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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百七〇時限目 始まりと終わりの味


 賑々しい雰囲気になったけれど、僕はその様子に不自然さを覚えていた。


 この格好が話のネタとなって会話が広がるのはいい。反応に困って口を閉ざすより何倍もマシだ。だけど、会話が途切れた瞬間に見せる三人の困惑したような笑顔が、大空に浮かぶ太陽を遮断する流れ雲のようにふと影を落とす。


 ──このままでいいはずがない。


 そうは思っても、いざ本題を切り出そうとすると見えざる手が喉を締めつけるような息苦しさを感じて、『このまま終わってしまってもいいんじゃないか』と弱い僕が弱さを肯定してしまう。それでは駄目だと理解していても、気持ち悪い光景を傍観するのみで、話は延々とループしていた。


 そんなときだった。


 傷が入ったCDのように繰り返し続けていた会話がすと止んだしじまに、月ノ宮さんが()(ぜん)とした態度で被っていたサンタ帽子を脱いだ。


「茶番はこれくらいでよいのではないでしょうか」


 どきり、心臓が跳ねる。


「お二人もどうしてこのような回りくどい方法で集められたのか予想はしていたでしょう。優志さんだってどういう想いでこの場に馳せ参じたのか、それをわからない私たちでは御座いません」


 息が詰まる。


 一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまった。


「私がドレスを差し上げた理由について、優志さんは既におわかりになっていると存じますが、一向に話が進みませんのでこのまま私が進行を務めてよろしいでしょうか」


 有難い申し出だけれど、それでいいのだろうか。


 僕が置き去りのまま進行されて、二人は納得できるのだろうか。


 ──できるはずないよな。


 頭を振る。


「ありがとう月ノ宮さん。でも、ここは僕が引き受けるよ」


「それがよろしいかと」


 そういって、月ノ宮さんはティーカップに口を付けた。そして、カップのなかになにも入っていないことに気がついて頬を染め、「締まらないですわね」と苦笑い。


「お兄様、お飲み物のお代わりをお願いします」


「そろそろだと思っていたよ。楓、持っていってくれるかい?」


「ええ、もちろんです」


 銀色の丸型トレーを月ノ宮さんが運ぶ。天野さんにはロイヤルミルクティーが、佐竹にはホットココアが、僕の前にはブレンドが置かれた。月ノ宮さん本人は紅茶で、砂糖とミルクは入っていない。先程飲んだレモンティーとは別の茶葉を使っているようで、どうやら妹専用茶葉で淹れたもののようだ。


「この味だよな」


「落ち着く味だわ」


 一口飲んでしみじみ呟いた佐竹に、天野さんが頷いた。


 慣れ親しんだ味は、様々な記憶を呼び起こす。楽しかったこと、辛かったこと、苦しかったこと、嬉しかったこと──それらが溶け合った味がして。


 僕らを取り巻く関係が始まった頃の味であり、終わりを告げる味だった。


「もう、決着をつけようと思うんだ」


 決着とはまた随分と自分勝手な言い回しをしてしまったが、三人は大きく首肯するだけで、なにも語らない。


「その前に一つだけ──このドレスの解釈だけ披露しておきたいんだけど。いいかな、月ノ宮さん」


「どうぞ」


 ありがとう、僕は会釈程度に顎を下げた。


「天野さんは、僕のドレス姿を見てどう思った?」


「え? そうね、似合ってると思ったわ」


 佐竹は? とは言わず、目視だけで訴える。


「俺だって似合ってると思ったぞ?」


「二人ともありがとう。──でも、僕にこのドレスは明らかに不釣り合いだよ。それは、プレゼントした月ノ宮さんが一番理解しているはずだよね」


「どういうことだ?」


 佐竹が口を挟んだ。


「月ノ宮さんの発言を思い出してほしい」


「赤鼻のトナカイコスをさせたかったって言ってたな」


「多分、その発言は関係ないんじゃない?」


 じゃあどの発言だよ、と子どもみたいに意固地になって反発する佐竹。


 天野さんは右手の人差し指で顎に触れながら、


「化粧せずとも女性らしさが滲み出る、って節じゃないかしら」


 多分ね、と添える。


「その発言がどうまずいってんだよ」


 ──やけに食い下がるなあ、佐竹。


 僕と月ノ宮さんは放置プレイを食らって、ただ黙々と二人の漫才を見守るばかりだった。


 やたらと食い下がってくる佐竹に辟易した天野さんは、佐竹をぎと()めつける。


 カエルを黙らせる蛇の一睨みに、佐竹はびくんと背筋を伸ばした。


「それをいまから私たちに伝えようとしてくれているんじゃない。アンタが口を挟むと余計に話が拗れるんだから黙って訊いてなさいよ」


 そう窘められた佐竹はしゅんと肩を落として、湯気立つココアをちびちびやりだした。虚ろな目で「ココアうめえー」と現実逃避している。不憫だ。しゃかりきに不憫だ。ドンマイ佐竹。


「私の発言が意に沿わなかったのならば、謝罪致します」


 静かになった頃合を見て、月ノ宮さんは言う。


「いいや、そうじゃないんだ。月ノ宮さんは間違っていないよ」


 間違ってはいないが、褒め言葉をそのまま受け取れるほど純情無垢じゃない。それなりに捻くれていて、そこそこに拗らせている僕である。


 だから、褒め言葉にも裏があるのではないか? と勘繰ってしまう。


 悪癖だと自覚していても、こればかりはどうしようもない。そのおかげで勘違いせずに生活できたわけだし、この悪癖が功を奏した場面も幾つかあった。


 勘違いしないのは、とても困難である。


 目と目が合った瞬間に笑われたりでもすれば自分の容姿を笑われたと思うし、電車で座った拍子に隣に座っていた女子が席を立ったりしたらうっかり死にたくなるものだが、それら全ては自意識過剰のなせる技である。


 大概、世間は他人に興味がない。


 そりゃあ街中で奇行に走っていれば携帯端末のカメラで撮影されることもあるだろうが、世間一般常識クイズ〈小学生編〉をクリアできる人間であれば、携帯端末のカメラを向けられることもないはず。僕の場合はそこを拗らせ過ぎて空気になりたいと願ったのだが──捻くれた性格までは改善できそうにない。


「では、なにが引っかかったのでしょう?」


 おそらく、あの発言に隠されたメッセージは──。


「意識の誘導、だね」


「疑ぐり深いのは感心しますが、少々考え過ぎでは御座いませんか?」


 そうだろうか。


「少なくともその発言で、二人は僕の影に優梨の姿を連想したと思うんだけど──二人とも、どうかな?」


「言われてみると、いまの優志君とユウちゃんの姿を重ねたのはその発言からかもしれない」 


 天野さんは「そういう意図があったのね」と思慮を巡らせているが、佐竹だけはぽかーんと口を開いて「なに言ってんだ?」って顔をしていた。



 

【修正報告】

・報告無し。

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