三十一時限目 彼女はいつも真実だけを突きつける[中]
照史さんが作ってくれたタイミングを逃してはならないと思い、僕は佐竹の背中をツンツンと二回突いた。
「なんだよ」
「ここで長話しても、照史さんの迷惑になるだけだよ」
「そう、だな」
佐竹は不満たらたらだが、渋々顔でいつもの席へと向かっていく。それに倣うように、後ろに下がっていた月ノ宮さんたちも、佐竹に続いて向かっていった。
琴美さんは、通り過ぎていく二人には目もくれず、僕だけを見続ける。まるで、狙撃手に銃口を向けられているような気分だ。いまにも眉間を撃ち抜かれてヘッドショットされるんじゃないかって気がしてならないが、隙を作るわけにもいかない。だから、僕も琴美さんの透き通るような黒目だけを黙視し続けた。
重苦しい沈黙を制したのは僕だった。
琴美さんは、僕が絶対に口を開かないと察して、ふふっと小さく笑う。
「久しぶりね、優梨ちゃん」
「優志です」
どっちでもいいじゃない、と琴美さんはコーヒーカップを手に取ったが、ほんのちょびっと底に残った珈琲を、退屈そうに眺めるのみだ。
「原稿は」
佐竹と琴美さんのやり取りを引き継ぐ気はさらさらない。
わざとらしく、それとは違う話題を振った。
「原稿を進めなくていいんですか」
「九割は完成してる。だから、今日は久方振りのオフよ」
照史くーん、コーヒーおかわりー♪ って、甘えるような声音で言うと、照史さんは既にお代わりを用意していたようで、琴美さんからカップを無言で受け取ると、そのカップに珈琲を注いだ。
「奢りじゃないからね?」
「えー、照史くんのいけずう」
琴美さんと照史さんは、同じ年ではないだろう。それなのに、琴美さんは照史さんを照史くんと呼んでいる。
二人は親しい間柄なんだろうか? でも、ブラコン妹の傍で親しげにしないほうがいい。先程から、痛いくらいの視線を送ってくる妹さんがいらっしゃるので……。
「いろいろあったみたいね」
「なんのことですか」
すっとぼけてみたけれど、琴美さんはカウンター台に付いているほうの手で照史さんを指した。
「照史さん、喋ったんですか……」
「追求から逃れられなくて、つい……」
客のプライベートは守るって言ってませんでしたか? と、揚げ足を取りたい衝動に駆られて、客の『き』まで口に出したけど、出鱈目に困らせるだけだと呑み込む。
申し訳なさそうにする照史さんの表情からは、僕らがここを訪ねる前の長い間、琴美さんに尋問されていたと予想できた。心做しか、頬が窶れている印象を受ける。相当に粘られたんだろうなあ……、琴美さんってねちっこいし。
「私だってここの常連なんだから、照史くんも、つい口を滑らせちゃうことだってあるわよね?」
「んなわけねえだろ」
その問いに答えたのは、いつもの席で踏ん反り返っていた佐竹だった。
「この店で姉貴を見かけたことなんかねえぞ。普通に、ガチで」
「私だって、アンタをこの店で見かけたことなんかないけど?」
「ぐぬぬ……」
おい、佐竹よ……。
姉に一矢報いたいなら、それ相応のネタを携えてこないと勝ち目は無いぞ。
「私はね、アンタたちがこの店を知る前からの客なんだけど?」
ちらりと照史さんを横目に入れると、照史さんは小さく首肯した。
「ずっと私を睨みつけてるそこのお嬢さんなら、私のことを知ってるんじゃない?」
「え?」
急にスポットライトを当てられて、月ノ宮さんは戸惑いながらも「はい」と答えた。
「何度かお顔は拝見しましたが……、佐竹さんのお姉様だったのですね」
その瞬間、琴美さんの眼に鋭い光が走る。
「……最後の部分、もう一度、今度は頬を赤らめて、恥ずかしさを堪えながら言ってもらっていい?」
