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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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二十六時限目 メープルクッキー[前]


 昼休みだけではこと足りず、舞台をダンデライオンに移して延長戦が始まった。


 店内は今日も閑散としている。僕らが店に足を運んだときは、馴染み客風の老齢の男性がカウンターで静かに珈琲を飲んでいたが、僕らの姿を見るなり「ごっそさん」と言って足早に会計を済ませて帰ってしまった。


 本日もこの店は、僕らで貸し切り状態だ。


 ウッドベースの(こも)った低音を、主旋律に導くメロウなピアノがスピーカーから流れ、珈琲の香りと、先程焼いたばかりだというクッキーの甘い匂いが音楽と店の雰囲気を際立たせる。僕らが座したテーブルの中央に青白色の中皿が置かれて、そのお皿には、四角や丸型のクッキーが敷き詰められていた。


 人数分の飲み物が出されたあとに「サービスだよ」って、照史さんがくれた物だ。


 小麦色に焼けたバター味と、暗褐色の生地にアーモンドを練りこんだココア味の二種類が交互になって楽しげに並んだお皿を見て、照史さんは几帳面な性格だなあ、と人知れず思った。


 客に提供する以上は、サービス品と言っても見た目に拘るのは当然ではある。然し、気を遣って貰えると返って申し訳なく思う状況下にある僕らは、目の前にあるクッキーを花瓶に生けた花のように観賞するのみでいた。


 出来立てのクッキーなんて代物は、お菓子作りが趣味なら飽きるほど食べているまであるけれど、僕はクッキーを『スイーツ』と呼ぶほどお菓子作りに熱心じゃない。だからこそ、熱々のうちに一(かじ)りしたかったのだが、場の空気にあてられてしまい手を伸ばせず、残念ながらクッキーの表面に残っていた粗熱も冷めてしまっただろう。





 僕らがダンデライオンに到着してから、外を照らす太陽も茜色を濃くして、買い物を終えた主婦が百貨店のレジ袋を両手に抱えて歩くのを、窓から何度目撃したか定かじゃない。


「本当に〝いじめ〟はなかったのね?」


 天野さんの質問だって、かれこれ五回以上は執念深く繰り返して、佐竹たちは一〇回以上も回答したんじゃないかって思うくらいだ。


 この二人、どれだけ信用されてないんだ……。


「鶴賀君は、本当にいじめられてないの?」


 カコーン! って、床にボールを落とした甲高い音が店内に響き、照史さんの苦笑いと「失礼しました」の声が訊こえた。


「昼休みにも言った通りで、女装は僕の趣味であって、二人から強制させられたわけじゃないよ」


 僕の言葉を訊いて、向かい席に座る二人がコクコクと首肯する。どの面下げて頷いてるんだって思う反面、この二人のために吐いた嘘でもあるから、もやもやっとしたなにかが鳩尾辺りに燻っていても噯に出すわけにはいかない。


「そう……。わかったわ」


「やっとわかってくれたか」


 そう言ってクッキーに手を伸ばした佐竹をジロっと睨んだ天野さんは、佐竹が手を引っ込めるまで黙して待ち、だれもクッキーに手を伸ばさないのを確認してから、すっと猿臂を伸ばしてクッキーを一枚取って口に放り込んだ。


「うん。美味しい」


 それはそれは、ようございました。


「いじめなんて愚かな行為をするくらいなら、死んだほうがマシです」


 月ノ宮さんがそう言ってクッキーに手を伸ばしたが、佐竹のときみたいに目で訴えるような視線を向けず、佐竹は「なんで俺だけ?」と不満を洩らした。


「その考え方は極端過ぎるとは思うけど、二人がいじめをするはずないわね」


 疑ってごめんなさい、と頭を下げた。


「……だけど、疑われるようなことをしたアナタたちにも責任があるでしょ?」


 ──悪かった。


 ──申し訳御座いません。


 ──ごめんなさい。


 僕と月ノ宮さんはほぼ同時に、佐竹はワンテンポ遅れて土下座するかのように頭を下げた。


 これにて、一件落着。ようやく普通の男子高校生として学校生活を送れる……と、クッキーに手を伸ばした僕を、隣に座る天野さんが呼び止めた。


「鶴賀君」 


「は、はい?」


「鶴賀君の趣味に、私も参加していいかしら」


 僕は、途轍も無い間違いを犯したって、彼女の爛々と輝く瞳を見て思った。





 佐竹は意外にもアーモンドココア派のようで、月ノ宮さんが見兼ねて止めるまで、「うめえうめえ」と暢気に手を伸ばし続けていた。おかげで、バター味とココア味の比率がおかしくなっている。


 こういうの、僕はとっても気になってしまうのだ。


 パーティパックのカントリーマアムは、最後にどちらを食べるのか選びたいし、キャラメルコーンの下にあるピーナツが残るのも気になってしょうがないが、いまはそんなことを気にしている暇はない。


「なんで僕の趣味に天野さんが介入するの?」


「だって、鶴賀君には〝ユウちゃん〟になってもらわないと困るもの」


 訊いてなかったの? と、天野さんは小首を傾げた。


「鶴賀君には()()()があって、私は女装した鶴賀君が好きになった」


 女装癖ではないんだけどなあ……。この勘違いも、いつか正さなければならなそうだ。


「お互いに利害が一致してるでしょ?」


 まあ、天野さんのアドバイスがあれば、女装のクオリティも高まりそうではある。


 でもね、天野さん。


 僕に女装趣味は無いんだよなあ……。


 自分で撒いた種と言われたらそれまでだが、こうなったのも二人の弁明がド下手くそ過ぎたからだ。二人のフォローはいれたんだから、今度は僕のフォローをしてくれと目線で送ってみたら、二人は態とらしく視線を外した。


 コイツら、あとでエターナルフォースブリザードの刑に処す。冷たい冷気で頭痛が痛くなってしまえ! と呪いをかけて天野さんに向き直った。


「それと、佐竹」


「おう? まだなんかあんのかよ……」


「アンタ、ユウちゃんと付き合ってるって嘘でしょ」


「え」


 口に運ぼうとしていたクッキーが、手元からホールインワンするようにコーヒーカップの中へと落下した。コツンと軽い音がしたから、珈琲は飲み終えていたのだろう……大惨事は免れたってわけか。


「今後は遠慮なくいくからそのつもりで」


「あ、いや……マジで?」


 まあ、そういうことになる。


 優梨と付き合っているというのは、天野さんの告白を断ることが前提として成り立っていたのであって、そもそも優梨という人物は存在しなかったんだから、自動的に契約解消というわけだ。


 それはいい。


 懸念すべき事態は、これからの話だ。


 僕の企み虚しく、佐竹は優梨のことを未だに想っていて質が悪いのみならず、今後は天野さんも参戦するのだから、月ノ宮さんも黙ってはいないだろう。なにこの相関図。バミューダトライアングルくらいトライアングるってるじゃないか。


「アンタがユウちゃんを好きでも好きじゃなくてもどっちでもいいけど、アンタにだけは譲る気ないから」


「落ち着いてください、恋莉さん。取り敢えずいまは〝いじめはなかった〟という事実だけに留めませんか?」


 これより先はまた後日ということで、と月ノ宮さんが提案すると、天野さんは渋々ながら「わかったわ」と了承した。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或



【修正報告】

・2019年1月8日……誤字報告による誤字修正。

 ありがとうございます!

・2019年2月21日……読みやすく修正。

・2019年12月19日……加筆修正、改稿。

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