26森林炎上Ⅳ・ハルミ熱弁
さて、いよいよ劇もクライマックス。
舞台も小道具も揃った。
あとは敵を全滅させるか、私が死んで死んで死に続けて敵を全滅させるか1つに1つ。
どのみち敵を全滅させるだけですね。
ハルミは男たちに背を向けたまま立ち上がる。
振りかえりながら右腕を伸ばして人差し指と中指を合わせて男たちに突きつける。
「お前たちか、我が森に火を点けた愚か者たちゃ」
この場にいた全員が思った。
(噛んだ。)
ハルミは気にしない。
「この体は少々滑舌が悪いようですね」
この場にいた全員が思った。
(そんな訳あるか! さっきまで饒舌だったよ!)
男たちは続けざまに気の抜ける行為を見せられて冷静さを取り戻す。
目の前の少女は神などではない。言動のおかしいただの少女だ。
今まで変な行動に騙され、怯えていた自分たちに腹が立つ。
腹立ちまぎれの八つ当たり気味に、少女に怒りを向ける。
これから戦うなら神が降臨したフリを続けて、敵を怯えさせていた方がよかったんじゃないかって?
いや、そんなことはない。
怯えた人間は何をするか分からない。
逃げる? 勇敢に戦う? 訳も分からずに暴れだす?
ハルミは不確定要素を許容できない。出来る限り敵の選択肢を制限する。
不確定要素をなくすにはどうする?
男たちを冷静にさせる。
どのように?
緊張を解す。
拍子ぬけさせる。
突然噛む。
ボケる。
相手はツッコむ。
余裕を取り戻す。
ハルミの計算は見事に当たり、男たちを冷静にさせたのだ。
◆◆◆◆◆
「お、お前。よくも今まで騙してくれたな!」
「くそっ! ばかにしやがって。ばかにしやがって」
「どうなるかわかってんだろうな!」
「泣いて土下座しても、もう許さねぇぞ」
男たちはめいめいに騒ぎ出す。
(うるさい。黙れ。不愉快だ)
「うるさいですね。黙ってください。不愉快です」
ハルミの発言に、男たちは怒りが頂点に達して口を開け閉めすることしかできない。
「きゃは♪ 口をパクパクして、お魚さんみたーい」
すかさず煽る。バカにしたように見下した表情を加えて。
男たちは怒りで力み、それぞれの得物を持ち出して力強く握る。
そんな男たちを、ハルミはただ冷静な目で見つめる。
ハルミは男たちに向かって一歩進む。
男たちはいつでも動き出せる体勢を取る。
そしてハルミは語る。
「お前たちはこの森のことを知っているか?」
ハルミの口から突拍子もない言葉が出てきて、男たちはバカにした眼でハルミを見る。
「へっ、また変なことを言い出して時間でも稼ごうとしてんのか?」
痩せた男が言う。
「……そういえば、一緒にいたゴブリンはどうした?」
魔術師の1人がアレンがいないことに気づく。
「1人で逃げやがったか? それとも仲間を呼びに行ったのか?」
リーダーの巨男が誰にともなく考えをこぼす。
「なっ、それなら早くこいつだけでもやっちまおうぜ」
痩せ男が焦って言う。
「まぁ待て、どうせ初心者とゴブリンの仲間だ。来たところで何の役にも立たねぇよ」
巨男の言葉に他の男たちも納得する。
「まあどっちにしろ、こいつをいたぶるのに変わりはねぇ」
そう言うと巨男は仲間に合図をして、男たちはハルミを囲むために横に広がる。
木の蔭に隠れて様子を窺っていたアレンは、すかさず飛び出して姿を現す。
「なっ、そんなとこに居やがったか」
「逃げてねぇなんて、バカなんじゃねぇの」
男たちはアレンをバカにして笑う。
ハルミは飛び出してきたアレンを一瞥し、掌を向けてアレンの動きを止める。
「ゴブリンは引っ込んでいろ。これは人間同士の戦争だ。人間以外が手を出す問題じゃない」
アレンはハルミに抗議する。
「バカにすんじゃねぇぞ。おれんだって戦えんだ。おめぇ1人にやらせるがよ」
しかしハルミは首を左右に振り否定する。
「人間同士の戦争だと言っているでしょう。ゴブリンが手を出して、人間とゴブリンの戦争にでも発展させるつもりですか? そもそも私がこんな雑魚共に負けるとでも?」
「なっ、雑魚だと! てめぇ」
痩せ男が騒ぐ。
アレンはハルミの言を聞き、しぶしぶ首を縦に振る。
「わかっだ。んでも、おめぇがピンチになったら助けっからな」
「えぇ、いいでしょう」
(死ぬどころかピンチに陥る状況まで制限されました。難易度がうなぎ登りです)
ハルミとアレンのやりとりを見ていた男たちが喚く。
「おいおい仲間割れか?」
「いいんだぜ、2人ぐらい一緒に相手してやるぞ」
「おいおいお前、こっちは10人だぞ。1人も2人も変わんねぇよ」
「ちげぇねぇ」
「「ぎゃははははは」」
だがハルミは気にしない。
自分で描いたシナリオ通りに進めるだけ。
「お前たちはこの森のことを知っているか?」
ハルミは再び語り始める。
「「まだそれすんのかよ!」」
男たちのツッコミ技術はこの短時間で急激に成長していた。
◆◆◆◆◆
「お前たちは知らない。
この森に生きる草木の植生を、生きとし生ける生物たちの生態系を。
……私は知っている。植物の特徴、動物たちの習性を。
お前たちのよう下衆に詳しく説明することはできないがな。
それでも、確かにみんなこの森で生きていたんだ。
お前たちはそれをすべて壊した。
自然と共存して自然を愛する人の心を無くし、無情にも森に火を放ち。
この世界は残酷だ。
ゲームなのにゲームらしくないほどリアルに造りこまれている。
一度作ったものは潰さないと壊れない。
一度壊したものは修理しないと直らない。
この森が今後どうなるか想像できるか?
