二十九時限目 月ノ宮楓は敗北の苦さを知る[後]
「こんなこと、突然訊かれてもご迷惑ですよね」
「いや、迷惑とまでは言わないけど」
どうして、僕なんだろうか?
「照史さんのほうが、より的確なアドバイスできそうじゃない?」
「それは承知の上です。ですが」
お兄様大好きっ子め……。
「歳の近い方に相談したほうが、解決の糸口を見つけられるのではないかと思ったのです」
「解決の糸口、ねえ……」
その糸口が無いわけではない。
ただ、その方法を行えば、月ノ宮さんのプライドが崩壊する可能性がある。そうであっても、僕が月ノ宮さんに言えるのはこれしかなった。
「天野さんは、僕に面と向かって〝好き〟って言ったよね」
その相手は僕ではなく、優梨なんだけど。
「え、ええ……。そう、ですね」
天野さんが優梨に好意を寄せているのは、僕らの中で周知の事実だったってのはさて置き、だ。
「あの告白を、月ノ宮さんはどう解釈するのかなって」
「どう、とは?」
「僕は、正々堂々と佐竹に真っ向勝負をしかけたように見えたよ」
戦線布告と捉えても、強ち間違いではない。
「だから、天野さんは佐竹に遅れを取るまいと、あんな大胆な行動に出たんじゃないかな?」
「なるほど。一理ありますね」
これは推測の域から出ないけど、妙に男らしい天野さんだから充分にあり得る理屈だ。
「ここからが僕の提案というか、相談の答えだけど」
月ノ宮さんは、スカートの裾をぎゅうっと掴んで僕の言葉を待っている。そんないじらしい姿を見せられたら、これから先の提案を言い出し難いのですが……?
深く深呼吸して、脳に酸素を供給すれば、あれやこれやとぐちゃぐちゃになった思考がすっきりした気がする。
「天野さんに告白してみたらどうかな」
「……え?」
こくはく、ですか? と疑問を浮かべながら、戸惑うようにおうむ返しする。
「あとは、僕が決めることじゃない」
月ノ宮さんは顎に手を当てながら目を閉じた。
計算高い月ノ宮さんだから、頭の中で様々なパターンを構成しているんだろう。
自分の立場、相手の立場、状況、ありとあらゆる可能性を瞬時に精査して答えを導くからこそ、月ノ宮楓を敵に回せば勝てる気がしないのだ。
* * *
グラウンドで昼練をしているサッカー部や、野球部員たちが撤収していく姿を見て、昼休みも残り数十分だと知った。
午後一番目の授業が英語か、と思う。
どうにも英語は肌に合わない。洋画や洋楽は好きだけど、勉強となれば話は別だ。『英語はええ語』なんて言った中学時代の英語教師の顔は、いつまでも忘れないだろう。名前は……。忘れないだろう!
「わかりました」
長考の結果、ようやく答えに辿り着いたらしい。教室で見せた絶望的な表情は影も形もなく、清々しさすら感じる微笑みを僕に向けた。
「恋敵の意見に賛同するのは癪ですが、その案、採用させて貰います」
──有り難う御座いました。
──いえいえ、どういたしまして。
「迷惑ついでにもう一つだけ」
「なに?」
「優志さんは、佐竹さんと恋莉さん、どちらを選ぶかお決めになりましたか?」
痛い質問だ。
「恋莉さんを選ぶのなら、月ノ宮の全勢力を動員しても潰しにかかりますが」
おい、戦争でも始める気か……?
それは置いておくとして、と言葉を続ける。
「優志さんの選択次第で、私たちの状況が一変すると思うのです」
「僕の選択次第で……?」
「私たちを取り巻く環境の中心にいるのは、優志さん。アナタですから」
そうなのか……?
僕が中心なんだろうか……?
月ノ宮さんのように財力はない。
天野さんのように行動力もない。
佐竹のようにコミュニケーション能力も高くない。
僕だけ、なにも出来ない。
それにも関わらず、だれよりも劣る僕が中心だって?
「月ノ宮さんは、僕を過大評価し過ぎだよ」
「いいえ。そんなことはありません。自分の価値は自分で決めるものじゃありませんよ? 他者が評価して初めて生まれるのですから」
──そうかな……。
──そうですよ。
本当に、そうなのだろうか──。
逆を言えば、他人が評価を付けなければ価値すら存在しない、ということになる。捻くれた考え方だと思うかもしれないけど、そう捉えられるはずだ。
それじゃあ、僕はやっぱり無価値な存在と言えるんじゃないだろうか?
僕は自分に期待なんてしない。
同級生たちの劣化版でしかない僕の存在なんて、ゴミに等しい。
「私は評価していますよ? もちろん〝恋敵〟として、ですが」
恋敵と書いて『ライバル』と読む。
みたいなルビは振ってくれるなよ……?
倒置法にしたのは、他に理由がないことを強調したかったんだろう。僕だって、月ノ宮さんには『腹黒お嬢様』の他に『あれやそれやの感情』は抱かない。
だって、烏滸がまし過ぎるだろ。
月ノ宮さんたちとは、住んでいる場所があまりにも違い過ぎる。『恋敵』と評価してもらっても、その真意は知る由もないのだ。
『理解出来ないからって、現実から逃げるの?』
またか……、この声を訊く度に疼痛が走る。
「優志さん?」
「だ、大丈夫。ちょっと頭が痛いだけ……」
らしくないことばかり考えていた結果、副作用が出てきたらしい。幻聴まで訊こえるようになったとか、これはいよいよ洒落じゃ済まされない。
自分が〈解離性障害〉ではないのは理解してる。
眩しい光の世界に当てられ続けて、脳がバグったみたいだ。
「そろそろ戻ろうか、授業に遅れちゃうし」
「そうですね……あの、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
これは死亡フラグなんだよなあ……。
いっそのこと、トラックに跳ねられて異世界へ転生しないだろうか? って、何度も何度も夢見たけれど、異世界に通じる門は、いつまで経っても僕を受け入れてはくれない。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し