29森林炎上Ⅵ・鎮火招雨
ハルミと男たちの戦いが終わり、森から剣戟の音は消えた。
しかし、未だ森の火災は鎮まることなく、勢いは増すばかりだった。
「んで、どうすんだ」
アレンがハルミの横に立ち、燃える木々に視線を送る。
ハルミもアレンの見つめる先を見る。
「どうするもこうするも、水で火を消すしかないでしょうね」
この世界に消火剤が存在するかどうか知らないので、ハルミはそう言うしかなかった。
そもそも消火剤が存在しても、ここまで燃え広がった森林を消火することができるのだろうか。
ハルミは数年前に見たテレビ映像を思い出していた。
とある国で起きた森林火災。飛行機から消火剤をばらまいても鎮火できず、広範囲にわたって森が、街が焼き尽くされた。その時に動物たちが火に取り囲まれて逃げられなくなった姿を思い出す。
「アレンは逃げてください。ここにいたらいずれ死にますよ」
アレンは首を左右に振る。
「おめぇだけ置いて逃げるなら、戦いの時に逃げてるだ」
「でも」
彼は掌を向けてハルミの言葉を止める。
「だが、ここから離れるのは賛成だ。おれんにアテがある。ちょっと海に行くど」
彼はそう言うと、来た道を引き返そうとする。
「待ってください」
だが、ハルミは彼を止める。
「来た道を戻って村の中を通るのは得策ではありません」
先ほど浜辺から森に向かうために村を通った時、村の中で数人の冒険者にアレンの姿を見られている。
「ゴブリンが村を襲うために森に火を放った、ということになっているかも知れません。アレンはなるべく村を通らない方がいいでしょう」
アレンはハルミの説明を聞いて納得する。
「だが、どうすっべ」
彼は途方に暮れる。たまに来る森なので、ある程度の地勢を知っているが、こんな奥まで入ったことがないので浜辺までの道は分からない。
「私についてきてください。この森は私の家のようなものです」
ハルミはそう言うと歩き出す。
アレンも頷き、ハルミについて行く。
アレンがついて来ていることを確認したハルミは駆け足で走りだす。
月と火に照らされて、2人の人影が森の中を進む。
◆◆◆◆◆
ハルミとアレンは森をぬけ、無事に浜辺へと辿り着いた。
道中で狼の親子と行き合ったが、狼たちも火災から逃げるため、ハルミたちを無視して去っていった。
「ほんとに辿りつけたな」
「もちろんです」
「んじゃ、おれんはちょっと用事を済ませてくるで、おめぇも無茶すんじゃねぇぞ」
アレンの注意にハルミは首を左右に振る。
「今無茶しなければ後悔します」
アレンがハルミの言を聞いて頷く。
「そだな。……じゃ、ちょっくら行ってくる」
そう言うと、アレンはハルミに背を向けて舟を隠しているだろう方に向かう。
「さて、また海水を汲んで行きますか」
ハルミはアレンを信じている。約束を破らない男だからだ。だからこそ、自分は自分の為すべきことを為すのみ。
新たな桶を出して海水を汲み、火災現場への最短ルートを走る。
もちろん、この場合の最短ルートとは距離ではなく時間だ。最短距離を取るなら今来た道を引き返すのが一番だが、今は時間との勝負だ。少しだけも早く、少しでも火災の被害を少なく抑える必要がある。
そのため、最短ルートは村を通って火災現場に向かった最初のルートだ。
「おい、ハルミ!」
ハルミは村を通過中、誰かに声をかけられた。
「お前何してるんだ?」
彼女は立ち止まり、声の主を確認する。
「おや、薬草マイスターではないですか。今は取り込んでいるので用事があるなら後にしてください」
薬草マイスターことジークロットはハルミが手に持つ海水入りの木桶を見る。
「もしかしてあそこに行く気かい?」
普段のハルミなら、「あそこってどこですか?」とでも返すだろうが、今のハルミは真面目に答える。
「ええ。火を消さなければ」
彼女の答えを聞いてジークロットは一度頷き、周囲を見渡して声をかける。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
周囲にいた冒険者たちが、ハルミたちの近くに集まってくる。
4人パーティの代表者らしき髭男が尋ねる。
「どうした、なにかあるのか? これはイベントか?」
たまたま村にいて、森で火災が起きていることを知ったプレイヤーたちは、これがなにかのイベントだと考えたようだ。
「いや、こいつがさ、あの火事を消火しに行くって言うんだよ。だからちょっと手伝ってくれないか? あの状況じゃあ1人じゃ無理だろ」
髭男の問いに、ジークロットは火災の方を示しながら答える。
髭男は仲間を一瞥する。
「だが、消火したからって何かあるのか?」
まだこれがイベントだと思っている髭男は、どうするか悩む。
ハルミはジークロットの意図を汲み取ったが、煮え切らない他のプレイヤーたちに業を煮やしていた。
「もういいです。私は行きますよ」
ハルミはジークロットに背を向ける。
「ちょっと待てよ」
ジークロットは慌てて止める。
「せめて状況を教えていけよ」
ジークロットにとってはハルミが動くというだけで理由は十分だった。しかし、他のプレイヤーを動かすためには、なにがしかの納得いく理由が必要だと考えた。
ハルミはジークロットに振り向き語る。
「プレイヤーによる放火です。このまま放置すれば森は全焼、下手すればこの村にも被害が出ます。たぶんシステムによる再建は無し。森は焼け野原となり、薬草などの植物や動物たちは全滅、死の森、いいえ、森の死です」
ハルミの説明を聞き、他のプレイヤーたちは納得のいかない表情を浮かべる。
「プレイヤーが放火だと? やった奴は何考えてんだ」
「どういうことだ? アイテムやモンスターは勝手に再配置されるだろう」
「それに、焼け野原になっても運営に報告したら修復してくれるでしょ」
めいめいに騒ぎ出し、あたりは騒然となる。なぜか村人たちも家から出て集まってくる。
ハルミは騒ぐだけのプレイヤーたちの姿を見て、不快気な表情を見せる。
パン、パン!
