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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
9/677

四時限目 天野恋莉は気づいてしまった 2/2


 優梨さんの笑顔に見惚れて言葉を失っていた私は、はっと我に返って形式的な自己紹介をした。


「よろしくおねがいしますね、恋莉さん」


「よろしくね。えっと」


「優梨と呼んで貰って構いませんよ?」


 笑顔が眩し過ぎて直視できない……。


 異様なほどの魅力は笑顔にあり? いや、それだけじゃない。それだけじゃないんだけど、どう表現すれば的確なのか言葉を選ぶのが難しい。童顔なのもそうなんだけど、それだけで彼女を言い表すには足りな過ぎる──はあ、落ち着かなきゃ。


「そ、それじゃあ優梨さん」


 仕切り直し、緩みそうな顔を強引に正した。


「佐竹とはいつ頃知り合ったんですか?」


「いつ頃……ねえ、佐竹君」


 優梨さんは話をするとき、相手と必ず視線を合わせる。だから、透き通るような瞳に心を奪われて言葉を失ってしまいそうになる佐竹の気持ちがわからなくもない。


「私たち、いつ知り合ったんだっけ?」


 ねぇ、いつだっけ? と小首を傾げながら、わざとらしく佐竹に訊ねる。あざとい、と思いつつも、やっぱりこのふんわりとした雰囲気は可愛らしい。女の子はお砂糖とスパイスと素敵ななにかで出来ている──なんて言葉があるけど、優梨さんは正しくそれで、リアルマザーグースだ。私の成分は、水とか、リンとからアンモニアとか……要するに『つまらない物の寄せ集め』ってこと。


 同じ女でもこの差は如何に。


「はぁっ!? 俺にそれを振るのか!?」


 いやいやアンタ、それくらい即答出来なくてどうするの? 私だったら即答よ? 苦い記憶も一緒に呼び起こして「うわああっ!」って叫びたくなるかも知れないわね。ああ、今日は眠れるかしら。自己嫌悪で眠れなそう。


 そんな佐竹の不誠実さを咎める事なく、優梨さんは「冗談だよ」と、軽やかにと笑い飛ばす包容力まで持ち合わせているとか、これはもうガンジーレベルね。


「彼とは中学時代に知り合って、でも、そのときはお互いに認識はしていても言葉を交わすことはなかったんです」


 なに、その甘酸っぱいストーリー。


 ハングリーデイズ? アオハルかしら。


「つい最近ここの駅で偶然出会って、それで彼から……あ、ごめんなさい」


 なんだか惚気話みたいですねって言いながら、幸せそうに微笑んだ。


「いえ。お気になさらず……」


 巧みな話術、包容力、容姿、どこをどう切り取っても美少女で、優梨さんの眩しいくらいにキラキラと輝く瞳に眼を逸らすことが出来なかった。


 もし、優梨さんと友だちになれたら、私は少しくらい女性らしさを取り戻すことができるのかも? そう思って止まない。それに、彼女には得体の知れない『惹きつけるもの』があった。その正体がなんなのかこの眼で確認したいというのもあり、連絡先の交換を申し出てみたけれど──。


「ごめんなさい。自宅に忘れてしまって……」


 体よく断られて連絡先の交換は出来ず、歯痒い結果になってしまった。


 彼女なりの拒絶だったかもしれない。


 ちょっと疑ってみたけど、とても申し訳なさそうな表情を浮かべている彼女を見て、嘘を吐いているようには思えなかった。


 だとしても、このまま引き下がるわけにはいかない。


「それじゃあ、もしまた会える日があったら教えてもらえるかしら……?」


 どうしてそう思ったんだろう、なんて考えるよりも先に口が動いていた。


「ええ、もちろん。私も天野さんのことをもっと知りたいです」


 あ、そうだ。


 思いついたと言わんばかりに、優梨さんは胸元で手を打った。


「彼が他の女の子に変な目を向けないか監視しててくださいね? その結果を今度会うときに教えてください♪」


「わかっったわ、任せて」 


 こんなに可愛い彼女がいるのに、他の女の子に手を出したら承知しないわよ、佐竹を睨む。そんなことはあってはならないし、あったとしたら許せるはずがない。


 こんなに可愛い彼女を泣かせるのなら私が──私が、なに?


