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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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二十六時限目 メープルクッキー[後]


 今日の会議は終了して、佐竹、天野さん、月ノ宮さんと順番に席を立って退店したけど、僕は未だその場から立ち上がれずにいた。


 事態が僕だけを置いて進んでいく。


 それも、僕が思ってもいなかった方向へ。


『二人の疑いが晴れたのはよし』


 と、思えるほど僕は大人じゃない。


 やっぱり、『女装は趣味じゃない』って断言すればよかっただろうか。二人に恩義はあれど、それとこれとは別だ。このまま勘違いされながら、高校三年間を棒に振っていいのか?


「この状況を楽しめたらもっと気楽なのにって、言いたげな顔だね」


「え?」


 照史さんが徐に口走ったその言葉は、次に僕が思い浮かべるであろう言葉だった。


「楓から事情は訊いたし、さっきの話し合いも小耳に挟んでいたけど……優志君、キミは〝人がいい〟んだね」


 思いがけない一言が、僕の心に突き刺さる。


 大多数の人間は『優しい』という言葉を選ぶだろう。でも、照史さんはその言葉を選んではくれなかった。


「どういう意味ですか」


「気に障ったなら謝るよ。でも、キミはもっと我儘になるべきじゃないか……と、ボクは思う」


 そして、こう続けた。


「〝意見を言わないのが優しさとは限らない〟からね」

 

 その言葉は、ハロルド・アンダーソンの〈OLD MAN〉に出てくる一節だ、と直ぐにピンときた。


「キミが思っているより、世間というのは情報が不足してるんだよ。他人の一挙手一投足を監視するなんて不可能だろう?」


 ストーカーじゃないんだからさ? って笑うけれど、妹さんは限りなくストーカーしてますよ、なんて言えるはずがない。


「だから、考えるしかないんだ」


「考える?」


 照史さんは「そうだよ」と言って、空になった僕のカップに珈琲を注いでくれた。


 ──ボクの奢りだから気にせず飲んでいいよ。


 ──ありがとうございます。


「なんでもかんでも同調すればいいというものではない。反対意見があれば、それを声に発してもいいんだ」


 照史さんの言い分は、わからなくはないけれど、無慈悲な子ども社会でその言い分が通用するとも限らないし、通用しないことのほうが多い。


「納得できないかい?」 


「まあ……、はい」


 含みのある返答に、照史さんは苦笑いした。


「だからこそ、今日みたいにディベートを繰り返すんだよ。お互いがお互いに納得できないのだったら、落としどころを模索するしかないとは思わないかな」


「意見の擦り合わせってことですか」


「ちょっと違うけど、似たようなものだね」


 笑顔でそういいながら、照史さんは僕の手前に腰を下ろした。


「もしも、優志君が女装癖を持っていたなら、ボクの意見は参考にならないかもしれないけどね」


「いえ。そんなことはないです……、たぶん」


 嫌々ながら行なっている女装だけれど、女装しているときの高揚感は否定できない。自分が生まれ変わったような感覚に近くて、視野が広がり、なんでもないようなことが幸せだったと思う……って、それはロードだ。


