30この森は生きているⅠ
雨が止み、鎮火の確認作業も終わった。
火消し隊は解散して、めいめいの場所で休憩している。
ハルミは迷路のあった場所に向かい、その無残な姿を前にしてただ立ち尽くす。
「ようやく終わったな」
そんなハルミに声をかける者がいた。姿を確認するとジークロットだった。
「おや、薬草マイスター。おつかれさまです」
彼は手を上げて答える。
「しっかし、ひどい有様だな。せっかくお前が一生懸命作ったのに」
彼は迷路の残骸を見渡して言う。
ハルミも同じように残骸を見る。
「あんなもの、いくらでも作れましたよ」
ハルミの答えに、ジークロットは呆れた表情を浮かべる。
「問題は森の方です。……回復するかどうか」
火災の発生源が奥地だったこともあり、森の被害は相当な範囲に及んだ。
ジークロットもなんとも言えない表情を浮かべる。
「そうだな……でも、助けることができた部分もあったって喜ぼうぜ」
ハルミもコクリと一度だけ首を縦に振る。
「そういえば、放火した奴はどうしたんだ? どうせお前が始末したんだろ」
ジークロットがハルミに尋ねる。
「ええ、もう終わった話です」
「よかったらその話、教えてくれよ」
ハルミはジークロットに語り始める。話せる範囲で簡単に。
ハルミの作った罠に嵌ったプレイヤーの逆恨みによる放火であったこと。そいつが仲間を集めて集団で襲ってきたことを。
もちろんアレンのことや自分の運については秘匿する。簡単に話せる内容ではないし、話していいような内容でもないと考えたからだ。
特に自分の戦いには不思議な点もある。あまりにも自分に有利に動きすぎたので、説明しても納得する者はいないだろう。
だから簡単に、他の罠に嵌めて倒したと説明した。実際に罠を使用したので嘘でもない。
「そうか。そんな奴らと戦って勝ったんだな」
ジークロットが感心した眼差しをハルミに送る。
「いいえ、負けですよ。大負けです。
森がこんなに燃やされた後じゃあ、戦いに敗れて夢の跡です」
ハルミは首を左右に振る。
「でも、まだ終わりじゃないんだろ?」
ジークロットはハルミの目を見て言う。
ハルミの目はまだ死んでいない、こいつはまだ何かをしようとしている。
「ええ、そうですね」
ハルミはそう言うと迷路跡地に踏み出し、どこかを目指して歩き出す。
ジークロットも同じようにハルミの後をついて行く。
ハルミは感傷にふけるために迷路跡地を訪れたのか?
いいや。今のハルミにそんな感情など存在しない。
自分の為すべきことを為す。ただそれだけで動いていた。
◆◆◆◆◆
ほとんど燃えてしまった迷路は、いや、燃える前から迷路なのだから、ハルミ以外の者にはどこに向かっているか分からない。
しかし、ハルミの歩みに迷いはなく、真っすぐ目的地へと向かう。
その間、ハルミは地面に何かを撒いていた。
「おい、さっきから何してるんだ?」
ジークロットが疑問に思いハルミに確認する。
「これですか?」
ハルミは歩みと作業を止めることなく、首だけを彼に向ける。
「これは種を撒いているんです」
「種ぇ?」
ジークロットが怪訝な表情になる。
「ええ、この森で植生を観察していた時に、見つけた種を回収しておいたんです」
ハルミは事もなげに答える。
「よくそんなもん集めてたな」
彼は呆れた表情になる。
「まったく、想定外なところで役に立つこともありますね」
焼け野原の中でも少し開けた場所でハルミが立ち止まる。
ここが目的地なのだろう。
「ここか?」
ジークロットはここが何処だか分からないが、一応ハルミに確認する。
「ええ、宝箱のあった最深部です」
そう言うと、ハルミは腰をおろして地面を確認する。
そこは宝箱があった場所なのだろう。
しばらく土などを払いのけると、そこから薄汚れた白い骨がいくつか出てくる。
