31この森は生きているⅡ
「ここは……」
横穴を進むと開けた場所に出た。
そこは10畳ぐらいの広さで、人の手で掘られた感じがする。
壁には一定間隔で何か光るモノが付いていて、部屋の中を照らしている。
入って右側には作業台らしきものがあり、左側には木箱が数個設置されている。
さらに奥には……。
「これは」
ジークロットが零した言葉にハルミが答える。
「生きていましたか」
部屋の奥には、2匹の狼、2匹の大ネズミ、2匹の草兎がいた。
もちろん、それぞれが喧嘩しないように木で柵がされた上、木の杭と縄でそれぞれの首輪に繋がれている。
ハルミは草兎に近づくと、その背中を優しく撫でる。
「この部屋は君が?」
ジークロットは信じられないものを見る目でハルミを見る。
「ええ」
ハルミは首を縦に振り肯定する。
「ええ、私が作りました」
ハルミは1匹の草兎の縄を外し、腕に抱えて立ち上がると、部屋の中を見渡す。
「最初はただの秘密部屋でした。
私が死んだ時に、集めた薬草を敵に奪われないよう、保管する場所を作りました。
その後、動物の繁殖が出来ないか実験するために狼の雄と雌を連れて来て。
次に大ネズミの雄と雌を。
草兎には苦労しましたよ、普段から個体数が少ないので、雄と雌を揃えるのは大変でした。
……みんな生きていてよかったです」
ハルミは愛おしそうに腕に抱いた草兎の頭を撫でる。
草兎も慣れた様子で、ハルミに撫でられて気持ちよさそうにしている。
「君は……」
ジークロットが何かを言おうとすると、ハルミは抱いていた草兎を彼に差しだした。
「優しく抱いてください。強くすると襲ってきますよ」
ジークロットはおっかなびっくり草兎を受け取る。
「上に連れて行って逃がしてあげてください」
彼は一度頷き、横穴から出ていく。
ジークロットが地上から部屋に戻ると、ハルミが奇妙なことをしていた。
「君は何をしてるんだ?」
ハルミは狼の前脚と後ろ脚を縄で縛って固定し、頭を押さえつけて口を縛ろうとしていた。
「捕縛です」
ジークロットはハルミを呆れた目で見る。
「ほら、次はそれを運んでください」
ハルミが首を動かして示した方を見ると、そこには縛られた大ネズミが2匹転がされていた。
「……はぁ」
ジークロットはため息をひとつ吐くと、大ネズミを2匹抱えて部屋を出て行った。
「思ったよりも力持ちですね」
ハルミは彼が1匹ずつ運ぶと考えていた。自分と彼の筋力値差を考慮していなかった。
ジークロットもさすがに狼は1匹ずつ運び、ハルミは最後の草兎を抱えて落とし穴から出た。
最初の草兎と縄で縛られた狼や大ネズミたちは、ジークロットが既に解き放った後だ。
残るはハルミが抱えた草兎のみ。
「行きなさい」
ハルミは最後にひと撫ですると、草兎を地面に下ろす。
草兎は不思議そうにハルミを見上げたが、身を翻して駆けだした。
ハルミは立ち上がり駆け去る草兎を見送る。
すると、草兎の向かう先には、秘密部屋にいた他の動物たちが待っていた。
草兎が動物たちに合流すると、ハルミたちの方を一度だけ見て、森の奥へと消えていく。
彼らが見えなくなった後も、ハルミとジークロットはまだそこに姿があるかのようにしばらくの間見守っていた。
「よかったな」
ジークロットは言うと、その場に腰を下ろす。さすがに徹夜作業が続いて疲労がピークに達したのだろう。
「ええ、そうですね」
ハルミは彼の方を見る。すると、突然彼に近づいて、彼の目の前に腰を下ろす。
「ちょ、待て待て、いったいどうした」
ハルミの行動にジークロットが慌てる。
しかし、ハルミはそんな彼を無視して、彼の手元の地面を見つめる。
ジークロットもハルミの視線を追って、その先を見る。
そこには、芽が1つ地面から顔を出していた。
ジークロットは慌てて手をどける。
「……」
ハルミはじっと芽を見つめる。
「まさか、さっき撒いてた種かな」
ジークロットがポツリと零す。
「ハハ、さすがにそんな訳ないか」
彼は即座に自分の言葉を否定する。
ハルミは顔を上げてジークロットを見る。
「いえ、あながち間違いではないかもしれません。
草木が燃えて土壌ができ、雨が降って水分を貯え、そこに種を撒いた。
十分芽が育つ環境は整っています。
それに、これはゲームなんだから、成長速度はいくらでも加速できます。
運営がなにがしかの手心を加えたのかもしれませんね」
ハルミの説明にジークロットも黙って頷く。
