二十五時限目 天野恋莉は逃がさない[後]
この状況下で、佐竹を指名して答えさせようとした天野さんが一枚上手だった。
佐竹は優梨の彼氏という設定であり、彼氏なら彼女が通う高校を知っていて当然だ。
世の中には、自分が通う高校を伏せて交際するカップルがいないとも限らないけど、その言い訳は通じないだろう。
「答えられないのね……。ねえ、楓」
「はい」
隣に座る月ノ宮さんに話を振る。
月ノ宮さんはどんな質問を投げかかられるのが気が気ではないようで、400m自由形くらい目が泳いでいた。
というか、それもう態とやってるでしょ……。
「鞄の中を見せてくれる?」
「え?」
月ノ宮さんに要求されたのは、バラエティ番組では恒例の『アナタのバッグの中身を見せて下さい』だった。
他人のバッグの中身を確認して、なにが面白いんだろう? って、この企画を見る度に思うんだけど、僕はこの企画が『レポーターによって化けるんだ』と理解した。とどのつまり、だれがなにを持参してようが関係無いのだ。レポートする人物が面白ければ、道すがらに配られたポケットティッシュだって笑いの種に変換してしまう。
けれども、天野さんはそういう意味で月ノ宮さんの鞄の中身を確認しようと思ったわけじゃない。
天野さんの瞳が、ベテラン刑事のように鋭く光っている。
「私の予想では〝ミディアムロングのウィッグ〟が入ってると思うんだけど」
「そ、それは」
「入ってるの? 入ってないの?」
用意周到な月ノ宮さんだ。
いざってときを考慮して、予備の〈優梨ウィッグ〉を持ち歩いていても不思議じゃない。
それが、裏目に出た。
「見せられないってことは、入ってるのね?」
ここまで言い当てられたら、いくらあの月ノ宮楓であっても反論の余地は無さそうだ。
ずっと黙りこくって、地蔵に徹しているのがなによりの証拠。
「本当は鶴賀君だけに確認したくてあの場所で待ってたんだけど」
それは『待ち伏せ』ってことですかね?
こわっ!? 天野さん超怖くない……?
「この際だし、二人にも確認しようと思ったの」
そう言われてしまうと、携帯を疎かにしていたのが申し訳なく思ってしまう。もし、天野さんのメッセージに反応できていたら、こういう結果にはならなかったはずだ。僕のことだから、グラウンドの隅にあるベンチに辿り着くまでの間に対策を練って、天野さんを丸め込めた……はずもないよなあ。いくらなんでも、それは自分を過大評価し過ぎってもんで、嘘八百が得意な僕でもここまで詰められたら言い逃れは厳しい。
「気分を害してしまったのは謝るわ……だけど」
そこで一旦区切り、天野さんは眉をハの字にする。
「アナタたちがやっていることは、最低よ」
僕もそうだと思う。
優梨になりきった後は、いつも罪悪感でいっぱいだった。拒絶反応で頭痛がしたし、嘔吐だってした。だけど、頭のどこかで『バレなきゃいい』とも思っていた節がある。最低で最悪な行為に、僕自身が慣れてしまうことこそが、本当の違和感だったんじゃないだろうか。
「鶴賀君をいじめて楽しいわけ?」
──え?
──はあ!?
──はい?
いや、いじめって……なんの話ですかね?
「アナタたちは〝鶴賀君と仲のいい友だち〟だと思ってたけど、裏では彼に女装させて遊んでたんでしょ?」
ああ、なんだろう……。
微妙に当たってて、絶妙に的から外れてるから、痒いところに手が届いてないような気持ち悪さを感じてしまった。
「まあ、その女装していた鶴賀君に、恋心を抱いた私が言えることじゃないけど」
「お、おい恋莉……?」
「あの……恋莉さん?」
二人の反応は当然だが、天野さんは気にするでもなく話を続ける。
「アナタたちは知ってるんでしょうけど、私はユウちゃんを好きになってたのよ」
「いや、それは薄々気づいていたけど……。普通、このタイミングで言うか?」
面喰らったとばかりに、佐竹は目を丸くして答えた。
「話の腰を折るのはやめてくれる?」
「……わーったよ」
まあ、佐竹よりも月ノ宮さんのほうが大惨事なんですけどね……。知ってはいたことではあるけれども、本人の口から発せられると精神的なダメージは絶大だ。顔面蒼白で、しゅんと肩を落としたその姿は、自信満々な普段の態度とは裏腹で見るに耐えない。
「鶴賀君が女装を強要されていたのなら、この気持ちは諦めるし、二人はもう、鶴賀君から離れるべきだと思うわ」
鶴賀君はどう思う? と最後に付け足して、天野さんは口を閉じた。
佐竹と月ノ宮さんが助けを求めるようにちらちらと視線を向けてくるけれど、ここで〈イエス〉と答えれば、僕を取り巻くこの関係は全て元通りになるだろう。僕は再び空気になって、だれに迷惑をかけず、だれの意思も汲み取らず、教室の隅で人知れず高校生活が再開される。
でも、肯定するのは違うだろう。僕は二人にいじめられていたわけじゃない。悔しいけど、楽しいと思ったことだってあった。天野さんは壮大なスケールで勘違いをしているようだけど、二人の必死な訴えに応じないのは不義理だ。
僕は嘘つきで甲斐性のない人間だけど、誠意には誠意を、不誠実には不誠実で返すのが信条だ。
佐竹は馬鹿だけど嫌な馬鹿じゃないし、クラスで色々と根回しをして、僕が嫌な思いをしないように努めてくれているのは理解してる。月ノ宮さんはいろんな意味で協力をしてくれたし、弱みを握られている点では〈いじめ〉と捉えられなくはないけど、精神的に僕を追い詰めるようなこともしてない。
二人に恩を感じてないわけじゃないんだ。
それを受け入れるのが難しいだけ。
この状況をひっくり返すには二人の恩を受け入れて、打開策を瞬時に考える必要がある。
現状は悲惨だ。
将棋で喩えると王手一歩手前。
手持ちの駒は歩兵のみで、飛車、角、金、銀も無い。奇抜な動きをする駒は全て取られて、逃げ場はとっくになくなった。形勢逆転する一手なんてあるのだろうか? いや、一手だけ残されている。
「鶴賀君、正直に答えて」
僕の前に座している天野さんが、矢を射るような視線を向けてきた。
正直に、か。
僕に残された択は、もうこれしかない──。
「女装は、僕の趣味だよ」
空気が変わったのを肌で感じた。
「最初は佐竹に唆されて、止むを得ずだったけど」
つい最近の出来ごとなのに、随分と昔に感じてしまうのはどうしてだろうか。
「それ以降、女装が好きになって」
これも、本心と言えば本心かも知れない。
「数日前、ダンデライオンで月ノ宮さんと知り合ってね? 僕の奇抜な趣味のことを打ち明けたら協力してくれるって申し出てくれたんだ」
半ば脅しみたいだったなあ……。けれど、女性服や携帯端末まで用意してくれたのは本当で、そこだけ言うなら『協力』だろう。
「僕が持ってたら不自然だって、月ノ宮さんが女装道具を預かってくれてるんだ」
こんな嘘が通用するかはわからないが、それなりには本当のことも混ざっている。あとは極めて冷静に、ポーカーフェイスを貫けばいい。
僕の信条から逸脱していても、これが僕の答えだ。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し