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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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最終回 女装男子のインビジブルな恋愛事情


 幸せの定義を説いても、実態が存在しない限り無意味だ。目に見えない物に対してどうこう言うのも違う気がするし、星の数ほどある幸の形を一つに断定するのもおかしいだろう。


『なにもない日常こそが幸だ』


 よく訊く言葉だし、その通りなのだけれど、それを『望んだ幸せ』にしてしまったら、これから先の人生を楽しく謳歌できるのだろうか? と立ち留まって一考したくなりそうで、どうもしっくりこない。


 琴美さんが望んでいる回答は、琴美さんが用意している回答に準ずるものだろう。


 望まれる答えを用意して、忖度して、小学校の道徳の授業を受けているお利口さんな子どものように模範解答をすればいい。いや、この場合はちょっと捻くれた感じに答えるのが正解だろうか。多分、知らんけど。


 とはいえ、裏を読んで逆パターンを選んだとしても喜ぶだろう。


 琴美さんは僕の捻くれた部分を、『面白い』と評価している。


 であれば、琴美さんが退屈そうな顔をして、『面白くない』と唾棄してしまう答えが理想で──わざわざそんな面倒なことをするのは阿呆らしいが、これが免許皆伝をいただく試験だから致し方ない。


 車の免許取得筆記テストのように、意地悪な問題を出され続けてきた僕だからこそわかる。


 琴美さんの禍々しさを孕んだこの問題には、おそらくらだが、予め用意されている答えなんてないのだろう。


 気まぐれとか、暇潰しとか、そういった類のテスト。


 右向け右の号令で教室に帰ってみせろ、的な意図を感じて止まない。


 ──琴美さんが出てくると、いつもこうして頭を抱えていた気がする。


 佐竹家の血がそうさせるのか、佐竹よりも更に波乱を生むトラブルを持ってくるのが佐竹琴美だ。


 だからこそ、迂闊に回答できない。


 椅子に座り、悩むこと数一〇分。依然として答えらしい答えは出てこないままだが、焦りはなかった。寧ろ、僕の心は穏やかである。


 以前の僕だったらこうはならなかっただろう。困って、焦って、早く答えないとと焦燥に駆られていた。


 然し、いまはその切羽詰まった感覚はなかった。


 琴美さんの問題ではなく、自分のなかにあった問題に区切りをつけられたから、その分、心に余裕が生まれたのかもしれない。


「ああ、なるほど」僕は呟いた。


 妥協案を提案していたのは、僕自身の問題に答えが出せていなかったからだと気がついた。それが功を奏しこともあったけど、もっと上手く立ち回れていたように思う。そのときはそれが最善であっても、だ。


 脳内で「ああでもこうでもどっちでもない」と自問自答しているうちに、朧気にではあるものの、答えの輪郭部分が見えてきた。


 考えて、考えて、考えた果てに出た答えをメッセージアプリのトーク画面に書く。一度書いたら読み直し、細かい修正を加える。


 結局、書いた文章を全部消してしまうのが悪い癖。なんのために書いたのかと疑問に思うけれど、これも確認作業の一つなのだと思うことにした。


 あれだけ書いたのに、いざ送信しようと書き上げたのは単文だった。単文というよりも単語だ。


 漢字で二文字。


 顔文字や絵文字もなく、スタンプだって送らない。同年代の女の子が見たら、「怒ってるの?」と勘違いされてもおかしくないし、素っ気ないと受け取られてもしょうがない。


 でも、相手は琴美さんだ。


 僕の彼女でもないのであれば、機嫌気褄を伺う必要もないだろう──そう思い、『(こう)(ねい)』とだけ送った。


 自分の心がやすらかであることが、一番だと思った。


『ホント、捻くれてて面白い子』


 五分後、琴美さんはそれだけ送ってきたが、僕としては不満が残る結果だった──まあ。


 琴美さんが言いたいことも、わからなくはない。康寧であることが幸せと謳った本人が、それとは真逆の決断をしたのだから、それは『捻くれている』と言われても当然である。


 そうして、僕の冬休みは終わった。





 * * *





 季節は五月──。


 僕らは三年生になり、使わなくなって自室の勉強卓の引き出しに詰め込んだ教科書と、ノートの分だけ初々しさは薄れてしまった。


 捨てなきゃなと思いつつも、残して箪笥の肥やしにしてしまうのだ。せめて卒業までは残しておこうという気分にさせるのが教科書という書物のありがた迷惑さである。


 一年生の頃に作られたグループは、その役割を大きく変化させていた。


 教室の実権を握る三グループの一つである佐竹軍団は、相変わらずクラス一の騒がしさを誇っているが、彼らも一年生の頃とは一味違う。


 佐竹軍団の現在は、祭事や政り事に率先して動く実行部隊に変貌した。


 いやいや、これから大学受験を控えてるわけで、力を発揮するべきなのは勉強でしょう? とは思うのだが、それでもクラスを活気づかせるべく立ち上がったのは、一重に佐竹の成長が大きく関係しているはずだ。