「お前ら好き勝手言い過ぎだろ。ガチで」


「信用されてないのね。ま、当然かもしれないけど」


「はあ!? ちげーし!」


 佐竹はモテモテだから、不安になる理由もわかる。


「ねえ、敬語はやめない? 私たち、歳が離れているわけじゃないもの」


「うん、わかった。よろしくね? レンちゃん♪ ……あ、ごめん。馴れ馴れし過ぎたかな?」


「そんなことないから大丈夫!」


 なにがどう大丈夫なんだろう。明らかにテンパってるし、頬と耳が燃えるように熱い。


「お前、顔が真っ赤だぞ?」


「うるさいわね。アンタだれよ」


「サタケヨシノブゥ!?」


 斬新なツッコミじゃない、悪くないわね。


「二人は仲がいいね。ちょっぴり妬いちゃうかも?」


「そんなことねえから!?」


「そんなことないわよ!」


 佐竹と声が重なった。


「冗談、だよ♪」


 楽しそうに笑う。


 本当に可愛い子ね……自分の気持ちを素直に伝えられて、きっと学校でも相当人気なんだろうな──私が男だったら絶対に好きになる自信がある。


 それってつまり、女の私が優梨さんを好きになったってこと?


 それはない。……なんて、言い切れるの?


 優梨さんと話していると、私の心臓はドクンと脈を打ち続けて、苦しい。この苦しさは彼女と離れるまで鳴り止みそうもない。


 私がこんな感情を抱いていたら、優梨さんはどう思うのか。


 そっか、これが恋心だったんだ。


 あまりにも届かない、憧れに似た感情。


 一緒にいたいと思う、焦りのような感覚。


 もっと知りたいと願う、探究心とも取れる熱情。


 触れ合いたいなんて思う、ほんのちっぴりの劣情。


 どれも手に入れることができない焦燥感が波のように打ち寄せて、どうにもこうにも引いてくれない。


 苦しい。


 誰かに心臓をぐっと握り締められているかのようだ。


 優梨さんには佐竹という恋人がいて、私はきっと友だち止まり。どう頑張ったって、どう工夫したって『友だち以上の関係』にはなれない。


 初めて会ったばかりなのに初めて会った気がしないのは、気さくな優梨さんが纏っている優しさのオーラのせいなのかもなあ。


 なんだか、泣きそう。


 私が持っていないものを、優梨さんは全部持ってる。そんな彼女の優しさにもっともっと触れていたい気もするけど、お邪魔虫は退散しなきゃいけない時間だ。


「そろそろ帰るわね。佐竹、今日はありがと。あと、ごめんなさい。疑うようなことを言って」


「い、いや、別に気にしてねぇから……」


「ねえ、優梨さん。──いや、ユウちゃん」


 なけなしの勇気を振り絞ってあだ名で呼んでみた。


 笑顔で、受け入れてくれた。


「また会えるかしら?」


 今度は()()抜きで。


「あ、うん!」


「ありがと」


 それじゃまたねと手を振って、私は二人を振り返ることもせずに、自分が注文した分の会計を済ませてファミレスを後にした。





 * * *





 帰りの電車の中で吊り革に掴まりながら、まるで時の流れを体感するような速さで流れる景色を呆然と眺めていた。


 未だに信じることができない。


 自分が同性を好きになってしまったなんて。


 この気持ちを、これからもずっと抱えながら生きていかなければならないなら会わないほうがよかったのかもって後悔。溜め息。彼女に会わなければ思いがけない恋心に気づくこともなかったのに。


 いまの私は、酷い顔をしているいだろう。

 

 苦しい。


 不意に零れた小さな悲鳴は、誰の耳にも届くことなく電車の騒音の中に隠れた。


 でも、本当に隠しきれたのだろうか?


 それを知る術はない。


 最寄駅で下車して、満身創痍の身体を引き摺るように家路に着いた。



 

【誤字報告】

・報告無し。

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