24森林炎上Ⅱ・ハルミ無情
森が燃えている。
私とアレンはそれぞれ海水の入った木桶を持って走る。
海水で消火できるかどうか分からないが、他に何もないのでとりあえずこの装備で向かうしかない。
消火できたとしても塩害の心配もある。だが、森がすべて燃えるよりも、一部分の死滅で済む方がいくらかマシなはずだ。そうとでも思わないと身動きも取れなくなるだろう。
村に入るとプレイヤーがちらほらといる。
みんな森の異常に気付いて森の方を見上げていたが、こちらに気づいた数人はアレンの姿を見つけてゴブリンが村に侵入していると騒ぎ出す。
私とアレンはそれを無視して村の中を駆け抜けた。
1週間暮らした森は完全に私の住処になっている。
森に入ると木々に隠れてしまって煙の発生源が分かりにくくなるが、浜辺で見た時に方角と距離を推定し、大体の位置を把握しているので問題ない。
「おめぇ、どこだかわかんのが?」
アレンが不思議そうに聞いてくる。
「迷路……いえ、私が作った基地のある方向です」
「……そが、わかってんならええ」
アレンはよくわからない様子だが、とりあえず納得してくれた。
「もう少しです」
迷路に到着すると完全に炎に包まれている。火が付いていないのは石材で作られた部分ぐらいだ。
もともとこの迷路は生えていた木々をその場に留めたまま作っているので、周囲の木々にまで燃え移り、その勢いは収まるどころかより一層強まっていく。
「どうしてこんなことに」
私の手から木桶が滑り落ちる。木桶は海水を零しながら地面を跳ねて転がっていく。
「こいつはもぉ、どうしようもねぇど」
アレンが私の横で呆然と立ち尽くす。
2人の間に沈黙が落ち、木が燃える音だけが辺りに響く。
「ぎゃははははは、ようやく来たかよ」
「誰?」
声のした方を振り向くと、木の間から冒険者風の男たちが数人歩いてくる。
「俺だよ俺、忘れたとは言わせねぇぜ」
先頭の痩せた男が言うので顔をまじまじと見る。
「知りませんね、どちらさまでしょうか?」
痩せ男の隣に立つ巨男が彼の肩を叩く。
「そりゃそうだろう、お前、その姿じゃなかったんだからよ」
巨男の言葉に一団が一斉に笑う。
「ぎゃはは、ちげぇねぇ、おめぇばかじゃねぇの」
痩せ男は肩を竦める。
「この顔を忘れたとしても、忘れたとは言わせねぇぜ。お前に落とし穴に嵌められた後、でかい石に押しつぶされた男だよ」
私は記憶を掘り起こす。
「……30人ほどいましたけど?」
「は?」
痩せ男が唖然となる。
「だから、落とし穴に落ちた後、大石を落とした相手は30人はいたと」
男たちは呆然として押し黙る。
しかし、巨男が大口を開けて笑いだす。
「ぎゃははははは、ガキぃ、お前面白いことを言うじゃねぇか。落とし穴に落ちるアホがそんなにいるかよ」
それを聞き、痩せ男ががくりと肩を落とし、周りの男たちも笑いだす。
「……」
付き合いきれませんね。
「用事はそれだけですか? 私は今忙しいので帰ってください」
巨男は笑うのをやめ、にやにやと見てくる。
「なんだ? そこにいるゴブリンとなんかすんのか? よかったら俺たちも交じってやろうか?」
男たちが下衆な表情を浮かべる。
アレンが苛立った様子を見せ、体を沈めながら腰の剣に手を伸ばす。
私はアレンの前に出て、腕でアレンに動かないよう合図を送る。
アレンも私の意図に気づいて動きを止める。
「あなた方には目の前の状況が見えていないのですか? 火災現場を見つけたなら早く火を消さなければいけないでしょう」
男たちはにやけた態度をやめない。
巨男がまた話し始める。彼がこの一団のリーダーと考えてよさそうだ。
「お前、なんで燃えてるか考えねぇのかよ」
既に浜で考えた。
「自然発火、灯火からの飛び火、隕石、どこかのバカの放火、考えればいくらでも理由は浮かびますよ。ですが今は発火原因よりも鎮火結果こそが大事でしょう」
巨男は一瞬口ごもる。
「はっ、それだけ考えれるならもう原因はわかってんだろ?」
「……まさか」
巨男は体を横にすると、後ろの魔術師風の男2人に合図を送る。
「やれ!」
魔術師風の男2人は巨男の前に出て呪文を唱えると、私とアレンが来た方向に火の塊を放つ。
火の塊はまっすぐに進み、木に当たるとはじけて一気に燃え広がる。
「お前たち」
私は歯噛みして男たちを睨む。
「どうだ、わかったか? 俺たちだよ、俺たちがやったんだ」
再び前に出てきた痩せ男が、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「お前が悪いんだぞ。せこせこした罠を作ってよ。
なんかおもしろいもんがあるって噂を聞いたから別垢(別アカウントのこと)で様子を見に来てみたら、ぼろい迷路があるだけ。
入口には薬草の催促。薬草だぞ? ばっかじゃねぇの? ぎゃははははは。
迷路の宝箱の中身もしょぼい内容。草兎なんて貰っても誰も喜ばねぇよ。
迷路の主は変な格好で現れて意味不明なことばかりしゃべりやがる。
ムカついて殺してやろうと思ったら、すぐ逃げるビビりでよぉ。
追いかけたらクソみたいな落とし穴にはめやがって、落ちた先に槍を仕込んだ卑怯者。
その面拝んでやろうと思ったら問答無用で岩を落としてきやがる。
それで人のアイテムまで奪いやがって、それがただの剣。そんなもん取ってどうすんだってな。ぎゃはは。
全部全部お前が悪いんだよ。
そうさ全部。
お前は俺の顔に泥を塗りやがった。お前のような雑魚にやられた後、みんなにバカにされてどんだけ腸煮えくり返ったかわかるか?
