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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
三章 Unhappy Umbrella,
92/677

三十七時限目 佐竹義信はいろんな意味で甘い[前]


 なにも予定が無い日曜日は、随分と久し振りだった。


 カラオケなどのレジャー施設で遊ぼう、と携帯端末のメッセージアプリで暇そうにしているヤツらに呼びかければ一人や二人が賛成して、『どこそこで何時に集合』と決まる。だが、俺は居間にあるソファーの上で腐るだけで、命の次に大切まである携帯端末にも、近場の床に放置したまま興味を失いつつあった。それもこれも、湿度の高い夏のせいだ。


 夏が暑いのは当然だが、連日暑いと嫌になるもので、エアコンの効く部屋から一歩たりとも動きたくなくなるのは当然だった。然し、これでも昨年よりは気温が低いと言う。年々冷夏と酷暑をいったりきたりする気温に適応するにはエアコンが必須であるが、人を堕落させるのもまたエアコンである。


 天気予報を見るのもうんざりするような暑さに対抗するならば水遊びに限る。とはいえ、プール開きはまだ先だし、海に行こうにも電車で一時間以上掛かる距離を往復するのも億劫だった。最悪、風呂に水を張って入る……という手段も考えた──姉貴は夏場によくやる。水風呂に入ると頭が冴えるとかなんとか──が、エアコンの心地よさが俺をソファーに縛り付けていた。


「あーもう、最悪」


 ピシャリとドアを閉めて、姉貴が居間にやってきた。白いティーシャツの下にはデニムのショートパンツを穿いている。ミディアムショートの髪は水分が過多に含まれていて、首元にはタオルが垂れていた。どうやら水浴びをしていたらしい。偶に全裸で出てくるときもあるが、今日はちゃんと服を身につけて出てきた。俺が居間にいるのを気配で察したのかも知れない。まあ、俺が居ようが居まいが、全裸で出てくるときは出てくるもんで、そこは姉貴の気分なんだろう。全裸で出てきたい気分ってどんな気分だよ、目のやり場に困るから、常に服を着て出てきて欲しいものだ。


 居間に入ってくるなり、姉貴は不機嫌だった。『なんでここにいるわけ?』みたいな目で俺を睥睨してから、なにも言わずにキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けて「ちっ」と舌打ちをした。


「アンタ、暇でしょ? 暇よね?」


「まあ、暇っちゃ暇だけど」


 暇じゃ無い、と答えようにも、この姿でその言い分は通らない。優志だったら、もっと上手い具合に返せるんだろうけど、俺はそこまで機転が回らない。だからアイツらに『馬鹿』だの『阿呆』だの言われるのだが、俺だって必死に生きてるんだぞ、ガチで。


「プリン買ってきて。二個」


 そう俺に申し付けると、食卓に座って作り置きしていたアイスコーヒーをグイッと呷った。作ったの俺なんだけど? つか、最後の一杯だろそれ。後で飲もうと思ってたのに。


「は? 自分で行けよ」


 自前のアイスコーヒーを勝手に飲まれて、今度はパシリとか、俺は佐竹家の家政婦じゃねえんだぞ、と言ってやりたい気持ちではあるが、そこまで言うと二倍どころか百倍で返ってきて余計に面倒臭くなるから呑み込んだ。


「この姿を見てわからないわけ?」


「わかんねえよ」


「これだから男は……。いい? 髪も乾かしてないし化粧もしてない。レディーがこの格好で外に出れると思ってんの?」


「いつも出てるじゃねえか……。普通に」


 姉貴がばっちり化粧して外に出るときは、デートか即売会と限られている。大学に行くときはナチュラルメイクとも呼べないくらいの薄化粧だし、余程の事情が無ければ髪も自分で切るようなガサツな姉だ。器用とは言ってやらん。


 つか、風呂場で髪を切るのは百歩譲っていいとしても、切った後の髪の毛を処理するのが毎回俺ってのは気に入らない。


「じゃあ、三個買っていいから」


「……二個は食うのか」


 太るぞ、というニュアンスを込めて言ったのが伝わったのか、姉貴の眉間に深い皺が浮かんだ。


「わかったなら、さっさと行きなさいよ」





 俺の家からコンビニまでの距離はそう離れていない。


 チャリを飛ばせば秒で往復できる距離だが、このクソ暑い日に立ち漕ぎする気にもなれず、また、少しでも時間を使って姉貴に嫌がらせしてやろうという気持ちもあり徒歩を選んだけど、炎天下を歩くほうがダメージがでかいってことを、家とコンビニの中間くらいの場所で悟った。


