二十九時限目 月ノ宮楓は敗北の苦さを知る[中]
お弁当を食べ終えた僕らは、腹ごなしの散歩に赴くことにした。
向かう先は決まって、いつものベストプレイスだ。
月ノ宮さんの深刻な表情から察するに、〈相談〉の内容は、教室で話せるうような気軽なものじゃないはずだ。相談の内容をだれかに訊かれたりしたら、堪ったものではない。月ノ宮さんに気を遣ったわけではなく、あくまでも僕自身の保身のために『散歩しよう』と提案して現在に至る。
花を散らした桜木の下、校庭を隅から隅まで見渡せる位置にあるベンチはコンクリートで作られていて、木目調の模様が施されている。然しながら、長年に渡り雨風に晒されて、コンクリの地肌が所々に浮き彫りとなっていた。
グラウンドを一望できる位置にあるから、だれしもがこぞって使いそうなものだが、背後には鬱蒼と生い茂る雑草や木々があり、錆びたフェンスで敷居を区切っていてもどこか陰湿な雰囲気があるのは否めない。だから、グラウンドを利用する生徒の大半は、反対側にある見晴らしのいい土手に作られた、水路を塞ぐチェッカーズプレート──縞鋼板、網目模様が施された鉄製の板──に座ったり、荷物を置いたりしている。
このベンチを『ベストプレイス』と呼ぶのは、僕みたいなはみだし者くらいで、このベンチが輝く瞬間は、桜が見頃の春初頭だ。桜並木の下で花見をしながらお弁当を食べて、食後の読書に耽るのは本当に堪らない。
それゆえに、僕はこの場所を『ベストプレイス』と呼んでいるが、桜の花弁が散ったいまは、だれも見向きしない場所と化している。
そんな場所に、クラスで随一の美少女と隣同士で座るなんて、普通の男子高校生だったら、月ノ宮楓と過ごす貴重な恋愛イベント、と言っても過言ではない。
だが然し、月ノ宮楓の恋愛対象は女性であり、その相手も限られている。僕と、隣に座る月ノ宮さんが恋に落ちるなんてイベントは、未来永劫訪れないだろう。
まあ、最初から期待なんてしてないけどね? 僕と月ノ宮さんでは身分が違い過ぎるし、月ノ宮さんは、僕を異性とすら捉えていない気がする。そうじゃなかったら、僕と一緒に昼下がりを過ごすなんて選択肢は存在しないはずだ。
それよりも、これから語られるであろう相談内容のほうが気掛かりでどうにもこうにも落ち着かず、月ノ宮さんの横顔を流し目に見ては、グラウンドを左見右見していた。
月ノ宮さんのことだ。
とんでもなくぶっ飛んだ相談内容が口を衝いて出てくるはず、と緊張がピークに達した頃合いを見計らったように、月ノ宮さんが横髪を耳に掛けてから、「あの……」と、言葉を選びながら訥々と語り始めた。
「昨日は、大変申し訳御座いませんでした」
「へ?」
開口一番に謝罪なんて、どういう了見だ?
ひとまず、口を挟まずにいようと耳を傾ける。
「私が至らないばかりに、恋莉さんに優梨さんの正体を見破られてしまいました……」
しおらしく、瞳を潤ませながら語る姿に胸を打たれたわけじゃないけど、優梨の正体がバレたのは月ノ宮さんだけのせいじゃない。佐竹だって悪かったし、僕の立ち回りもいけなかった。
「天野さんが一枚上手だった。それだけの話じゃない?」
「そう……、ですが」
言葉を区切り、遠方の山々を見つめた。
空には数羽の烏が飛び交い、カアカアと鳴き声を上げている。どこかに目ぼしい餌でも見つけたのかなと思っていると、言い難しと閉口した唇を静かに開いた。
「これは〝敗北〟です。相手が将来のパートナーになる方だとしても、月ノ宮に敗北は許されません」
「は、はあ……」
もう、ツッコんでやらんぞ。
「恋敵に相談するのも癪に触るのですが」
癪に触るって、本音が漏れちゃってるよ!?
「私は、どうすればよいでしょうか」
唐突に訊かれてもなあ……。
僕だって、これからどうしようか悩んでいる最中だ。本人には伝えないけど、『余計な問題』を抱えられる隙間は無い……っていうのが本音だが、癪に触るほどの〈恋敵〉に相談を持ちかけるには、それ相応の覚悟を必要としただろう。それに、だ。普段から強気の彼女が弱音を吐くくらいの切羽詰まった状態、とも言い換えられる。
どうすればいいか、か……。
同じ質問をぶつけてやりたいが、質問に質問で返したら堂々巡りをするだけで、答えには辿り着けない。『どうすればいい』と質問されたなら、『こうするのはどうだろう』って具体的な案を返すのが理想ではある。理想ではあるけれど……、それはあくまで理想論に過ぎない。赤の他人が自分の欲する答えを持ってない場合がほとんどで、自分は適切なアドバイスをしたと思っても、相談主が納得する確率は極めて低い。
相談相手が敵ならば、尚更だろう。
『人生において失敗することは当然であり、失敗なくして成長はない。故に、この失敗もまた成功への一歩だと知れ』
なんて言っても説得力は無いし、「は? キモ」で世界が終わる。
『誰にでも失敗はあるさ、この失敗を次に活かそう!』
と言ったところで、「は? ウザ」の一言を浴びせられてゴートゥヘブン、どこまでも逝こうまである。
そんなことを月ノ宮さんが言うはずないけど、僕自身がそうだって思うんだから、月ノ宮さんも内心ではそう思うはず。
だったら、どんな言葉をかければいいんだ。
こういうときこそ活躍するのが、佐竹とかいうパリピじゃないのか?
僕よりも恋愛経験は豊富だろうし、コミュニケーション全振りステータスの彼なら、うまい言葉や、気の利いた言葉の一つくらいかけられると思う。馬鹿だけど、阿呆じゃないのが佐竹義信という男だ。昼行灯で、普段は頼り甲斐も無いヤツだけど、ここぞってときは、だれかのために身を呈して動く。だからこそ、クラスの連中は佐竹をリーダーとしているに違いない。
僕はいつも蔑んだ目で佐竹を見ているが、そういうところは素直に凄いと評価してたりしなかったりしてる。
されど、相談相手に選ばれたのは佐竹じゃなくて僕なのだ。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
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皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
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「報告したら不快に思われるかも」
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を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し