火が消えても焼け野原。
火が消えなければ村まで延焼するだろう。
どちらにしても地獄。待っているのは地獄だけだ。
この地獄を誰が作った?
……そう、お前たちが作ったんだよ、この地獄を!
見ろよ、お前たちのその目で。
これがお前たちが火をつけた結果だ。
楽しいか? これから森のすべての命が死んでいく姿を見て。
楽しいか? それが自分たちのやったことだと知って。
……いや、最初から知ってたんだよな? わかってたんだよな? お前たちが言ったんだもんな?
俺たちがやった、ってよ。 自慢気によ。
わかっててやったんだよな、こうなるって?
違うって言えるのかよ、ええっ?
私はお前たちを許さない。
お前たちは私を怒らせた。
もうお前たちに明日は来ない。
お前たち全員、生きたまま明日の朝日が拝めると思うな」
◆◆◆◆◆
ハルミの熱弁を聞いて男たちは身動きひとつ取れずに沈黙する。
男たちの中には自分たちの行いを振り返り、後悔する様子の者もいる。
アレンと運営は思った。
((よくあんな長台詞を噛まずに言えたな))
「はっ、笑わせてくれる。なにバカなこと言ってやがる。
これはゲームなんだよ。森が焼けようが、地面が裂けようが、太陽が無くなろうが、明日には全て元通りさ。
俺たちはプレイヤーだ。利用規約に違反しさえしなければ何をやったって許されるんだよ。
それなのになに熱く語ってんだ。バカなんじゃねぇの?」
さすがに巨男は集団を纏めるリーダーだった。1人だけまだ冷静さを残し、集団の士気を上げるために何をすればいいかを僅かながらも知っていた。
「へっ、そうだよ。こいつの頭がおかしいだけなんだ。
ゲームの中なんだ、何しようがいいんだよな。
そう、なんでもよ。……あびゃびゃびゃびゃびゃ」
痩せ男はリーダーの発言で冷静さを取り戻し……いや、既に冷静な思考回路は存在しないかもしれない。
納得しきれていない者もいたが他の男たちもどうにか今すべきこと、ハルミを排除することを思い出した。
人間心理とは複雑なようで単純だ。
混乱している時ほど目の前にぶら下げられたもの、誰かの指示に飛びつきたくなる。
今回の場合は集団心理も大いに働く。
周囲と同じ動きをしなくてはいけない。自分だけ違う行動をすれば後でどうなるかわからない。
とくに今の状況。大人数で1人の少女を嬲ろうとしているのだ。1人だけ参加しなければ仲間はずれどころではない。仲間だったはずの男たちから集団リンチに遭うかもしれない。
誰か止めろよ。そしたら俺も同調するからさ。そう考える者たちもいた。
しかし、誰も動かなければ動けない者ほど臆病なものだ。
臆病者ほど集団心理に流されやすい生き物もいないだろう。
もはや男たちは、少女を放置してこの場を立ち去ることも考えられない心理的状況に陥っていた。
望んだわけでもないのに逃げ道のない迷路に立たされていた。
男たちと違い、ハルミは始めから退けない状況にいた。
男たちは有利な立場にあり、自分たちの裁量で場を動かせたはずだった。
ところが、いつの間にか主導権が少女に渡り、心理すらも握りしめられて退路を塞がれた。
あとは戦い、戦い、戦って、生き残った方が勝者となるだけ。
……いや、どちらが勝ってもすっきりした終わり方はもうできない。
これは戦争だから、気持ちのいい終わり方など存在しない。
ハルミは男たちを見渡して言い渡す。
「よろしい、ならば戦争だ」
やはり1人だけぶれることがない。