 これまでの佐竹は、『どこか頼りなくも頼れるリーダー』だった。それがいまでは、月ノ宮さんと同格に扱われている。


 不思議だ。頭が悪いし要領も悪い、オマケに語彙もない佐竹が、どうして月ノ宮さんと肩を並べられるのだろう。


 それでも、クラスメイトたちは、挙って佐竹を頼ろうとする。佐竹だったらなんとかしてくれるんじゃないか? と。


 佐竹を頼って、頼られた佐竹は仲間に頼って、そのサイクルによって生まれたのが、真・佐竹軍団である。


 いままでとなんら変わりはないのでは?


 そうと思うかもしれないが、場数を踏んだ軍団員たちのレベルが上がったようで、佐竹軍団を評価する声は後を絶たない。


 それは、月ノ宮楓率いる月ノ宮ファンクラブにも言えることだ。


 いままでは月ノ宮さんに気に入ってもらうためにおべんちゃらを言うだけの金魚の糞だった彼らも、月ノ宮さんに認めてもらうために努力と研鑽を積んでいる。


 学力が向上して平均点が上がってしまったのも彼らの努力の成果だが、勉強が苦手な者たちにとっては目の上の(こぶ)のような存在である。


 一方、天野さんたちのグループは、声の小さい女子たちの拠り処として機能している。


 天野さんはより一層女子たちの人気を得て、それはそれで困るんだけどと苦笑いしながらも、不真面目に取り組む者たちに言葉の鉄槌を下している。


 不幸にも、それがクセになって性癖を歪めてしまった男子が若干名。


 天野さんにゴミ芥を見る目で睨まれて喜んでいる様が、もう本当にご愁傷様としか言えない。


 で、僕は結局それらの派閥には所属せず、我関せずを決め込んでいる。


 早くこのスマブラのような大討論会(ホームルーム)が終わらないものかと矯めつ眇めつしているのだ。


 というか、掃除当番決めにいつまで掛かってるんだ。そんなにゴミ庫当番が嫌なのか。──そりゃあ嫌か。


 なるべく僕もゴミ庫の掃除はしたくないが、きっと僕がやる羽目になるのだろう。これ、無所属の運命かな。





「おい、起きろよ」


 嫌だよ、と思ったら、右肩を大きく揺すられた。


 春の陽気に誘われて惰眠を貪っていた僕を強引に起こそうとするヤツは、この場で極刑にしたい。──という願望である。


 それでも抵抗を続けていると、


「二度寝の態勢を整えようとしてんじゃねえよ、ガチで!」


 佐竹に頭部を叩かれた。ごん、という鈍い衝撃からして手刀だろう。


 いつからツッコミに暴力も厭わないヤツになってしまったの? 育て方を間違えてしまった。育ててないけど。育てたくもないが。


「あと二〇時間待って……」

「このまま泊まれば遅刻の心配しなくていいなってか!?」


 ──ああもう、下手なツッコミが煩しい。


 強張った首をゆっくりと持ち上げて、声がしたほうを向く。


 そこに座っていたのは、佐竹軍団筆頭、クラスのリーダー、語彙がちょっとだけ増えた雰囲気イケメンの佐竹義信だった。ガイアが囁きかけそうな髪型をしている。


「もうホームルーム終わったぞ。()(たけ)()(おり)が〝一緒にゴミ庫当番頑張ろう〟ってさ。──どうして俺が伝言しなきゃならねえんだよ」


 みたけ……?

 かおり……?


 訊き覚えのない名前ではないが、顔が出てこない。


「だれ?」

「お前なあ」


 佐竹は呆れ顔をして、


「もう三年だぞ? さすがにクラスメイトの顔と名前が一致しないってのは普通にやべえって、マジで。ナチュラルに」


 そう。増えた語彙というのが、この『ナチュラル』である。他にも『シンプル』や『ガンダ──秒で、の上位互換──』も加わってしまい、より複雑に、より解読が困難になっている。


 だが、本人は割と普通にガチでナチュラルな言葉選びという認識の様子で、ガンダしても、うまぴょいしても、到底理解できない異次元な方向に飛んでいくのだ。


 寝ぼけながら佐竹を見ていると、妙に真面目な顔をして、僕の相貌を凝視する佐竹。──ああ、これはいつものパターンだな。


 またクラスの面倒事に首を突っ込んで、佐竹軍団でも解決できずに首が回らなくなってしまったに違いない。


 真実を言うと、クラスメイトの悩みを解決しているのは佐竹軍団とされているが、その大半を解決しているのは僕である。僕が佐竹にアドバイスして、それを佐竹軍団に下ろした結果、解決して『佐竹軍団すげー』の図が完成だ。


