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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
三章 Unhappy Umbrella,
81/677

三十二時限目 雨が降っても地は固まらず[前]


 姉貴が優志を連れ去り、目まぐるしい展開についていけずにいた俺たちは、嵐が去ったあとのような静けさの訪れに、ようやく暴風から解放されたと実感して、ほっと安堵していた。


 俺の向かい側に座っている恋莉は、テーブルに肘をついて、ぼうっと窓の外を眺めている。俺もそれに倣うように外へと視線を移すと、外は茜色を濃くしていた。『よい子は帰りましょう』の防災行政無線が爆音で流れる頃だ。


 ガキの頃、「俺、よい子じゃねえから」って無線の声の主に言い訳して、陽が落ちるまで遊んでたのを思い出した。


 大体の子どもが似たような言い訳をすると思うが、ご本人を目の前にしているわけでもないのに言い訳するってのも、なんだか滑稽だよな。そんな言い訳をしていおいて、クリスマスにはサンタからのプレゼントを強請るなんて、矛盾してるにもほどがあるだろ……。


 夕暮れというのは、そんな懐かしい記憶を思い出させる。別に、童心を忘れたわけじゃない。俺はまだまだ子どもだ。ありとあらゆる場所で大人料金を支払っているが、法律的にも未成年ってカテゴライズされる。


 犯罪を犯しても少年法があるから、よほどの悪事を働かない限り罪は軽くなるが、近年、少年法が見直されるような事件も相次いでいた。


 俺とタメのヤツが人を殺したり、薬物に手を染めたり、電車に飛び込んだってニュースを何度見たことか。


 どうして一線を越える前に、だれも相談に乗ってやれなかったんだって思う。とはいえ、相談できる相手もいなかったんだ。


 だから、一線を越えた──。


 日本人は『おもてなし』の心はあっても、『おもいやり』の心が欠けているんじゃねえのかな。


 まあ、いま考えるべきことじゃないと頭を振る。


 恋莉の隣に座っている楓に視線を移すしたら、楓も俺を見ていたらしく、ばちりと目が合った。


 楓はまだ飲み終わってないのか、カップを口元に運んだ。でも、飲もうとはしない。カップを口元に運んだままの姿で、俺をじいっと見つめている。


「飲むなら飲めよ」


 そう言うと、楓はなにも言わずにカップを皿に戻した。


 結局、飲まねえのかよ……。


「佐竹さんの指示に従うのは、どうにも釈然としないので」


「さらっと俺をディスるのやめてくんない? マジで」


 俺の不満を無視して、楓は姉貴と優志が入っていった倉庫のドアを見やる。


「着替えている最中でしょうね」


 だれかに訊ねたというよりも、ただ口に出したらだけという印象を受けた。反応していいものかと悩んでると、いまさっきまで外を眺めていた恋莉が頬杖をついたまま俺を睨む。


「覗きは犯罪よ」


「覗かねえよ!」


 とは言ったものの、優志の体を見て、俺はどう思うんだろうか、どんな気持ちになるんだろうかと考えてみた。


 いくら女装した姿が可愛いからと言っても、服を脱いだら男だ。アソコにはアレも付いてるし、優志はヒョロガリだから胸部も膨らんでいない。肌は絹のように白く、体毛も薄いからすべすべだけど、アイツは俺と同じく男なのだ。


 男の裸体に興奮したら、いよいよ俺も末期だろうけれど、『そういう趣向になってしまった』って受け入れるしかない。受け入れ難い事実であったとしても、好きになってしまったら、受け入れる以外の選択肢は無いのだ。


「まあ、アンタには着替えを覗く度胸なんて無いわよね」


 それだと、恋莉にはあるみたいに訊こえるのだが……。


「恋莉はどうなんだよ」


「うーん。どうかしら……」


 目を閉じて、物思いに耽るように黙考する。数秒が経過したのちに、恋莉はゆっくりと瞼を持ち上げた。


「必要だと思ったらする。……かも」


 ──マジか。


 ──本当ですか!?