突然、大きい音が鳴り響く。
「はい、ちゅうもーく」
音源はジークロットだった。
「まだ話は終わってないだろ」
ジークロットはハルミに視線と話を振る。
ハルミは首を傾げる。
「だーかーら、火を消せるのか? っての」
ジークロットの問いかけに、ハルミは表情も変えずに答える。
「消します」
「んで?」
ジークロットは続きを促す。
「消せるか消せないかじゃない、消すんです」
ハルミの決意を聞き、ジークロットは「うんうん」と何回か首を縦に振る。
そして周囲を見渡す。
「聞いたかみんな。こんな小さい女の子が、こんだけの決意で消火にあたろうとしてるんだ。
それなのに、俺たちみたいないい歳した大人がよぉ。あーだこーだ理由付けて動かなくていいのかよ?
今はただ動くしかねぇんじゃねぇか? いいとこ見せてやろうぜ」
ジークロットは女の子や大人と言っているが、この場合現実の年齢は関係ない。ゲームなのだからキャラの見た目の年齢を演じるするのだ。
髭男が仲間を見渡して言う。
「そうだな。やろうぜみんな」
また、周りにいる誰かが言う。
「おい、誰か水汲むもんがどこにあるか知らねぇか?」
集まったプレイヤーたちが、村人が、一斉に消火活動に動き始める。
ハルミは彼らを見て計算を始める。
今までは自分1人での方法しか取れなかった。だが今は参加人数が一気に増え、出来ることが増えた。
ハルミの優れた頭脳は瞬時に最適解を導き出す。
「みなさん、これを使ってください」
ハルミはそう言うと、アイテムストレージから手持ちの木桶をすべて取り出した。取り出された木桶は山積みに出現する。そう、山積みに。その量は1人の大人の高さを超える量だった。
「お前、これどうしたんだ」
誰かがポツリと零す。
「作りました」
ハルミは事もなげに言うが、ジークロットは呆れた目で見る。
「これで海からバケツリレーしましょう」
ハルミの提案にみなが頷く。
しかし、
「お待ちください」
村長に止められた。
「皆様はご存じないかもしれませんが、村の北側に川が流れております。そちらを利用した方が早いでしょう」
村長の提案にハルミは頷く。
「わかりました。みなさんそちらにお願いします」
そして村長の姿を見て付け加える。
「あと、2パーティ程は村に残ってください。狼たちが火災から逃げて村に来るかもしてません。村の警備がいないと、村人に被害がでるかもしれません」
ハルミの話を聞き、村長が少しだけ顔を引きつらせる。
「わかった、俺たちが残ろう」
髭男が言う。
「他に誰かいないか?」
結局、髭男の4人と2人組が村に残ることになった。
「ではみなさん、行動を開始してください」
集まった全員が頷き、一斉に動き出す。
◆◆◆◆◆
十何個目の木桶だろうか。
さすがに木桶を作ったハルミも、バケツリレーをすることになるなんて考えていなかったので、木桶ごとになにか特徴があるわけではない。
しかし、そう考えずにはいられないぐらい、火に水をかける行為を繰り返している。
いくら水をかけても火は消えない。
ただ、周囲の草や土、空気に水分が含み、延焼する速度は低下したように見られる。
だが、それも村側だけ。森の反対側がどうなっているかはわからない。正直そちらにまで手を伸ばすには、人も物資も時間も足りない。今は手の届く範囲の対処しかできない。
さらに作業を続けていると、空からポツリポツリと雨が降り出した。
雨は次第に勢いを増して一帯に降り注ぐ。
「恵みの雨だ」
誰かがポツリと零す。
強くなった雨が火を消していく。
しかし、それもまだ完全とは言えない。
雨が止めば再び燃え始めるかもしれない。
「みなさん、雨が降っている間に種火を完全に消しましょう」
ハルミの指示で一斉に動き出す。この雨を決して無駄にしてなるものかと。
皆が森に散り、残っている種火があれば水や土をかける。
ハルミは1人で考えていた。
「これがアレンの言ってたアテでしょう。相変わらずいい仕事をしてくれます」
アレンを信じきった一言だった。