 言いたいことが言えない世の中はポイズンではあるけれど、言いたいことを言った結果、彼らがこれまで築いてきた様々な縁が途絶えるのは忍びない。


 だから、言葉を濁すかのように『多分』という言葉を添えて同意とした。


「ああ、そうだ。こっちのクッキーもよかったらどうぞ」


 コーヒーポットと一緒に持ってきた小皿の上に、歪な丸を描いたクッキーが四、五枚乗せてあった。


「メープル味なんだけど、お試しに作ったから形が歪になってしまったんだ」


 なるほど、これはさすがに提供できないなと思うほどに歪んだ丸だった。この配慮は『空気を重くしたくない』という、照史さんなりの気遣いが起因した物だろう。


「いただきます」


 うーん、甘過ぎる気がする。


 照史さんは自分の口に一枚放り込んで、目を閉じてもぐもぐと顎を動かす。


「もう少し甘さを控えたほうがいいな」


 メープルシロップが好きだから、入れ過ぎてしまったみたいだと、照史さんは子どものように笑った。


 口の中に残ったクッキーをコーヒーで流し、苦味が残る(まにま)に頑是無い子どもの笑顔から一変して、粛然な表情で口を開いた。


「若い頃、ボクはキミと同じような悩みを抱えていたんだ」


 これは長くなりそうだ。


 そう覚悟して、粛々と訊くに徹する。


「月ノ宮家の跡取りだったボクは、父に逆らえない、自分の意見を伝えるなんてできるはずがなかった」


 いま思い返しても散々な日々の連続だったよ、とうんざりするように口吻を洩らす。


「だけど……ある日、こう思うようになったんだ」


「どう思うようになったんですか?」


「活路は自分で開拓するものだ、ってね」


 そう思うようになったきっかけがあるのだろうけれど、照史さんはそこに触れず言葉を続けた。


「そして、父と対立した結果、見事に意見が合わなくて勘当された」


「だから、ダンデライオンを?」


「だからというわけでもないけどね。路頭に迷っていたら先代マスターに拾われていまに至る……って感じさ」


 へえ、この店は照史さんが立ち上げた喫茶店じゃないのか。てっきり、照史さんが月ノ宮家の財力を駆使して、道楽当然に始めたものとばかり思っていた。


 先代のマスターは、どういう人物だったんだろう。照史さんの口振りだとご存命ではなさそうだ。思うに、白髪に眼鏡を掛けて、黒の蝶ネクタイが似合う小柄な紳士風のマスターだったに違いない。そして、バトル漫画だったら強キャラになるのがテンプレまである。


「ボクは自分の選択を悔やんだりはしないよ。いくら悟った振りをしたって、そんな悟りは〝諦観〟でしかないんだ」


 まるで自分に言い訊かせるように、照史さんは話を終わらせた。


 僕が自分に見切りをつけたのは、かれこれ三年前の話であり、それが僕の『常識』になっていた。照史さんの話を訊いて、それはそれで違うんじゃないかと反発したい気持ちはあるけれど、どうにも上手く反論の言葉が出てこなかった。


 それだけ『悟った振り』という言葉に、ナイフで胸を抉られるような衝撃を受けた。


 僕は知ったかぶって、悟った振りをしていたのかもしれない。そうしなければ、自分を保てなかった。他人との距離が延々と遠い。才能も、言動も、それら全てが彼らと違い過ぎる……いいや、もっと率直に言えば『劣化している』と言えるだろう。『才能のない僕は、才能のある人たちの邪魔をしてはいけない』って言い訊かせてきたこの言葉が、長い年月を経て何重にも積み重なり、結果、僕は空気に徹することを選んだんだ。


 でも、照史さんはそれを否定した。


「優志君はもっと、自分勝手になっていいいんじゃないかな?」


 ──僕は大概自分勝手ですよ。


 ──そうだろうか?


「大人らしくなるには早過ぎると思うけどね」


「大人、ですか……」


 大人ってなんだろう。


 自分一人で生活できるようになったら大人なんだろうか? 成人すれば大人として見なされるが、僕はありとあらゆる施設で『大人料金』を支払っている。未成年でありながら大人料金って、ちょっと納得できないよなあ……とか、どうでもいいことを考えてしまった。


「さすがに説教臭くなってきたから、この話は終わりにしようか」


 照史さんはそう言って立ちがあると、テーブルの真ん中にあった売れ残りのクッキーをカウンターまで運ぼうと皿ごと手に取った。


「十分立派なお説教でしたよ。でも、ありがとうございます」


「こんな辛気臭い話を訊かされても〝ありがとう〟って言えるんだね」


「それ、嫌味ですか」


「いやいや、素直に感心しただけさ」


 どうだろうな、怪しい。


「説教ってのはどうでもいい人にはしないものだから、その意味や意図をちゃんと理解しているんだね」


 そう言って、ははっと笑いながらカウンター内に戻った照史さんは、クッキーをビニール袋に移して僕に差し出した。


 ──はい、お土産。


 ──え、甘過ぎるので要りません。


 まあまあ、そう言わずにと、照史さんは強引にクッキーの入った袋を握らせた。


「まあ、あれです。僕みたいな陰気臭いやつに、ここまでお節介をやく人も珍しいですから」


「いい感じに皮肉を吐くようになって安心したよ」


 お陰様で、と僕は不敵に笑ってみせた。


 こうやって話せるのも、相手が大人だからだろう。これが佐竹たちだったら、僕は彼らの発言に対して押し黙っていたに違いない……いや、佐竹に限っては思いっきり反論する。そういう間柄を『気の許せる友だち』とカテゴライズするにはまだ時間が必要だ。


 彼らを本当の意味で『友人』と呼べるようになる日は来るだろうか。ただ、いま考えなければいけないのはそこじゃない。


 どうすれば女装しなくて済むか、だ。


 この問題を解決出来ない間は、彼らを受け入れることは出来ないだろうな。


 なんて思いながらダンデライオンを後にして、駅までの道のりを歩きながら、強引に握らされたメープルクッキーを摘んで帰った。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2019年12月20日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

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