 俺よりも、隣にいるヤツがもの凄い形相で鼻息を荒げているが、恋莉は楓を無視して続ける。


「必要だと思ったらって言ったでしょ? そう思わない限りは、行動に移すつもりないわよ」


「覗きをしなければならない状況に陥るって、どんな状況なのでしょうか!」


「し、知らないわよ!」


 こういう話になると、楓の目の色が変わる。


 見た目こそ清純派というか、古風というか、お嬢様極めているにも関わらず、本当はド変態ってどの需要に焦点を合わせギャップだよ……。


 女子二人とシモの話をするこの状況も、奇抜過ぎて頭が痛くなってくる。


「それはともかく!」


 と、話題を変えたかったのか、恋莉が居住まいを正して口を開いた。


「これからどうするつもり?」


 改めて訊かれると、開いていた口を塞いでしまう。


 姉貴がこの店に訪れたのは、おそらく俺のせいだ。


 姉貴に相談を持ちかけなければ、姉貴がこのタイミングで店を訪れるなんてなかったわけで、事態を収拾するのは俺の役目だ。


 然し、姉貴が動いたってことは、それなりに理由があるはず。


 その理由を見つけない限り、滞在し続ける。


 とはいうものの、俺は姉貴に口で勝った試しがない。


 百の割合で姉貴が悪くても、口八丁手八丁の姉貴が相手では、どんなに姉貴が悪くたって五割くらい俺のせいになる。ガキの頃はよく泣かされたもんだ。そんな状態が続けば諦めることを覚えて、『勝てないなら争わなければいい』という結論に至るのも必然だ。


 そうしているうちに、俺は姉貴と口論するのを避けるようになった。


 たまに口喧嘩はするけれど、それだって姉貴を論破しようと策を練るわけでもなく、訊き流して受け流すくらいなもんだ。


 そんな姉貴に真っ向勝負を挑むなんて、馬鹿げた行為だとしか思えない……が、唯一、姉貴が一驚する相手こそ、現在、姉貴に拉致られている優志だ。


 優志が俺の家に泊まったとき、姉貴とタイマンで話をしていたのを傍らで見ていた。


 あの日の姉貴は、欲しいオモチャを見つけた子どものように、爛々と瞳を輝かせていたのを覚えている。


 姉貴と張り合えるのは優志だけだ。


 だが、優志に頼れないのが現状で、ここにいるメンツでどうにかするしかない。


 楓は頭が切れるけれど、姉貴とは馬が合わないのか言葉数が少ないし、恋莉もどこか余所余所しい。


 恋莉に限っては初対面だからってのもあるが、姉貴の勢いに気圧されたって考えるほうが自然だろう。


 俺がどうにかして、打開策を見つけなきゃならないってのは百も承知ではあるものの、優志みたいに口が達者じゃないのが致命的過ぎる。


 語彙力が足りないって、毎回のように言われるからなあ……、ガチで。


 つうか、よくよく考えてたら妙に腹立たしくなってきたぞ。


 弟の交友関係に首を突っ込むとか、普通に考えてあり得ないだろ。俺たちを引っ掻き回して遊んでるようにも見えるしな。


 お呼びじゃねえってわかんねえのか? 


 GPSを使って追跡とか常軌を逸している。


 なにを考えてるのか、さっぱりわからん。


 本当に無いわ……、ガチで。


「このままだと話し合いができないわ」


「そうですね。なにか策を考えないと……」


「アンタのお姉さんなんだから、アンタがなんとかするのが筋じゃないの?」


 と、恋莉は語尾を荒げる。


 言い分はごもっともだが、できるなら最初からやってるっての。


「想定外な出来ごと過ぎて、どう対処してよいものか見当もつきません」


 すみません、と頭を下げる楓に、恋莉は「楓が謝ることじゃないわ」って声をかけた。


「ねえ、佐竹」


「おう」


「琴美さんと鶴賀君って、どういう関係なの?」


 どういう関係、か。


「平たく言えば、師弟関係だな」


 それってどういうこと? と二人が同時に前のめりになった。


「女性の仕草やらを教えたのが姉貴なんだよ」


 ──手強いわね。


 ──手強いですね。


 手強いって、なんだ?


 二人が姉貴のなにが『手強い』と称してるかはわからないが、口が上手いという点においてだけは『手強い』って表現が当てはまる気がする。


 だけど、実害を被るのは俺と優志だ。


 恋莉たちをどうこうするとは考え難い。





 どれくらいの時間が経っただろうか。


 珈琲をおかわりして半分ほど飲むくらいには、時間が経過している。


『これからどうするのか』


 と、議題が上がったまではいい。


 問題は、だれ一人として解決の糸口を見つけられていないってことだ。


 時間だけが無情に過ぎていく。


 重たくなった空気が両肩に伸し掛かり、ぐるぐると両肩をを回して解してみたけど凝りは取れず、倦怠感だけが残ってしまった。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【修正報告】

・2020年1月5日……加筆修正、改稿。

・2020年6月9日……誤字の微修正。

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