三十二時限目 雨が降っても地は固まらず[後]
「え、あたし……?」
突然の告白に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。
楓ちゃんは、ずっとレンちゃんのことが好きだった。私たちの繋がりは、それが縁となっていて、楓ちゃんに協力するって理由で、ずるずると歪な関係を続けてきた。
「ほ、本当に……?」
「はい。とてもお慕いしています」
隣にいる楓ちゃん見ながら、「どうしよう」って両手を目の前でブンブン振り、慌てふためくレンちゃんの様子を、楓ちゃんはうっとり顔で、愛おしそうに見つめる。
「いますぐに答えを出して欲しい、とまでは言いません。私も、恋莉さんのように、答えをお待ちしています」
「う、うん。わかったわ」
それまで冷静だった楓ちゃんは、「ついに告白してしまいました!」と興奮を露わにして、頬に椛を散らしている。
「なんだか、楓がいつもより幼く見えるわ……」
「お前の話をしてる楓は、いつもこんな調子だぞ?」
「佐竹さん、それ以上言葉を発するなら、二度と口を開けなくします」
殺害予告かよ!? って佐竹君がツッコみ、張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れて、私たちは朗らかに口笑した。
「俺たちって、変な関係だよな」
「どっかのだれかさんが鶴賀君を利用しようだなんて思わなければ、こんなことにはならなかったのだけれど?」
佐竹君を睨んだ天野さんの目に慄いた佐竹君は、焦り混じりに「まだ根に持ってんのかよ」とボヤいた。
「冗談よ……。半分ね?」
「半分本気じゃねえか!」
和やかなムードに包まれているけれど、私はあと一つ、波紋を広げなければならない。
それは、優梨についてだ。
「もしも、の話なんだけど……」
「おう、なんだ?」
「優梨になりたくない、って言ったら、みんなはどうする……?」
この質問こそが本題だ。
私の性別が〈男〉である以上、避けて通れない道であり、優志は皆にとって〈友だち〉という関係で繋がれているのはわかったけど、優梨という不確定で曖昧な存在がいなくなった場合、どれほど落胆されてしまうのか。
それが、怖い。
優梨ありきの優志だって返されても納得せざるを得ないし、そう返されたら苦しいけど、受け入れなきゃいけないってわかってる。
そうは言っても、いつまでも同じ悩みをぐるぐるさせたくはないので、はっきりと言って欲しかった。
「ユウちゃん……いいえ、鶴賀君はどうしたいの?」
「え」
「私たちの意見を訊く前に、自分がどうしたいのかを話すべきだと思う」
返ってきたのは、ぐうの音も出ない正論だった。
「いつも嫌々女装する割に、優梨になったら別人みたいになるから、どうしたもんかって困るんだよな。マジで」
佐竹君には、一番気苦労させたと思う。
私自身、ここまで豹変するとは思ってなかったし、ここまで女の子を演じることが出来るなんて思ってもいなかった。
琴美さんの特訓の成果と言えばそうなんだけど、それを望んでたのは私自身だったのかも知れない。
「優梨さんがいなくなればチャンスが訪れるので、私はどちらでも構いません。優梨さんに負けるつもりは、毛頭御座いませんから」
楓ちゃんに至っては、素直な感想が訊けた。
恋敵がいなくなることは、楓ちゃんにとってプラスでしかない。
私は……。
僕は……、どうしたいんだろう。
佐竹が言う通り、嫌々と口にしながら女装してきたけど、本当に嫌だった? と、問われれば違う気がする。優梨にならなければ、自分の意見を伝えられなかった。
だったら、これからも〈趣味〉としてこの姿を続けてもいいのかも知れない。
「ほ、本当に……、趣味にしようかな」
そう呟いて、それが過ちだと気づいた。
「はあ……やっぱり女装が趣味って言ったのは、二人を庇う嘘だったのね」
僕は以前、天野さんの勘違いをどうにかしようと『女装は趣味だ』って断言していて、この嘘だけは墓場まで持っていかなきゃいけないと思っていたのに、ついつい口を滑らせてしまった。
『口は災いの元だ』
なんて言ってたのは、どこのドイツだーい? 私だよ!
「だ、だけど! いじめられてないから!」
「そ、その通りです!」
「俺がいじめとか、マジで勘弁してくれよ……」
どうにか弁解しようと、僕たちは天野さんの機嫌を取り繕うように反論を並べる。でも、返ってきた言葉は随分とあっさりした答えだった。
「わかってるわよ、そんなこと。本当にそんな風に思ってると思った?」
──お、思いました。
──割とガチで。
──そう、思ってたね。
「様子を見てれば一目瞭然じゃない。それに、佐竹はいじめがクラスで起きないように、頑張って纏めようとしてるのも理解してるつもりよ」
まさか、天野さんも演技していたのは意外だった。
というか、あそこまで盛大に勘違いを装うのはなかなか出来たものじゃない気がするんだけど、そこに触れたら逆鱗に触れる気がする。
普段は『馬鹿』と罵る一方で、内心は佐竹を評価しているところが、天野さんの優しさだろう。
そんな意外な言葉を言われて、佐竹は「お、おう……、さんきゅ」と照れ臭そうに俯いてしまった。
「だけど……、それはそれ、これはこれよ」
その言葉に、僕らは硬直した。
「この際だから、これまでアンタらが起こした行動の全てを、洗いざらい吐きなさい。それでリセットにしてあげるわ」
それからのことは、上手く覚えていない。
沢山怒られたし、沢山笑った気がする。
これが皆のいう『普通』なら、僕にとっては『異常な一日』だ。
楽しい時間を過ごす傍で、心の中に住むだれかが、『これでいいの? これが求めていた日常なの?』と、再三、僕に問いかけてきた。
その声の主に耳を貸さず、訊き流す努力をしていたけど、帰宅してから寝る前までの間、ずっと頭の中で響き続けた。
勘違いするな、と──。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【修正報告】
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