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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百七十四時限目 鶴賀優志の恩返し


 視線が僕に集中している。終わりを待っているような表情だった。自身が望んだ結末ではなくても受け入れる──佐竹と天野さんはそう言ってくれたが、どちらかが不幸になるエンディングなんて、僕は望んでいないのに。


 然し、それこそ勝手というものだ。これ以上、皆を僕の我儘に付き合わせてはいけない。善意には誠意を持って返す、それが僕のモットーだったはずだから、受け取った気持ちは返さなければならない。返すんだ、なにもかも。


「訊いてほしいんだけど」


 訊いてほしいことなんてなかった。 

 耳を塞いで、なにも訊かないでほしい。


 これから言う言葉の数々はきっと凶器になる。


 痛めつけたいわけじゃないし、傷つけたくもないが、最終的には刺してしまうことになるだろう。だからこそ、なにひとつも訊いてほしいとはおもわなかった。


 三人は首肯して、僕の言葉を待っていた。

 待たなくていい、と僕は思う。

 思うだけで、口にはしない。

 

「どうして今日まで答えが出せなかったのか──それを訊いてほしい」


 失うのが怖かったからは、さっき伝えた。

 それとは別の理由がある。


「僕は、鶴賀優志でいたいんだ」


 女装すれば自分の心を解放できるけれど、それは優梨であって優志ではない。でも、優梨という存在を否定するわけではない。優梨は僕という存在を形成するパズルの一ピースだが、パズルを繋げて完成させた絵が優梨になってはいけない。つぎはぎだらけの絵でも、そこには鶴賀優志が描かれていなければ意味がないのだ。


「それを証明したくて、僕はこのドレスを着てる」


 優梨ではなく、鶴賀優志として、受け取ったドレスを着る。皆は口を揃えて「似合ってる」と言ってくれたけれど、僕にはどうもちぐはぐに思えてならなかった。だけど、それでいい。()()の姿でこのドレスを着ることに意味がある。


「もう、優梨は卒業しなくちゃいけないんだ」


 鶴賀優志であるということは、優梨の皮を脱ぎ捨てることである。


「女装を辞めるわけじゃなくて、優梨という概念を棄てる」


 いつ頃からかだったろうか。

 優梨という存在のなかに、優志が混ざり始めた。

 優梨であろうとすればするほど、優志が濃くなっていった。

 分離する必要なんてなかったのかもしれない。


「女性になりたいわけじゃないんだ」


 僕でいることの条件に〈女装〉があるだけで、全てではない。


「もちろんこれからも女装は続ける。でも、それは自分を偽るためではなくて、僕が僕であり続けるためにね。──その努力は惜しまないつもりだよ」


 そして、恋愛のこと──。


「僕はこれまで恋愛という恋愛はしたことがなかった。異性を意識したのも高校生になってから……というか、天野さんと月ノ宮さんに出会って、始めて意識したと思う」


「それは、私も候補に入っていた、と仰りたいのですか?」


 挙手をしてから月ノ宮さんは言った。


「候補とはまた違うかな」


 月ノ宮さんは美人だし、告白されていたらわからない。でも、月ノ宮さんに対する好意は、恋愛とは別物のなにかだ。やっぱり、しっくりくるのは〈好敵手〉なのだろう。


 敵視しない好敵手というのもおかしいけれど、お互いに意識しあって、たまに対立して、適度な距離を保つ。そこに〈尊敬〉はあっても〈恋〉はない。友だち以上親友未満が、とてもいい具合に収まる関係だ。