「は、はい?」
このひとはどうも、自分の性癖を全面に押し出す嫌いがあるのでいけない。
「言わなくていいよ、月ノ宮さん」
──変態が感染るから。
──甘いわね。
「世の全ての人間が変態になれば、そもそも変態は変態として成り立たないわ」
「暴論にもほどがあるでしょ……」
琴美さんは椅子から立ち上がり、通りすがりに僕の肩を触れてから、佐竹たちが座る席に向かっていった。そして、テーブルの傍に立つと、徐に自己紹介を始めた。
「佐竹琴美です。一応、ソレのアレよ」
ダレノガレ、と同じトーンで自己紹介を終えて、近くにある椅子を引っ張り腰を下ろした。
琴美さんが自己紹介しているうちに、佐竹の隣に座ると、琴美さんがいやらしい目で僕を見た。
なにを企んでいるんだ、この人……。
「いつも愚弟がお世話になってるわね」
僕ではなく、月ノ宮さんたちに向けて言っていたが、それとは反対方向に座る佐竹は、ドンっと机を叩いて抗議を示した。
「愚弟じゃねえよ!」
「うるさいわね。……佐竹って呼ぶわよ?」
「姉貴も佐竹だろ……」
兄弟漫才が終わるタイミングで、月ノ宮さんと天野さんが簡単に自己紹介をすると、琴美さんはにたりと笑って二人を交互に見る。
「レンちゃんに楓ちゃんかあ……、二人ともいい名前ね」
名前を褒められても、二人は苦笑いをするのみで、とてもじゃないが喜んでる様子ではない。そればかりではなく、ヤクザに名前を知られてしまった、みたいな危機感すら漂っていた。
そんな二人なんて御構い無しに、琴美さんはいつもの剽軽な態度を崩そうとはしない。
それを冷ややかな目で見る弟……なにこれ、地獄絵図かな? 友だちの誕生日だからとワクワクしながらソイツの家に向かったものの、集まったメンバーの中にソイツらが通う塾の友人が混ざってて話の輪に入れずに、ただひたすら解散を待つの巻。……くらい、微妙な空気なんですけど。
「ところで、みんな注文は?」
「してるわけねえだろ……」
佐竹が苦言したが、「あっそ」と訊き流した。
「照史くーん! 取り敢えずブレンドを人数分よろしくー!」
取り敢えずブレンドって、凄いパワーワードだなあ……。さすがは佐竹の姉、とでも言うべきだろうか? 注文の仕方もそっくりだこと。
照史さんがカウンターの奥で、「はーい」と返事をした。
暗い日曜日ならぬ、暗い誕生日状態だった僕らの席も、琴美さんの巧みな話術でお通夜ムードではなくなった。
然し、このタイミングで琴美さんがこの店を訪ねるなんて偶然は、確率論で言ってもあり得るんろうか? ようやっと打ち解けてきたのに、水を差すのは野暮だろうと呑み込んだままにしているけど、気になったらとことん気になってしまう性分なのだ。
言葉一つにしてもそうであり、例えば、だれかとだれかの会話の中で『やらしてくれよ』って単語が出てくるとする。そもそも、やらしてもらうではなくて、やらせてもらうが正しい表現じゃないのか? あと、だれそれに『ゆって』も、『言って』が正解である。
なんか、最近の若者の日本語は乱れていると、なんか、いつか討論番組でお説教される日がくるだろう。なんか、知らないけど、なんか、多分。
「それで、姉貴はなにをしに来たんだよ」
話題が尽きた頃合いを見計らっていた、と言わんばかりんに、窓側に座っている佐竹が嫌そうな声音で訊ねた。
「なにって? ナニもしないけど?」
なんだろう……、微妙なアクセントで意味が変わって訊こえる。
日本語のマジックかな?
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し