三十一時限目 彼女はいつも真実だけを突きつける[後]
「強いて言うなら……、優梨ちゃんが心配になったから?」
優梨という名前が出てくると、場の空気が更に張り詰めた。
「義信がねえ……? いつも萎えた表情して帰ってくるのよ」
その口調は、姉というよりも子どもを心配する母親に近い。
「どこに寄って帰ってくるのかも、優梨ちゃんとどうなったかも教えてくれないから、GPS機能でどこにいるのか調べたの」
「はあ!?」
佐竹は制服のズボンのポケットから携帯端末を取り出すと、GPSがオンになっているのか調べだした。
「そしたら、ダンデライオンに寄ってることがわかって……きちゃった☆」
「きちゃった☆ ……じゃねえよ。つか、GPSなんていつ設定したんだよ!?」
それに答えたのは琴美さんではなくて、息を潜めていた天野さんだった。
「アンタが位置情報を公開にしてるのが悪いんじゃない」
と、天野さんは仰っていますけど、そこのところどう解釈されますか? って視線を月ノ宮さんにぶつけてみたら、月ノ宮さんはわざとらしく視線を外した。
これは、やってる。
月ノ宮さんも琴美さんと同じように、なんらかのアプリやサービスを駆使して、天野さんの動向を監視してるに違いない。
「どっちの味方だよ……。あ、マジだ」
どうやら、携帯端末の位置情報機能はオンになっていたらしく、佐竹は顔を真っ赤にしながら、「ふざけんなよ、ガチで!」と吠えた。
そうこうしていると、照史さんが大皿に手作りクッキーを並べて持ってきてくれた。
「これはサービスだよ」
そう言って、テーブルの中央辺りに置く。
そして……。
去り際に僕の肩を叩いて、「頑張ってね」と言って去っていった。
え、なにを……?
上司の肩たたき、くらい怖いんですけど……?
「そろそろいい時間だし、みんながここに集まった目的を始めたいんだけど……」
どうして琴美さんが仕切るんですか? と、言いたげな月ノ宮さんだが、口出し無用って感じに仕切る琴美さんの顔を立てて口を噤んだ。
「今日の主役がまだ来てないわねえ……」
「え?」
と、隣に座る琴美さんを見やると、バッチリ目が合ってしまった。
「ま、まさか……」
「照史くん、裏借りるねー。さあ、変身の時間よ!」
照史さんの『頑張って』を訊いてから、なんとなく、嫌な予感はしてたんだ……。
* * *
片手を引かれて強引に連れてこられた場所は、ちょっとした小物類を保管しておく倉庫のようだった。
無機質なステンレスの棚には、コーヒーフィルターや砂糖の袋等が規則正しく置かれている。
明かりを付けても少々薄暗く感じるのは、外で土砂降りの雨がザーザーと音を立てて、窓を打ち付けているからだろうか。
ここまで天気が崩れるなんて思いもしなかったが、通り過ぎるのを待つより、電車で帰宅したほうが早いかもしれない。
元々、ダンデライオンの店内照明は、雰囲気作りのために明かりを抑えている。薄暗くは感じるけど、音楽を流したり、上手く配置された装飾品の数々が上手く機能していることもあって、薄暗さは特に気にならないが、この倉庫にはそれらが一切なく、余計に薄気味悪く感じた。
その倉庫の一角に、棚の小さな穴に引っ掛けるようにして、可愛いらしいけど大人っぽさもあるフリルのついた薄い桃色のロングスカートと、それに合わせたメッシュの青い長袖のカーディガンがハンガーにかけてあった。
「用意周到ですね……」
「当然よ。化粧道具もあるわ♪」
バッグの中から取り出したのは、僕も見慣れた形の化粧ポーチだった。
それを自慢するかのように僕に突き出して、「ほれほれ」と目の前でちらちら振るものだから鬱陶しい。
化粧品を琴美さんから預かった際に、「これあげる」と貰った化粧ポーチは、琴美さんが普段使っている物の予備であり、必然的にお揃いになってしまっている。
「ばっちり可愛いくしてあげるからねー♪」
「はあ……」
「うん? どうかした?」
「いや、やっぱり僕には選択肢なんてないんだなと思っただけです」
すると、琴美さんは笑壺に入ったとばかりに大笑いした。一頻り笑ったあと、笑い疲れたのか「はあ」と小さく溜め息を吐いて、化粧道具の準備をしながら改めて口を開く。
「なにを今更そんなこと。それを選んだのはアナタなんだから仕方ないでしょ」
「それは……」
「だれにでも選択肢用意されると思ったら大間違いよ? むしろ、選択権すら与えられないことのほうが遥かに多いの」
僕を椅子に座らせると、僕の顔に優梨を描いていく。
「それでもアナタは恵まれてるほうよ。自覚できないのは幼いから」
──でも。
──あ、動かないで。
それはそうだろう……?
