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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
669/677

四百六十八時限目 そして、鶴賀優志はドアを開ける


『入ってもいいかな?』


 どうぞ、僕は答える。


『失礼するよ』


 ドアを半開きにして、その隙間を縫うように、照史さんは倉庫に入ってきた。


 いつも思う。


 照史さんの声は、高過ぎず、かといって低過ぎず、合唱で喩えるならばバスとテノールの丁度中間のような耳心地のいい声だ。


 顔よし。


 声よし。


 スタイルもよし。


 イケメンという言葉に手と足が生えたような存在でありながらも、彼女はいない。


 カフェのマスターは渋い老齢のおじ様か、爽やか中年と相場が決まっているものの、そもそも出会いがなければ女の影もない職業なのかもしれない。年収も関係ありそうだが──これ以上は悲しくなるので控えよう。


 爽やか中年・照史さんは、ドアの前でじと立っている。


 目を閉じた状態で。


「どうして目を閉じてるんですか?」


「開けてもいいのかい?」


「開けないと補充ができないじゃないですか」


「楓たちよりも早く、優志君のドレス姿を見てしまっていいものかどうか──と思ってね」


 そういうところは律儀な照史さんである。


 でも、目を閉じたままでどうやって目的の物を取るつもりだったのだろうか。まあ、体が場所を覚えているのかもしれないっけれど。──それはそれで見てみたい気もしなくもないが。


「では、失礼して」


 茶色がかった双眸が露になった。綺麗な瞳だな、と僕は思う。兄妹で瞳の色が違うというのも不思議だ。然し、思い返してみると、テレビで見る月ノ宮さんの父、月ノ宮氏の瞳は黒だった。つまり、照史さんの目は母親の色を受け継いだことになる。洋風の兄と、純和風の妹。こうもカラーがはっきりしているのは面白いものだ。


「とてもよく似合ってるよ」


「お世辞だってバレバレです」


 そんなことはないさ、頭を振る。 


「女性らしさは内側から溢れるものだし。──優志君には女形(おやま)の才能があるかもしれないね」


「歌舞伎に興味はないですよ」


「ネットの中でなら女形アイドルとして活躍できるかもしれない」


 よかったら妹と一緒にサポートするよと目をぎらつかせながら言ったが、本気じゃないよな?


「冗談ですよね?」


「冗談に訊こえたかな?」


「悪い冗談でしょう」


「そういうことにしておくよ」


 照史さんは僕の右肩に軽く触れて通り過ぎると、近くにあったカゴのなかに、ガムシロップ、ミルク、コーヒーフィルター、おしぼりなどを投下していく。


「ところで」


 照史さんは僕に背中を向たまま、呟くように言った。


「どうして楓は優志君にドレスをプレゼントしたんだろうね」


「嫌がらせじゃないかって僕は考えてますけど……」


「そうかもしれななあ」


 優志君と楓は仲がいいからね、と続ける。


「楓がいたずらしたくなるのも、そういうことなんだろう」


「いい迷惑ですよ」


 はは、と照史さんは笑った。


「でも、楓は興味を持った人にしかそういうことはしないんだ。それにね、楓の行動には〝そうする理由〟が必ずある。優志君だって、楓の狙いは薄々感づいてるんじゃないかな」


 心当たりは、なくもない。


 ドレスを送った理由が、告白を邪魔した当てつけだったとするならば、それこそトナカイの衣装を選んで赤鼻を付けさせたほうが憂さ晴らしになる。


 でも、月ノ宮さんはこんなに素敵なドレスを僕に贈った。その意味を悪意と捉えるのは、さすがに曲解し過ぎているというか、はっきりいって失礼だと思う。


 そんなことは、照史さんに言われなくたって理解している。


 理解しているけれども。


 冗談かなにかのせいにしなければ、心の騒めきを抑え込むことかなわなかったのだ。


 理解できてしまったからこそ理解したくなかった、ともいえる。


「今日は優志君にとって大切な日、なんだね」


 照史さんはそう言い、左腕にカゴを下げて振り向いた。


「どうしてそれを」


「ドレスを着る用事なんて、それ以外にあるかい?」


「ホームパーティーでも着ますよ?」


 月ノ宮さんと交わした問答を、敢えて繰り返してみた。


「ホームパーティーだって重要な日さ。特に、社交界であれば尚更にその意味は強くなる。人脈を広げる、地位を誇示する、理由は様々あるけれど、それらは全て、相手に大切な想いを届けるためにある、とボクは考えているよ。そのために必要なのがスーツであったり、ドレスでもある」


 照史さんの話はどうも要領を得なくて難しいが、とどのつまり、正装をすることで相手に真摯な気持ちを届けやすくなる。ゆえに、身嗜みを疎かしてはいけない、と説いているのだろう。


 社交界に精通している月ノ宮さんがこの日にドレスを送る意味は、形だけでも整えろと言いたかった──と、そう捉えられるってわけか。


 帝王学を学んできた月ノ宮家の者だからこその発想に、小市民の僕はついていくのがやっとというか、かなり差を開きながらも提示される問題の意図を探るのに必死だ。


「後悔しないようにね」


 照史さんはそう言って、僕の頭を優しく撫でてから倉庫を出ていった。


 ──後悔しないように、か。


 到底無理な要求に、僕は苦笑する。


 佐竹を選んでも、天野さんを選んだとしても、僕は絶対に後悔するだろう。


 それは、この関係が始まったときからわかっていた事実で、後悔をしたくないがために先送りにしてきた。穏便に、柔軟に、適当な理由をこじつけて、妥協点を模索して──。


 そうして逃げ続けた結果、自分がどうなりたいのかわからなくなっていった。


 姿見に映る自分の姿をもう一度見る。やっぱり、どんな角度から見ても似合っていないんだよなあ。馬子にも衣装って言葉すら生温く感じてしまうほど絶望的に似合ってない──いや、ちょっとくらいは似合ってるかも?


 ボーイッシュだった子が突然ガーリッシュな服装をして再登場した際に、はっとさせられたときの妙な感覚だが、それはそれで似合っていると断言してよいものかどうか熟考する必要がある。が、そんな時間はない。


 ──ああもう、煩わしいな。


 ドレスが似合うか似合わないかなんてどうでもいいと、そう開き直ってしまえ。人生なんて笑われるくらいが丁度いいんだ。


 どうせならもう、と歌ってやりたくなるような投げやりな気分で、僕は倉庫のドアを開いた。



 

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・報告無し。

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