 早く済ませたいのに、これでは本末転倒だ。


 蝉の鳴き声はまだ訊こえないが、記憶の中にある鳴き声が頭の中で響いていた。そういえば、蝉の鳴き声とポケモンの鳴き声って似てるよな。どっちも電子音に近いし。


 いまでこそピカチュウは『ピッ、ピカチュウ♪』と可愛く鳴くけど、姉貴から借りた初代では『ンヂュヴ!』みたいなダミ声の機械音で、見た目とのギャップに声を出して笑ったのを思い出した。御三家選びをミスってタケシで詰んだのも、いまとなっては懐かしい思い出だ。


 キャッキャと騒ぎながらすれ違った小学生たちには、俺が随分と大人に見えるんだろうか。ガキの頃、高校生はかなり大人に見えたもんだが、いざ自分が高校生になってみると、理想とは遥かにかけ離れた存在だ。大人、なんて呼べない。きっと大人になっても、自分はまだまだ子どもだって感じてるんだろうか。それはそれで、普通にヤバい気もするが……。


 然し、成長がなかったわけでもない。あの頃の俺は、朝の九時にプリンを買いにコンビニへ行くこともなかった。録画したアニメを見るか、漫画を読むか、ゲームをしているはずだ。


 いまでも漫画やゲームはするけど、アニメにそこまで執着しなくなった。そう考えると、ガキだった頃よりかは成長しているように感じる。


 だけど、最近のアニメはやたら凝ってるからなあ。『アニメを見るのは子ども』って印象も薄くなりつつあるが、代わりに『アニメを見るのはオタク』という印象が強まったようにも思える。そこに『陰キャ』って言葉も付け足されて、アニメ好きは未だに肩身が狭いだろう。そういう偏見は好きじゃないから、クラスにいる『オタク系趣味』を持つヤツらにも率先して声をかけるようにしている。『ゲームが好きだから』『アニメが好きだから』ってだけで『気持ち悪い』と憚られるのは、見ていて気持ちのいいものじゃないから。


 このスタイルは変わらずに大学へ進学して、一人暮らしして、なんかこう……大学を出たら適当に社会人しつつ恋人を作って無難に生活するんだろう。〈普通〉を当たり前に出来るようになるために努力を積み重ねて来た。一通りの家事はできるようになったし、来年からはバイトもしようと思ってる。大学入る前までにバイト経験ないとヤバいしな。話題になったときに『バイト未経験』だとアレだし。


 ただ一点、これだけはどうしても解決できない問題がある。


 恋愛だ──。


 俺が好きなのは優梨だが、あのカミングアウト以降、どうしても優志を意識している気がする。


 だけどほら、恋人関係になるってことは色々あるだろ? つまり、そういう雰囲気になった先に、俺は優志を受け入れることができるのか? って話だ。


 優梨だったら、多分、大丈夫かもしれない。


「いや、どうだ……?」


 それに、俺は『同性と付き合うこと』に対しての踏ん切りが未だついていない。


 どうしたもんかと考えて、姉貴の部屋にあるBL本を借りて読んでみたりはしたが、姉貴の持ってる漫画は『割とガチ目なヤツ』で普通に引いた。


 この問題に対して『急ぐ必要もない』とも思っている。ただ単純に、頭の中がもやもやしてウザいから、歩きながらも考えてんだろう。



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。

 こちらの物語を読んで、もし、「続きが読みたい!」と思って頂けましたら、『ブックマーク』『感想』『評価』して頂けると、今後の活動の糧となりますので、応援して頂けるようでしたら、何卒、よろしくお願い申し上げます。

 また、誤字などを見つけて頂けた場合は『誤字報告』にて教えて頂けると助かります。確認次第、もし修正が必要な場合は感謝を込めて修正させて頂きます。


 今後も【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を、よろしくお願いします。



by 瀬野 或


【修正報告】

・2019年2月22日……読みやすく修正。

・2020年2月17日……加筆修正、改稿。

・2020年12月15日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

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