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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
三章 Unhappy Umbrella,
70/677

二十七時限目 現状は変えられない


 照史さんから譲り受けたハロルド・アンダーソンの『OLD MAN』も、ついにラストのページに差し掛かった。


 OLD MAN(時代遅れの男)と呼ばれたマフィアの中年男性は常に後ろ向きで、それでいて前向きに生きていた。然し、麻薬カルテルの抗争で無慈悲な銃弾を胸に受けて倒れ、抗争が過激化する最中、相棒の腕に抱かれながらその生涯に幕を下ろす。


 マフィアや、麻薬カルテルと関わった時点で彼の人生は終わっていたとも言えるし、だからこそ、自分の死を常に感じていたに違いない。であれば、だ。相棒に抱かれて息絶えた彼は、孤独な死を免れたわけであり、救いのある終わり方だったとも言えるけれど、結局、彼は物語の最後に死んでしまったってオチで、徹頭徹尾、後ろ向きで前向きだった彼の人生は随分と皮肉な話だと思う。


『彼の人生が幸福だったのかは、私にはわからない。だが、()()の眠りにつく直前に語った言葉こそ、彼なりの答えだったのだろう。そう思えてならない』


 最後に残した彼の言葉は、本編には記載されていない。でも、ここまで読み進めてきた読者ならば、〈時代遅れの男〉と呼ばれた彼がなんと言い残してこの世を去ったのかを、(おぼろ)げには想像できる。


 この作品は冒険活劇のような派手さはなく、かといってコテコテなハードボイルド作品でもなければ、文学と呼ぶには哲学的過ぎて荒削りなゴッドファーザーを見ている感覚に近い。でも、そこはかとなく人情的で感情移入し易い作品だった。


 一冊読み終えたあとに訪れる心地のいい虚脱感と、分厚い紙の束を読破した達成感を堪能しながら、どうしてハロルド・アンダーソンの作品に惹かれるんだろうと思いつつ本を閉じた。


 決して読み易い本とは言い難いし、ハロルド本は『好きか嫌いか』の極論でしか判断されないような作品ばかりだけれど、いい意味で未完成のような書き方をするアンダーソン作品は、僕の性に合ってるのかも知れないと、感慨に浸るような感想を抱いた。


 しかしいっかなこれまたどうして、ハロルドの作品を読み漁っているんだろう? と疑問が浮かんだ。


 もっと読み易い本は五万とあるじゃないか。贔屓にしている作家先生の新作だって何冊か発売されているにも関わらず、僕は洋書の和訳作品に拘っている。『洋書を読む自分かっけー』が無いとも言い切れないのが傷だけど、それを差し引いても疑問は晴れない。


 選ぶか……! 普通……!


 高校生が……! 時代遅れの小説を……!


 ざわざわしそうな倒置法を用いてみてもクズっぽくなるだけで、未来は僕らの手の中にありそうもない感が否めない。


 類友論で語るならば、僕も未完成だからこそアンダーソン氏の物語に興味が沸くのだろう。未完成的な作品の中に、答えを見出そうとしてるとも言える。


『空気のままでいいのか?』


『僕の存在価値は?』


 と、アイデンティティクライシスみたいな自問自答を繰り返している僕は、存在的な意識下に『本の中に答えがある』って模索していたりするんだろうか。


 片隅に置いてある全身鏡をちらりと目の端に入れると、一瞬ではあったが〈優梨〉の姿に扮した自分が映った気がした。


「え……?」


 寝惚けているのかと、服の袖でゴシゴシと目を擦ってもう一度確認すると、そこにはだらしない部屋着を着た冴えない男が、間抜け面で僕を見つめていた。


 鏡の中に一瞬写った優梨(かのじょ)については、寝ながらでも考えればいいだろう。五分もせずにどうでもよくなって、思考を放棄して眠るに違いない。


「そろそろ寝るか」


 そう呟いて、壁掛け時計を確認したら、長針と短針が天を差していた。


 ベッドに潜り込み、枕元に置いてある照明のリモコンでオフにすると、フェードアウトするように明かりが徐々に消えていく。瞼を閉じれば、こちこちと秒針が刻む音と、遠方にある高速道路を走る車の走行音が時折この部屋まで届いてきた。


 僕の住んでいる町は、暴走族がラッパを鳴らして走るくらいの田舎だが、今日みたいに適度な騒音があると、殊更に静寂が強調される。


 それにしても疲れた……、本当に疲れた。


 時間の無駄だとわかっていながら、似たり寄ったりな自問自答を止めることができないのは、変わりたいと思っている証拠なのかな……? いや、それはない。変われないという事実がたしかに存在して、それを受け止めるために自問自答を繰り返しているんだろう。


 枕元には琴美さんが強引に持たせた黒い化粧ポーチが置いてあり、タンスの奥にはウィッグや、女性用の服だってある。


『変わろうと望めば、いつだって私に変われるんだよ』


 頭の奥のほうで響いた声は、眠りにつくまで離れてくれなかった。








 駅に到着すると、地元の中学生たちが募金活動を行なっていた。


 まだ一年生だろう彼、彼女たちの表情に笑顔は無く、無感情のままに控えめな声量で真っ白い募金箱を持って「可哀想な動物たちのために協力お願いしまーす」と、道行く人々に声をかけている。


 愛想笑いの一つくらいすればいいのにと思いながらも、友人たちに笑顔を見せるのが恥ずかしいとか思ってるんだろうな、とか考える。それか、頑張っている自分を表に出すのが嫌なのかも知れないし、その両方って場合もある。然しながら、『絶対に笑顔を作るものか』としている姿は滑稽に思えて失笑してしまいそうだった。


 そんな僕が目に止まったのか、女の子が一人、トテトテっと歩いてきて、すっと募金箱を差し出した。


「募金、お願いします」


 なにこれ、新手のカツアゲ?