本来の俺ならあんな簡単にやられることはなかったんだよ。
このレッドケルベロスの左腕グレイバー様が相手だったならな!
……お前も同じ目に合わせてやるよ。
お前が大切なモノすべて壊してやる。
この迷路も、この森も、この場にあるモノすべて。お前自身も、お前の横にいるモンスターもな。
自分の力じゃどうにもならない。自分じゃなにもできない悔しさを、その小さな胸に抱きな。
泣いてもいいんだぜ? 土下座してもいいんだぜ? 今後一切逆らいません。一生ついていきます。貴方様の奴隷にしてくださいってな。
そしたら許してやってもいいんだぜ。
まぁ、お前とお前の大切なもんすべて壊しちまってからだけどな。
ぎゃははははははははははははははは」
◆◆◆◆◆
場の空気が凍りついた。
痩せ男の仲間たちはドン引きして。
アレンは唖然として。
そしてハルミは……痩せ男の独白を聞いても何一つ刺さらず、何も感じていない。
表情も変えずに忙しなく脳を働かせる。状況を打破する最適解を導き出すために。
ハルミの戦闘は既に始まっていたからだ。
魔術師たちが火を放つ姿を見た時点で、戦いの火ぶたは切られていた。
サクラがこの場にいれば言っただろう。
「終わった」
そう、すでにこの場はどうしようもなく終わっている。
ハルミに戦いを回避する気はない。
勝機はないが避けられない戦いなのだ。
最悪殺されてもいい。リスポーン地点がすぐそばにあり、男たちが立ち去る前に再び戦いを挑める。何度でも挑める。殺し殺され相手が全滅するまで。
人は言う。
「ハルミは人の心が分からない。何を考えてるか分からない。いつもおかしな行動をしている」
しかしサクラは言う。
「ハルミは優しくて他人を大事にする。
いつもおかしな言動をしているのは相手を傷つけないため。
傷ついた相手のためになら自分自身が傷ついても気にしない。たとえ相手の傷が癒えない結果が変わらなくても。
だけどハルミは人の心が分からない。相手のことを考えながら空回りして、いつもおかしな行動をしている。
いつ頃からかハルミは殻を被ったんだ。わたしのことを愛していると思い込む殻を。
わたしという重石で自分と世界を繋ごうとした。
でも、ハルミには他の人と違う世界が見えている。
人や動物、自然に優先順位をつけない。聖も悪もない。何も区別しない。全てが同等の存在。
ただそこにあるそれらの本質を大事にする。その本質が揺らがない限り心が動かない。その本質が揺らいだ時にハルミの心も動く。
だからこそ、その本質が壊れたり壊された時、ハルミの心も壊れる。
いや、それでもハルミの心は壊れない。ハルミは人の心が分からないから。
壊れたものを壊れたものとして愛で、壊した原因を破壊する。
徹底的に、完膚なきまでに、自分自身を省みず、ただ一心不乱に目的を達成する。
冗談や戯言を言わない時のハルミが一番怖い。
被っているはずの殻が壊れている証拠だから。
滅多に壊れない殻。壊れた時にどうなるか。
わたしに対する愛は無い。世界と繋がった糸も切れ、ハルミは人の心が分からない。
喜びもない。怒りもない。哀しみもない。楽しみもない。なにもない。
もう何を考えているかわからない。
どんな言動をしていても、ハルミの本性には繋がらない。ハルミの本質だとは限らない。
やることだけは決まってる。
ハルミの中で決まってる。
他人にはそれが何かわからない。
ただ、ハルミの中で決まってる。
その決定事項は覆らないし覆せない。
だからもう、終わっている」
◆◆◆◆◆
「あはは、あはは、あはははははははははは」
ハルミは突然顔を歪ませて笑いだす。
「こいつ、狂っちまったのか?」
男たちの腰が引ける。
「お、おめぇ、だいじょうぶが?」
アレンが心配そうに声をかける。
ハルミは首だけを右に傾けてアレンを見る。
そして口を動かさずに小声で呟く。
「そのまま動くな。付き合え」
アレンは頷くのを我慢し、どうにか視線だけで了承の合図を送る。
ハルミはまた大声で叫ぶ。
「だいじょぉぶぅ? どこを見て言ってるんですか?
森が、森が燃えるぅぅぅ。すべて燃えてしまう。
植物が! 動物が! 人が! 世界が! すべて燃えて無くなってしまう。
いいえ、すべて無くなってしまえばいい。すべて無くなってしまえ。
あはははははははははははははははははははは」
男たちはドン引きしていた。
もうこの少女は助からない。
俺たちはとんでもないことをしてしまった。
1人のいたいけな少女の心を壊してしまったんだと。