 つまり、貧乏クジを引かされ続ける僕が一番損してるけれど、その都度、珈琲を奢らせているからwin-winの関係と言えよう。


 はてさて、今日はいったいどんな問題だ? と構えていると、どうにも様子が違う。佐竹は僕の目を真っ直ぐ見ながら、


「いつも思うけど、優志の目って綺麗だよな。それに、寝起きの顔も……いい」


 いきなり気持ち悪いことを言い始めた佐竹に戸惑いつつ、「それはどうも」と棒読みで返した。


「なんだよ。もっとこう、リアクションあんだろ?」

「はいはい、わかったわかった。わーいうれしいなー」

「ほんっとうに、そういうとこだぞ!?」

「──で、なにかあったの?」


 このままではもっと恥ずかしくなりそうな発言をしそうなので、本題に入るべく水を向けた。すると、佐竹は徐に僕の右頬に触れながら、「あのさ」。



 俺の彼女になってくんね?



 サアと風が吹き抜けて、カーテンを揺らす。斜陽が黒板を照らし、茜色と影を濃くしていた。空には飛行機雲が伸び、木の枝で羽根を休めていた烏が、アア、カアアッ──と鳴いて羽ばたいた。


 あの日もちょうど、今日と似た景色が教室に広がっていた。


 懐かしい記憶。

  

 その言葉で僕と佐竹は出会い、友好関係が繋がっていった。僕はもう独りではない。天野さんも、月ノ宮さんだって、いてくれる。


 そして。


 あの日に近いタイミングで、あの日とは違う関係の彼が、隣で必死に僕を口説こうとしていた。


 口説き文句としてその言葉を使うのは、しかしいっかなこれまたどうして──ほんのちょっぴり心を動かせれてしまった僕は、案外ちょろいのかもしれない。


 だから。


 いつもみたいに皮肉をいうでもなく、馬鹿にするでもなくて、真摯に彼の言葉を呑み込んで、僕は照れ顔を見せないように両手で隠した。


 こんな気持ちにさせるなよ、と文句は言ってやったが、指の隙間から覗いた彼は朗らかに微笑み、もう一度、声に力を込めて同じ台詞を繰り返す。


 一部分だけ変えて、シンプルに、それでいてナチュラルに、俺の彼氏になってくれ、と。


 ──教室に僕らしかいないことをいいことに、やりたい放題だな。


 同性との恋愛を受け入れた佐竹と、未だに実感がわかない僕との温度差に圧倒されてしまいそうになる。それでも、僕は答えを出したのだ。


 佐竹に、好き、と伝えたのだ。

 後悔はない。


 事情を知らない人が僕らの関係に気づいたら、気持ち悪いと思うだろう。


 それでいい、と僕は思った。だれに理解されなくとも、大切に想っている人たちが理解してくれているのだから充分だ。


 顔を隠すのをやめて、佐竹を見遣る。


「もう、なってる、から……」


 それだけ返すと「そうだったな」って、嬉しそうに天井を仰いでいた。


 これから僕らは、ダンデライオンへ向かう──。



 

【あとがき】


 どうも、瀬野 或です。


 この度【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】は完結を迎えました。


 これも、ブックマークして下さったり、感想を書いてくださいったり、更新される度にアクセスしてくださった方々のおかげです。ありがとうございます。


 当初の【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】は、それまで書いていた【私、元は邪竜でした】というファンタジー小説を完結出来ずに辛酸を嘗め、その悔しも相俟って自身の文章力を向上させる一環で書き始めた小説でした。


 それがいつの間にか多くの方に知って貰えて、ブックマークや評価も頂ける小説になり、あの頃よりはマシになったのかな? と思う次第です。


 小説家になろうは作者ではなく作品にファンがつくサイトである、と某有名作家様が仰っていました。でも、いつかは『瀬野 或先生のファンです』と仰って頂けるようになりたいと思いつつ、締めとさせていただきます。


 いままで応援ありがとうございました!

 次回作でもお会い出来れば幸いです!


 by 瀬野 或


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― 新着の感想 ―
 高校生の頃、この作品を読んでいました。その頃の私も優志くんと同じく性に悩んでいて、この作品が救いになったことをよく覚えています。受験期で読むのをやめてしまいそれきりでしたが、最近性別の問題に折り合い…
[良い点] 久しぶりに読み返しましたけど、やっぱりとても素晴らしい作品でした…… 優志くんちゃんがだんだん好感度上がって行くのも見ていてとても楽しかったです(ニチャァ) どうかどうか、後日談がめち…
[一言] 瀬野先生長きに渡る執筆お疲れ様でした。 自分が先生の作品を初めて読んだのがこの 「女装男子のインビジブルな恋愛事情」でした。 とても楽しく読んで寝不足になってましたw 本当に小説というジャン…
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