「候補ではないとはっきり言われると、それはそれで腹立たしいのですが……まあ、いいでしょう。私は恋莉さん一筋ですので」


 天野さんに抱きつこうとして、両手で拒まれる月ノ宮さん。


「どうして私の愛を受け止めてくださらないのですか!?」

「TPOを弁えないからよ!」

「私の愛はそれらを超越しているのです!」

「勝手に飛び越えないでくれないかしら!?」


 その辺にしとけ、と佐竹に注意されて不服そうに顔を顰める月ノ宮さんだったが、「その通りよ」と天野さんにも注意されて、渋々ながらも居住まいを正した。


 皆が落ち着くまで待ち、静かになった頃合いを見計らって続きを話す。


「異性を意識したことがなかった、とさっき言ったけど、それは同性も同じで、そもそも同性と恋愛するという選択肢もなかったんだ」


「そりゃそうだよな」


 佐竹は自分の発言を噛み締めるように言った。


「俺だって同性との恋愛なんて〝あり得ねえ〟と思ってたわ」


「あ、それ、私も思ってた」


 佐竹の意見に天野さんが首を縦に振って同意する。


「私は性別なんてどうでもいいと考えてきましたが、優志さんを取り巻く環境を傍で見ていて、いろいろと考えさせられました」


 異性に恋愛感情を向ける人が、同性に恋愛感情を抱くのは稀だろう。


 そもそも同性と恋愛できる人は、異性だ、やれ同性だと騒ぐ必要もないので、月ノ宮さんのように性別関係なく愛せると、「どうして悩む必要があるの?」と疑問に思うのかもしれない。


 だが、世間はどうして同性の恋愛に差別的で、男性同士であれば尚更に差別の色は濃くなっていく。


 ホモという二文字がネタとして使われている現状を鑑みれば、男性同士の恋愛が如何に異色であり、理解できない者たちから毛嫌いされているのかがわかるだろう。


 一方で、女性同士のほうが認知度は高そうではあるものの、それはそれで別の問題点が浮上する。


 いまでこそ女性同士の恋愛を描く〈百合〉というコンテンツが受け入れられてきているけれども、その裏側では、同性間の恋愛を世間に伝えようとする作者たちの血が滲むような努力や熱意があったのかもしれない。


 どちらにしても社会的にマイノリティであることに変わりはないわけで、『百合・薔薇(=男性同士)は尊い』と気軽に発言できるのは、顔バレしないSNSのみだ。石を投げられたり、後ろ指をさされたくないのであれば、息を殺して細々と生活するしかない──というのが現状である。


 それらの波は、僕らにも容赦なく押し寄せてくる。いや、子ども社会のほうがその波は大きく、より凶悪になっていく。同性と恋愛することは悪だとすら考えてしまう者もいて、いじめのターゲットにもなり得てしまう。


 悲しいかな、これが子どものルールなのだ。


 そういう理由もあって、異性と同性、どちらが恋愛対象かと仮に訊ねられた場合、僕は『異性』と答えてしまうかもしれない。それが嘘であれ本当であれ、自分と違う者を徹底して排除しようとする子ども社会で生き抜くには、嘘も方便とするしかない。──息苦しい世界だ。


 佐竹だって僕がすきとは公言していないし、天野さんや月ノ宮さんだって他言はしていない。でも、それは必要なのだろう。築き上げた地位を守るには、多少の嘘や秘密を抱えなければならない。それは僕も理解できる。


 ──だったら。


 この場だけは。

 僕らだけの世界では。

 恥を承知で真実を語りたいじゃないか。

 偽ることなく自分を曝け出せる。

 自分の心に正直になれる。

 だから、この席が僕の居場所で、守りたい世界なのだ。  


「僕の本当の気持ちを、みんなは受け止めてくれるかな──」


 声は震えて、自信の欠片もない。

 自信なんてものは、いつだってなかった。

 自信がないから空気であることに徹してきた。


 ──差し詰め、女装男子のインビジブルな恋愛事情、か。


 全く以って巧くもない喩えに、苦笑いすら誘えない。


「当たり前だ。そのために集まったんだぜ?」


 ──ありがとう、佐竹。


「覚悟はしてきたつもりよ」


 ──ありがとう、天野さん。


「最後まで見届けさせていただきます」


 ──好敵手として頑張るよ、月ノ宮さん。


 僕は選ぶ。

 正しい選択だとは思わない。

 なにが正しいのかもわからない。

 だけど、最後くらいは堂々と胸を張って言おう。

 それが僕の恩返しだから──。



 

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