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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
三章 Unhappy Umbrella,
72/677

二十八時限目 彼と彼女では修羅場にもならない[後]


 担任が教室に来るまで残り数分といったところで、天野さんが僕の席を訪ねてきた。


 天野さんはいままで、友だちたちと談笑をしていたけれど、ようやく解放されたと言わんばかりに憔悴した顔をしている。とてもじゃないが、御機嫌ようなんて言葉を掛ける気にはなれない。


「なんだか楽しそうね? おはよう。鶴賀君」


「お、おはようございます」


 今し方、挨拶について考えていたので律儀に挨拶を返してしまったけど、天野さんはそれに対して特に反応は示さなかった。


「おい、俺は無視かよ?」


「別に無視してないわよ? 優先順位が低いだけ」


「へいへい、そりゃ悪うございましたー」


 退屈そうに言って、座ったままの状態で腰を軽く持ち上げた佐竹は、椅子ごと回転するように正面を向こうとする。


「ちょっと、話は終わってないわよ」


「俺、いまさっきボロクソに言われたばかりだから防御力ゼロだぞ? 恋莉と口論する気にはなれねえ」


 ──そんなこと、思ってないわ。


 ──じゃあ、なんの用事だよ。


「アンタと犬猿の仲になろうとか思ってないって言いたかったのよ……。それだけ」


 佐竹と天野さんの関係は、犬猿の仲とまでは言わないが、顔を合わせればお互いに売り言葉に買い言葉を交えるような関係だ。それは、天野さんが佐竹に告白をして佐竹が断ったことが発端となっている。でも、佐竹はそういう関係も悪くないと思っていたようで、天野さんが謝意の言葉を口にしようとしたときも、『このままでいい』と突っぱねた。


「……は? え、ええ?」


「な、なにジロジロ見てるのよ」


「べ、別に」


 エリカ様かよ。


 もしかして、お腹が空腹であらせられる? この中にスニッカーズをお持ちの方はいらっしゃいませんかー! って声を上げそうになったじゃないか。しないけど。


「これでも少しは素直になろうって努力してるんだから、茶化さないでくれる?」


 なるほど、天野さんは『タイプ:クーデレ』ですね? 普段はクールに接するけど、二人きりになったら猫みたいに甘える感じか。想像したら予想以上に破壊力があって、ちょっと天野さんを直視できそうにない。


「あと、アンタも覚悟を決めなさいよ。はっきりしないアンタを見てると苛々するんだから」


 天野さんの『ツン』攻撃!


「んなっ!?」


 佐竹のメンタルがガクっと下がった!


「私は全部アナタたちに打ち明けたわ」


 ええ、そりゃもう赤裸々に語られましたとも。


 だからこうして、僕も佐竹も思案投げ首しているんじゃないですかあ?


「次は、()()()()()が覚悟を見せる番でしょ」


 天野さんは、僕たち二人を見て『アナタたち』を強調して言った。


 覚悟、か。 


 天野さんは『優梨が好き』だって、僕らに意思を示した。それが、天野さんなりの覚悟だったに違いない。


 優梨の姿で天野さんと接してきたけど、彼女がどれだけ懊悩して、鬱屈した日々をやり過ごしてきたのかまではわからない。


 でも、自分の恋愛対象が同性だと受け入れるのは、並大抵の覚悟じゃできないはずだ。


 自問自答を繰り返している僕だって、未だに自分が何者なのかわからないのに、僕と同い年の彼女が答えに辿り着けるわけがない。それでも、天野さんは『自分の気持ちに素直になる』と受け入れたんだろう。


 妥協があったかも知れない。


 煩わしい憂鬱も存在したはずだ。


 下腹部辺りにどす黒い鬱積が溜まって、逃げ出したい衝動に駆られたとしても、自分が抱いた感情に嘘偽りは無いって逃ずに立ち向かった。その結果、天野さんは僕が辿り着けるはずがないと思っている()()()を目で捉えているに違いない。


 道は険しく、どれだけ突き進んだって終着点に全く近づいた気がしなくとも、捉えていれば希望の光は見えてくる。喩えその終着点が自分の望んだ場所とかけ離れた荒野で、頼りの光が絶望の闇そのものであっても、次こそは光を掴んでみせるって、新たな目標を定められるはずだ。


 目標を掲げて進むのは、目標無しに進むよりも大きな経験を得られる。


 失敗から学べるのは、そういう人間だけで、無闇矢鱈に猪突猛進しても、周りが見えてないから帰り方もわからない。

 

 痛みさえも楽しんでやる、と天野さんは覚悟して、あの日、僕らの前に立ったに違いない。


 そんな天野さんに、僕はどんな覚悟を見せられるだろうか? ……無い。そんな覚悟、あるはずがない。


 僕が佐竹を責めるのも間違ってるんだ。


 だって、佐竹の所為にしておけば楽だから。


 情けないのは僕なのに、『情けないヤツ』というレッテルを擦りつけるのは最低だし、筋が通らない。


「お前はズバって言える性格だから、そう言えるんだろうけどな」


 僕が沈黙していると、佐竹が僕の憂鬱を肩代わりするかのように口を開いた。


「全員が全員、恋莉みたいな考えをしてると思ったら大間違いだ」


 佐竹の気持ちは有り難いけれども、それは論点がずれ過ぎだ。売り言葉に買い言葉だったとしても、先の発言は褒められたものじゃない。


「佐竹、それは」


「いいの、鶴賀君」


 違うよ、と言う途中で天野さんに遮られてしまった。


「そんな安い挑発で動揺するほど弱くないわ」


「そうかよ」


 ええ、と天野さんは微苦笑を浮かべる。


「変わる気がないのなら、そのままでいればいいんじゃない? 私は、その先に進むだけよ」


 その言葉の節々には、余裕すら垣間見えた。


 二人の中にある『優梨』という存在は、そんなに価値があるものなのか? 優志である僕には、一体どんな価値があるのだろう……いや、いまはそんなことを考えている場合じゃない。


 これは、宣戦布告だ。


 去り際に見せた天野さんの横顔は、決意を新たにしているように思えた。自分で自分を追い込んで、後戻りできないようにしているようにも見える。ストイック過ぎじゃないか? って心配すらしてしまうほど、天野さんはストイックさんだ。


 天野さんの言葉を受けて、佐竹はどう感じたのだろうか。


 佐竹は机に突っ伏したままで、担任の三木原先生が覇気の無い声で「朝礼をはじめまーす」と言っても無反応を決め込んだ。


 天野さんの言葉に、なにひとつ言い返せなかった僕は、佐竹よりも救いようがない馬鹿で愚か者だろう。背中を丸めて突っ伏している佐竹に、かける言葉も見当たらない。


 僕なんて、だれかに愛情を向けられていい人間じゃないのに、僕が二人を振り回してどうするんだ。


 問題はそれだけに止まらない。


 佐竹と天野さんだけじゃなくて、月ノ宮さんの事情だってあるんだ。


 それらを丸く収める妥協点なんて、本当に見つかるのか? と思いながら、三木原先生のどうでもいい話に耳を傾けた。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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