01ハルミとサクラ
20年3月29日に一部改訂しました。
それに伴いサブタイトルも変更しました。
キーンコーンカーンコーン
学校でおなじみのチャイムが教室に鳴り響く。
この瞬間、高校1年2学期の期末テストは終わった。
試験監督が回収したテストを抱えて教室から出ていくと、あとは終わりのSHRが終われば今日の学校は終了だ。
SHRも担任が簡単な連絡事項だけ伝えて早々と終了。このあと先生は長く厳しい闘い、そう、採点作業が待っているのだから仕方ない。
いつもご苦労様です。
担任教師が出て行った教室にはテスト期間が終わり、弛緩しきった生徒たちが取り残される。
友人とこれから遊びにいく相談をする者、さっさと帰る準備をする者、のんびり帰り仕度をする者などなど。私はのんびり帰り仕度をする側です。
すると……。
ガタン!
突如大きな音をたてて開かれたドア。驚いてそちらを見つめる人、人、人。そして見つめられるひとりの少女。まぁ、少女といっても全員同じ年ですが。
ドアを開けた少女は明るい雰囲気で、同級生の中では頭一つ分ぐらい高い身長をしています。
人に見つめられていることをまったく気にしない少女は、パタパタと一直線に目的の場所に向かう。
その場所とは私の机の前。
そして……。
「ハルミ、早く帰ろ!」
一直線少女・四月朔日桜花は私の幼馴染です。
◆◆◆◆◆
私、相野実春には生まれもった親友がいます。
私の生まれて最初の隣人は、私が生まれた数時間後に誕生した女の子、四月朔日桜花でした。
私の母と桜花の母は病室も同じだったことで話が弾んで意気投合、ママ友どころか親友になりました。
親友同士の母親たちに育てられた娘たちが親友にならないはずがない。なるべくして親友でした、親が友だけに。
2人は順調に成長し、今では揃って私立宵月女子高等学校に通っています。
クラスは分かれてしまったけれど、毎日一緒に通学し、毎日のように一緒に帰宅しています。
ちなみに2人とも帰宅部(部と言えるのかは甚だ疑問だが)です。なのでテスト明けに部活も無く、今日はもう学校に用事がないので家に帰るだけです。
私たちは電車に乗り、高校の最寄り駅である岩永駅から住まいの此花町に帰る。
電車の中は人がまばらだったので、私たちは2人並んで椅子に座れました。普段、夕方に帰宅する時には他校の学生の帰宅とも重なるので、椅子に座れる機会は少ないです。昼終わりだからこその貴重な場面ですよ。
「ハルミ、テストどうだった?」
「ぼちぼちでんな」
サクラは私の返事に恨めしそうな眼になる。
「ハルミは頭がいいから、ぼちぼちでも高得点でしょ」
ハルミというのは、「ギョウカイジンぽくてかっこいい」と言ってサクラがつけてくれたあだ名です。
ギョウカイジンぽく、「テンカイのシースーたべたいねー」と返したら爆笑されたので、お腹を殴っておいたのはいい思い出です。サクラのお腹は柔らかくて殴りごたえ抜群なのです。
サクラというのは桜花のあだ名。「桜の花で桜花だからサクラって呼んで」とサクラ自身が拡散に努めています。
ちなみに私のあだ名は拡散させる気がないので、サクラ以外が呼ぶのを許したことはありません。そもそも呼ばれ過ぎると皆さんに間違えた名前で覚えられそうです。
「サクラも頭は悪くないでしょう。勉強態度が悪すぎるのです」
サクラは決して頭が悪いわけではない。中学2年の時に悪い友達ができたせいで成績が下がり続けているだけです。本人もそれがわかっているので肩を竦めます。
「世の中には勉強よりも大事なものがある」
サクラの大事な友達(私じゃないですよ、私は親友だから)……それはゲームだ。
あまりにゲームばかりしていたため、サクラは中学3年の夏から高校入学までの間ゲームを禁止されていたほどです。高校に入ってからはそれまでの分を取り戻そうと一層ゲームにはまっています。たしか今はオンラインゲームにはまっているはずです。
「テストも終わったしさ、ハルミも一緒にゲームしようよ? おもしろいゲームがあるんだよ」
サクラの誘いに私はサクラの目を見る。彼女の眼は真剣そのものでとても澄んでいる。
「どうしても見つからないアイテムがあってさ、一緒に探して欲しいんだ!」
おっと欲望に濁りました。おかげでサクラの意図がわかりました。
「私が一緒ならアイテムが見つけやすいと?」
「うん」
「私の運が自分の方にくるから?」
「う、うん……」
私は運がとにかく悪い。運の悪さを語れば泣く子も黙るぐらいだ。時間経過で。
くじ引きでは、はずれしか引いたことがない。ですが私の横でサクラは当たりを引く。しかしサクラも一人の時には当たらず、私と一緒のときにだけ当たるそうだ。
そう、まるで私から運を吸い取っているかのように。
今回もその恩恵にあやかろうとしているのでしょう。
私がサクラの目をじっと見つめていると、サクラはさっと顔を逸らして私の視線から逃げます。
うん、やましい考えがありますね。やっちゃいましょう。
私はニコリと微笑み、
ドスン!