ハルミは立ち上がり、周囲を見渡す。
「まだ、この森は生きている。ここから成長できる。
いつになるか分からないけれど、きっと元の森のように素敵な森になるでしょう」
ジークロットはそう言うハルミを見て思う。
「もう、この森と結婚しちまえよ」
ハルミはジークロットの言葉を聞いて、きょとんとする。
そして、
「あはは、あはは、あはははははははははは」
お腹を抱えて笑いだした。
ジークロットは突然笑い出したハルミを見て、驚きの表情を浮かべる。
「あはは、私が、森と結婚? あははははは」
ハルミはひと笑いすると、ニヤリと口角を上げて笑う。
「私が結婚するのはサクラだけですよ」
「誰だよ!」
ジークロットのツッコミを受け、ハルミは右手を自分の胸に当てて自信満々に言う。
「私の最高の親友です」
ハルミの返答を聞き、ジークロットは呆れた顔になる。
「そうですよ。サクラは私の親友。
どうもここ最近調子が悪いと思っていたら、サクラがいなくなってからじゃないですか。
もーサクラったら、一緒にいなくても私の心を拘束するのですね。
仕方ありませんねぇ。
これはもう逢いに行き、熱い抱擁を交わさなくてはいけません。
たしかサクラは新大陸から出られないと言っていましたね。
ならば私が迎えに行ってあげましょう。
サクラのピンチに颯爽と登場。サクラの好きそうな展開です。
それに、私もこの森で多くの経験値を積みました。もう足手まといとは言わせませんよ。
足手まといだと言えば、私の槌で目に物見せてあげましょう。
それが私とサクラの愛情。まさに逢いに愛してる。
そうと決まれば早く用事を終わらせなければ。
そういう訳でお別れです」
突然ハイテンションになったハルミに、ジークロットはついていけずに呆然となる。
しかし、お別れと聞いて正気に戻る。
「行くのか?」
ジークロットの問いに、ハルミは頷く。
「ええ。それが私の歩む道。みっちゃん道々かに料理」
ハルミの答えにジークロットが頷く。
「なら、これを持って行け」
そう言うと、ハルミにトレード申請を送る。
「これは……」
そこには大量の薬草があった。
ジークロットは頭を掻きながら答える。
「火事で薬草が燃えて無くなるかと思うとさ、消火作業の合間にもついつい集めちゃってよ」
それを聞き、ハルミが頷く。
「わかります。かくいう私もきちんと集めていました」
ジークロットはハルミと目線を合わせると、ふっ、と笑いをこぼす。
そして、
「「あはははははははははは」」
2人は一緒に大笑いした。
「それで、薬草の対価は何がいいですか?」
ハルミはジークロットに尋ねる。
ジークロットは首を左右に振る。
「いや、いい。何もいらない」
今度はハルミが首を左右に振る。
「駄目です。それではトレードとして成立しません」
ジークロットは一つ考えたフリをして、
「なら、今度会った時にもっとすごい薬草をやる。そしたら前みたいに、手の甲へ口づけさせていただけませんか、女王様?」
そしてニヤリと笑う。
ハルミも同じようにニヤリと笑う。
「ええ、いいでしょう。期待していますよ、薬草マイスター」
ジークロットは頷く。
「ああ、約束だ」
そう言うと、右手を差し出して握手を求める。
ハルミも右手をのばし、
ドスン!
「ぐふっ」
ジークロットのお腹に拳を叩きこんだ。
「なにすんだ!」
ジークロットが文句を言う。
それを無視するかのようにハルミはにこりと笑う。
「これが私の信愛の挨拶ですよ。サクラにもいつもしています」
ハルミの言葉にジークロットが呆れた表情になる。
「お前の愛情は捩じれてんな」
ジークロットの言葉にハルミが頷く。
「ええ、蔓のようにねじねじです」
ハルミは言うと、ジークロットに背を向けて歩き出す。
「約束だからな! 今度こそ絶対驚くような量の薬草を渡してやるよ!」
ジークロットがハルミの背に向って叫ぶ。
ハルミは何も言わず、振りむきもせず、右手を上げるだけで答える。
去る者は何も語らず、男は背中で語る。それが形式美。
ジークロットはハルミの背が見えなくなるまで黙って見送った。
「さ、俺も行くか」
そう言うと村に向かって歩き出す。
「このあと学校かよ、絶対授業中に寝ちまうぞ」
もう夜が明けて久しい。一度寝てしまったら、次に起きた時には学校は終わっているだろう。
「でも、悪い気はしないな」
ジークロットの心は達成感で満たされていた。