「急いでるんで」


 そう言って立ち去ろうとしたら、ジロリと睨まれた。多分、あまり募金してくれる人がいないんだろう。


 募金活動するのは勝手だが、場所がよくない。


 こんな田舎の駅で募金をお願いしても、利用者なんて微々たるものだ。一時間粘って六〇〇円集まればいいほうなんじゃないか? 一時間に一、二本程度しか電車が来ない駅だから、利用者は時間ギリギリに向かう場合が殆どだ。早く改札を通り抜けたい利用者が多いので、募金なんて目もくれないだろう。だとするならば、駅前で募金活動するよりも、改札を抜けた先で募金活動したほうが、より成果を上げられる。


『募金活動をしたいから』


 と、駅員に事情を説明すれば、快く協力してくれるだろう。田舎駅の地元の中学だし、それくらいの協力は吝かではないはずだ。


 そう思いながら改札を抜けて振り向くと、募金箱を持った彼女が、退屈そうな表情でとぼとぼと声出しに戻っていく姿を見て、「なるほどね」と納得してしまった。


 ここで募金活動をしたところで、大した成果を得ることができないと、彼女たち自身も理解しているんだろう。だから、型式だけの「募金よろしくお願いしまーす」であり、可哀想な動物たちを救おうとは思ってない。『やらされている』と感じているから、声を張ったとしても気持ちは届かないんだ。だって、そもそも『気持ち』自体が無いのだから。


 果たして、不毛な努力をする必要はあるのだろうか? 大声で叫んだって、だれの耳にも届かないのなら、そもそも声を上げる必要はない。


『参加することに意味がある』


 なんておべんちゃらは、参加したいヤツが使えばいい。参加したくない者にとって、それは『努力の押し付け』に過ぎないのだ。徳だけを積みたいなら、教会に行ってお祈りを捧げたり、賛美歌を歌えばいいだろう。信じる者は救われる理論で言えば、そういうことになる。


 だけど、ノアの箱船に乗れるのは選ばれた者のみだ。


 崩壊したあとの世界を再建できうる技術を所持している者や、政治家のお偉いさんもそうだけど、国民の中でも高収入な上流国民貴族だけは無条件に乗れるのがノアの箱船の本質であると僕は思う。


 そういう捻くれた考えを持つ僕は、きっと最下層のクズ認定なんだろうな。『人がいい』とは、照史さんもよく言ったものだ。


 照史さんは、僕の本質を見抜いていたのかもしれない……。そうだとすると、照史さんも大概じゃないか。


 僕に残された選択肢なんて、だれかが操作した結果でしかなく、僕が選べる選択肢は〈服従〉ってことだけ。


 はあ……、朝から嫌なものを見せられたな。


 到着した電車に乗って、ガダンゴトンと揺られながら、胸糞悪くて唾を吐きたい衝動に駆られた。





 * * *





 平穏無事とは言い難いが、いつもより偉く時間が長く感じた電車とバスの移動距離を経て学校に到着した。


 梅ノ原駅から通う同学年の連中もいるだろうけれど、僕のクラスでは僕の他に数人程度で、その彼らも部活動へと向かう。だから、教室の自分の席に座る頃はいつも一人だ。


 老緑の黒板は綺麗に磨かれて、右端には今日の日付が書かれていた。左端にはプリント類が磁石で適当にいくつも貼ってあるけど、そのどれも読んだ試しがない。おそらく、重要な情報が記載されているはずだが、いまのいままで読まずにいても不都合はなかったから、今後も読まずに終わるんだろう。


「いい天気だねえ……」


 曇り空を眺めて皮肉を吐いてみた。


 朝の時間は退屈だけど、音楽に耳を傾けながら狸寝入りするのは結構気に入っている。そうしていれば、余計な挨拶をすることもないし、変に気を遣われる心配もない。申し訳なさそうに「今日は曇りだね」なんて天気の話題でも振らてみろ、陽水の『傘がない』を聴きたくなるまであるぞ?


 ここは都会ではないし、だれかに会いに街へ行こうとも思わないけどさ。だけれど僕は吃りながら、「ども」って返事をするんだろう。ども、だけにね! 熱盛り! ……失礼しました。熱盛りと出てしまいました。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2020年8月7日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

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[気になる点] 前書き部分は誤字報告出来ないのでここに OLDMANの部分で 孤独な死をま逃れた→免れた では?もしくは「逃れた」でしょうか
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