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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百六十九時限目 鶴賀優志はすくわれない


 どうして人間には性別があるのだろう。人間に性別という概念がなければ、仮に男の体だったとしても、女性服を着ることになんら違和感も抵抗もないのではなかろうか。


 喩えば、昨日は男装をしていたけれど、「今日の気分は女性だから」と当然のように女子制服を選んでも後ろ指を()されず、また、異性の服装を身に纏う同性の知人に恋をしたとしても、『それが恋愛である』と世界が認知していれば、他人をすきになることに、性別なんて些細な問題でしかないのではないか? とか。


 戸籍上の男性が、女子の服を着ておめかしをした同性の他人に恋焦がれたり、戸籍上の女性が、男性の服を着てお洒落に決めた同性の他人に胸を締め付けられるような感覚に陥ったとしても、性別という思念がなければ当たり前の感情になり得るのではないのか──なんて、そんな『もしも』は詭弁でしかない。


 この世界に生を受けたときから僕らには性別があって、それが常識だと教えられて、マイノリティたちは理解されず、窮屈な箱庭のなかで息を殺し、ひっそりと生きていくのがやっとだ。


 認められるには努力が不可欠だが、努力が報われるという保証はどこにもない。


 それが現実で、普遍的な常識。


 僕は別に、マイノリティの代弁者を気取っている気はない。僕が僕として生きられたらそれだけでいい。僕を理解してくれる人がいれば満足だ。


 高望みはしない。性差別を訴えるデモ活動に参加したりしもしなければ、見ず知らずの『風吹けば名無し』さんとセクシャルマイノリティについて口論するつもりもない。


 僕が僕として存在できる環境を守らなければならないとは思う。多分、抗議活動をしている人々は、自分が住む場所を侵されたくないと戦っているのだろう。凄いな、と素直に思うし、その努力が報われてほしいとも思う。ただ、僕にはそこまでの熱量がないだけだ。彼らのように気持ちや想いを訴える『スローガン』が、僕にはないのだろう。


 ことなかれ主義、と言われてしまうかもしれない。声を上げなければマイノリティを差別している者たちと同じだって、石を投げつけられても文句は言えないけど、僕はそういうやり方を好まないだけだ。


 おそらく、僕は女性になりたいわけじゃない。


 女性に憧れを抱いている、ともまた違う。


 僕が僕でいられる手段が女装であって、生き方ではないのだろう。


 スローガンがないと言ったけれども、一つだけ、スローガンなんて大層なものでもないが、これだけは主張したい、と強く思うことがある。


 だれがだれをすきになってもいいじゃないか。


 気持ちに、心に性別は関係ないはずだ。それに、だれがだれをすきになっととしても、画面の向こう側にいる『顔無し』さんには関係のないことで、なにを言われようとも自分を認めてくれた存在がパートナーになったならば、それだけでいい。


 僕が生きている世界は、携帯端末のなかでもなければ、他人の常識(あたま)のなかでもないのだから。





 * * *





 確固たる意思を持ってドアを開けたはずなのに、三人の姿を見ただけで足が止まってしまった。動けない、のではない。動きたくない、と脳が思考を遮断している。


 僕の確固たる意思は、こうも簡単に脆く崩れてしまう豆腐のようだ。しかもおぼろ豆腐。それ、最初から崩れてませんかねそうですよね。分葱と生姜を乗せてめんつゆで如何でしょうか。


 早々に崩れ去った僕の意思がスプーンによってすくわれることもなく、どう足を踏み出せばいいものかと理由を探していると、頭だけをこちらに回していた佐竹が馬面を破顔させた。


「こりゃあれだ、あれ。ええっと、馬子にも衣装的なことわざあったよな?」


「的なじゃなくてそれであってるけど、馬子にも衣装は褒め言葉じゃないわよ」


 天野さんは佐竹の間違った言葉の使い方を正して、はあ、と深く息を吐く。


「じゃあ、こういうときの適切なことわざは?」


 どうしてもことわざで表現したいのか、佐竹。


「無理にことわざで表現する必要もないかと──素直な感想を言えばよいのではないでしょうか」


「それもそうか」


「納得するの早いわね」


 同感である。


 大してことわざに拘りはなかったのかもしれない。


「いつまでもそこに立ってないで、座れば?」


 呆れ混じりの声で天野さんに促され、僕はようやく足を動かす理由を見つけることができた。


 佐竹が立ち上がり、僕は先程まで座っていた窓際の席に落ち着いた。


「それにしてもそのドレス素敵ね」


 それには送り主の月ノ宮さんが、誇らしげな表情で鼻を鳴らした。


「トナカイ姿に赤鼻を付けさせてみようとも思ったのですが、こちらのほうが相応しいと思ったので──よくお似合いです」


「ああ、普通に似合ってるよな。ガチで」


 普通ねえ、と天野さん。


「それで優志君のドレス姿を褒めてるつもりなの?」


「一々揚げ足取んなよ、マジで」


 そうはいっても揚げ足の一つや二つ取りたくもなる。若者言葉は使い勝手がよいけれども、いざというときに物事を巧く表現できなくなる危険性を伴う。


 役員会議で発言を求められ、咄嗟に『自分は普通に』などと宣ってしまった後に後悔しても遅いのだ。


 部長に怒られてぴえん、とか言ってる場合ではない。


 ぴえん通り越してぱおんとか言ってる合間に、自分の地位がずどんしているまである。


 取り返しがつかなくなる前に、佐竹には正しい日本語を学ばせる必要がありそうだ。──それって僕の役目なの?


 しかし、と前置きを入れて、


「優志さんは化粧をせずとも女性らしさが滲み出てしまうのですね」


 散らかった空気を整えるかのように月ノ宮さんが言った。


「まるで宝石の原石のようです」


「大袈裟だよ。僕はそんなにいい物じゃない」


「人間の価値は自分が決めるものでは御座いませんよ? 他人が評価して初めて価値が付くのです。ですので、佐竹さんの価値は、私が利用して差し上げる程度にはある、というところですね」


 と、月ノ宮さんがさらっと怖いことを言う。


 前半部分だけは、ちょっとためになる話だったのに。


「なんで俺ディスられてんの? なあ、おかしくね? 俺の価値って割とあると思うんだが。なあ優志、そうだろ? なあ」


 なあ、なあ、と僕に顔を近づけきて鬱陶しい。


「クラス単位であれば、充分に役割を果たしてると思う」


 そうだよなあ!? ドヤ顔で月ノ宮さんを見る佐竹に、


「いまの優志君の発言って、裏を返せば〝個人だとどうしようもない〟ってことになるんじゃない?」


 天野さんが丁寧に翻訳して伝えた。


「表だけでいいだろうに、どうしてひっくり返しちゃうんだよ……」


 へにゃあって感じに肩を落とした佐竹が蚊の鳴くような声で嘆く。


「最初から素直に優志さんのドレス姿を褒めていればこんなことにはならなかったのに──これをことわざで言い表すならば〝大男総身に知恵が回り兼ね〟でしょうか」


 体が大きくて知恵が回らない、という意味だが、佐竹に伝わっているとは思えない表現だ。敢えて故事ことわざを持ってくるところが、月ノ宮さんの腹黒さを伺える。


 月ノ宮さんが姑になったらって考えると、絶対に仲よくできないだろうな。無論、旦那は尻に敷かれる。こわいなーこわいなー。



 

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