ハルミは骨を拾い立ち上がる。
「駄目でしたね。ダメダメです。
宝箱に入っていた兎さんは火葬されてしまいました。
この世界に火葬があるかどうかは知りませんがね。
教会があるので土葬が一般的かもしれません。
兎さんには悪いことをしてしまいましたね」
兎の骨らしきものを大事そうに持つハルミの姿を見て、ジークロットはなんとも言えない表情になる。
「次に行きますよ」
そんな彼のことなど気にもせず、ハルミはまた歩き出す。
彼も慌ててハルミについていく。
今度はすぐ近くの場所で立ち止まる。
そこには地面に大きな穴が開いていた。
「これは……」
ジークロットは嫌な記憶を思い出したようで、顔を顰める。
「ええ、貴方や多くの方々がこの火災を鎮めるための犠牲となり、火点け犯を生み出す原因となった落とし穴です」
ジークロットはハルミの説明に疑問を感じて首を傾げる。
「火災を鎮めるための犠牲って?」
ジークロットの問いにハルミは一度頷く。
「犯人たちの排除、突然の雨、貴方が旅立たずにこの村に残っていたこと。そのどれか1つでも欠けていれば、消火は間に合わず、村にも被害があったかもしれません」
ここにあった迷路の挑戦料として集めた薬草。
約束を破った者たちから集めたアイテムの数々、そして薬草。
薬草を大量に集めたことでアレンの心を動かした、ハルミと薬草。
薬草でハルミと知り合い、ハルミに大量の薬草を貢いでアレンの信用を得ることに繋がり、薬草集めのためにこの村に残り、今日も薬草集めのためにログインしていたからこそ村でハルミの姿を発見し、村にいた他のプレイヤーたちに助力を求めることができたジークロットの活躍。まさに薬草マイスターたる大活躍。
これらが今に繋がり、森の消火を成功させたのだ。
「……」
ハルミの説明を聞き、ジークロットは意外そうな表情を浮かべる。
「俺って、お前に結構認められてたんだな」
ハルミは首を傾げる。
「私の体に触れさせた相手は、親友と家族以外には滅多にいませんよ?」
ジークロットはハルミの言葉を聞いて、彼女の手の甲に口づけしたことを思い出し、恥ずかしそうな表情を浮かべて目線を逸らす。
「では行きますよ」
ハルミは彼の様子など一顧だにせず、縄梯子を取り出して穴にかける。
縄梯子を使って落とし穴に降りると、そこには横穴が開いていた。
「これって」
ジークロットが確認するが、ハルミは気にせず腰を屈めて横穴に入ろうとする。
彼は慌ててハルミの肩を掴んで止める。
「待て待て、俺が先に行く」
ハルミは不思議そうに彼の顔を見る。
「お前、自分の服装分かってるか?」
ハルミは首を傾げる。
「ローブですね」
ハルミの服装はローブ装備だ。頭から被るワンピースタイプで、足元まで隠れる丈のもの。
ハルミの察しの悪さに、ジークロットは頭をがしがしと掻く。
「女の子はそのぉ、スカートの中とかを気にするもんじゃないのか」
ジークロットの指摘を聞き、ハルミはようやく合点が行った表情を浮かべる。
「なるほど、盲点でした。外見しか確認していなかったので中は知りませんね。確認してみますか」
ハルミは言うと、ローブを手にし、裾を持ち上げようと、
「すんな!」
ジークロットは慌ててハルミの手を叩いて止める。衝撃でハルミの手はローブから離れて裾が元に戻る。
「痛いですね」
ハルミが抗議する目で彼を見る。手を叩かれてダメージを少し受けたからだ。
「お、お、お前が変なことするからだろ!」
ジークロットが怒鳴る。
ハルミは分かっていないのか、不思議そうに首を傾げる。
「……はぁ」
そんなハルミの様子に、ジークロットはため息をつく。
「ほら、いくぞ」
ジークロットは諦めたように言い、先に横穴に入って進む。
「……」
ハルミも文句を言わずに続く。