僕はまだ高校生であり、未成年だ。
琴美さんからすれば相当な子ども……なんて、本人を目の前にして言えはしない。
「本当に不器用で笑えてくるわ。義信も、アナタも」
それに、私も……と、寂しげに付け加える。
「はい、おしまい! こんな感じに仕上がりましたがいかがでしょう?」
そうやって突き出された手鏡に映るのは、紛れもなく優梨だった。
性格も、性別も、なにもかもが僕と真逆に作られた、不透明で不確かな存在。
それこそが、優梨という女の子である。
でも、優梨をちゃんと演じられる自信は、これっぽっちもなかった。
琴美さんの技術に文句があるわけではない。
当然ながら、僕よりもメイクは遥かに上手だ。
粗探しをしようにも、粗を見つけることさえできないくらいには、完璧な優梨像が出来上がっている。
「それじゃ、私は先に席に戻るから、他の一式は自分でやってね」
「あ、あの……」
だが、琴美さんは僕の口が動かないように、人差し指を縦にして封じた。
「言いたいことがあるのはわかるけど、まずはアナタがやらなきゃならないことをしなさい」
──その姿だとシュール過ぎるわよ?
──え? ……あ。
琴美さんの言う通り、この状況はシュール過ぎた。
メイクはバッチリなのに、服も髪も変わってないのでチグハグ過ぎておかしい。
「やっぱり、やらなきゃだめですか」
「選択肢がないって先に言ったのは優梨ちゃんでしょ? だから、選択肢はあげない」
返す言葉がなかった。
「これは優梨ちゃんが撒いてしまった種でもあるんだから、咲かせるも、摘み取るも、優梨ちゃん次第よ」
摘み取るって比喩の意味は、なんとなくではあるけどわかった。……けど、咲かせるという意味は、継続して優梨を続けろって意味だろうか。
継続すれば、どんな花が咲くだろう……。
「全てを終わらせたいのなら逃げてはだめ。子どもだから、未成年だからとかは関係ない。当事者は当事者として、当事者である責任を果たさなきゃいけないのよ」
もちろん私もね? と付け加える。
「だから、やるべきことをやっただけ」
琴美さんがダンデライオンにきた本当の意味は、佐竹を心配して様子を見にきたわけじゃなくて、この状況を作るためだったのか……。
ハンガーに通してある洋服には、タグが付けっ放しになっていた。
まさか、照史さんの話を訊いて大至急用意したのか?
「その後、どうなるかは私の管轄外。無責任だと思う? でもね、社会なんてそんなもんだから学びなさい」
暴論だ、屁理屈だ、そうやって騒ぐことならだれでもできるけど、考えて、この状況をどう回避するかを検討できる人間は少ない。
僕はどちら側の人間だろうか?
……前者にだけはなりたくないな。
琴美さんは言いたいことだけ行って、倉庫から出ていった。
静寂に包まれる倉庫の中で、僕はハンガーにかけてある女性モノの洋服に袖を通した。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し