく尋ねないのが親友の距離間。詳しく問い詰めるのがヤンデレのキャラ感。
「少し寝かせていただきますね」
私はそう言って、さりげなくサクラにもたれかかり、サクラの肩に頭を置く。
「もー、仕方ないな」
サクラは呆れた声で言いますが、やめさせようとはしない。
これが日常に戻ってきたということでしょうか。
私は寝息をたて始める。
サクラはそんな私の頭を優しく撫でてくれる。
実はまだ起きているなんて言えない。
降車駅までまだ時間があります。5分寝ましょう。
5分寝て、頭すっきりナポレオン!