「ぐふっ」
サクラのお腹にパンチを繰り出した。背中の椅子に挟まれていい音がしましたね。
サクラはお腹を押さえて苦しんでいますが自業自得です。己の欲を恨みなさい。
それに大丈夫、降りる駅まであと2駅ありますから到着するまでに回復するでしょう。
◆◆◆◆◆
腹パンのダメージから復活したあと、サクラは平謝りする。
そりゃそうじゃ。ゲームでアイテムを入手するために親友を利用しようとするサクラが悪いです。
私が自分の運の無さを気にしていることを知っていてですよ。むー。
電車を降りる頃にはいつもの状態に。私が本気で怒っているわけじゃないことをサクラもわかっている。
駅の外を歩いていると黒猫が足元を横切った。うん、いつものことだ。犬や猫が足元を突然通過するのは日常茶飯事だ。犬や猫はかわいいので蹴らないように立ち止まって避ける。足元厳重注意です。
昔は反応が遅れて体を蹴飛ばしたり、尻尾を踏んだりしていたので、猫が怒って引っ掻かれたりと、散々な目にあったことがある。
私も成長しているのですよ。
サクラとは互いの家の分かれ道で別れる。別に別れ道じゃない。運命はまだ別たれていない!
「帰ったらゲームの勧誘メール送るからちゃんと見てね! 招待特典でいいアイテムも貰えるから、ねっ!」
サクラは私の手が届かない範囲に離れると、電車の中でしていた話題をぶり返してしつこく誘ってくる。
そして返事も聞かずにくるりと翻って走り去った。
私のツッコミ範囲外に逃れてからの言い逃れ、許されませんね。
意地でも私にゲームをさせたいようですが、やると返事をしていないのでメールが来ても無視して問題ないでしょう。
私は決してゲームが嫌いなわけではない。4歳違いの弟と家庭用ゲーム機で遊ぶことも多い。弟はゲームにはまる年頃で、両親が一緒に遊ぶこともあります。
ただオンラインゲーム、おめぇはダメだ。
私の運の悪さは相対的に周囲の人の運を上げるようで、RPGなどのオンラインゲームではご一緒した皆さんに喜ばれます。
それは好ましいことなのでしょうが、皆さんがいいアイテムを入手する中、一人だけ取り残されてしまい、私自身が楽しめなくなってしまうのだ。
だから私は極力オンラインゲームはしないことにしている。やるとしても運要素のないものぐらい。
え? 運要素のないゲームなんてない? おいやめろ、オセロは頭脳のゲームです。
サクラに誘われたゲームもやって嫌いになるぐらいなら、やらずにどうでもいいゲームのままであった方がいいでしょう。
私はのんびりと家路を辿る。温暖化で暖冬化したとはいえ12月になるとさすがに寒くなってきた。
それに……。
「早く帰ってごはんを食べましょう」
そう、テストが午前中で終わり、そのまま帰ってきたので昼御飯をまだ食べていません。女子高生とはいえ食べざかりのお年頃、空腹には勝てないのです。