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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百八十六時限目 鶴賀優志を弱体化させる方法


 包装紙を丁寧に開いてテーブルに広げた。


 ──まあ、そうなるよね。


 予想していた通りの展開だったが、予想と少し違う。


 服、である。


 服、ではあるのだが──。


「説明してもらっていいかな?」


 穏やかに、それでいて刺を含んだ声音で訊ねた。


 角を立てないよう笑顔を作ったつもりではいたけれど、上手く笑えているか自信はない。


「着て頂ければ盛り上がるかと。──お気に召しませんでしたか?」


「そういうわけじゃないけど……」


 だったらつべこべ言わずに早く着ろ、と(そう)(ぼう)が僕に語りかけているかのようだ。


 渾身の愛想笑いというか作り笑顔というか、微苦笑にも程遠い下手くそな笑い顔ではどうにもならなかったようで。角立ってるじゃん。駄目駄目じゃん。


 格式高いパーティーであれば、ドレスコードもあるだろうし、この服を着ても不自然ではないだろう。寧ろ、そういった場でラフな格好をしていたほうが悪目立ちする。


 郷に入っては郷に従えで、数度しか袖を通した覚えがない、サイズが微妙に合っていないスーツを箪笥の奥底から引っ張り出すのも吝かではないけれど、一般的家庭で開催される誕生日会やクリスマスといった行事で、わざわざ正装をする人は極めて僅かだ。少なくとも、僕の知る範囲ではいない──僕が知る範囲が非常識なほど狭いのは、この際不問とする。


「庶民的なホームパーティーで着るには場違いじゃない?」


 僕と月ノ宮さんでは生活水準が異なるという意味も含めて、『庶民的』を強調した。


 でも、月ノ宮さんは僕の意見なんて歯牙にもかけず、


「そうでしょうか」


 微動だにしない。


 自分の意見に自信があるからこそ、他人の反対意見に振り回されたり動揺したりもしない。()()(らい)(どう)では次期当主など務まらないと示すかのようで──まあ、そこまで頑なな態度でもないが。


 とはいえ、月ノ宮楓も人の子であり冷血ではない。


 自分の意見が最善と呼べない状況下においては、他者の発言に耳を貸すことも(いと)わずそれを尊重する柔軟さを備えている。尊重して参考にし、そこから導き出す解は僕も予想だにしない領域で。


 とどのつまり、勝利に貪欲なのだ。


 負けず嫌い、ともいうが。


 相手の意見に耳を貸すのも厭わないとはいったが、それは、月ノ宮さんの意見を論破するだけの根拠が必要になる。知恵の女神に対抗するには、こちらも対抗し得る知恵をつけなければいけないってわけだ。面倒臭い。


 月ノ宮さんに意見するのは非常に面倒だ。体力が要るし、精神的負担も大きい。できれば避けて通りたい道なのだが、月ノ宮さんから突っかかってくるのでどうしようもない。目が合ったら勝負を仕掛けてくるなんて、どこぞのモンスター育成&バトルゲームの野良トレーナーかよ。


「ホームパーティーにドレスを着用することも御座いますよ?」


 あるにはある。


 否定はしない。


 でも、ここは日本だ。


「欧米じゃあるまいし」


「欧米だけでは御座いません」


 はあ。


 取り付く島もないな。


 優位な立ち位置にいる自覚があるようで余裕の笑みを崩さず、隣に座る天野さんと真正面に座る佐竹を交互に見て、「お二人も優志さんにその服を着てほしいと願っているようですが?」勝ち誇るようにいう。


 ──でしょうね。


 としか言えない状況をどう覆せばいい?


 ──不可能だ。


 どっちに転んだって結末は見えている。


「多数決を取るまでもなさそうですね」


 勝利を確信した表情。


 ()()れた。


(はか)ったな、月ノ宮楓……!」


 サイコロを振って二回とも同じ出目が出る場合はある。


 けれど、一〇回振って全て同じ出目が出たともなれば、サイコロに細工がしてあると疑うべき。


 疑うべき、ではあるのだが、イカサマサイコロを一〇回も振り続けて、ようやくペテンに気づくようでは遅過ぎる。


 確実に僕を黙らせる方法を、月ノ宮さんは用いた。


 僕以外の同意を得られるプレゼントを用意したのが、なによりの証拠だ。


 思いっきり床に叩きつけても、上空に放り投げたって手目が変わらないサイコロを用意されてしまった時点で、僕の負けは確定していたのだった。


 ──カジュアルドレスを贈ってくるなんて!


 佐竹と天野さんは、僕がこのドレスを着ている姿を見たくて仕方がないのだろう。目の色が変わるのも当然といえる。佐竹に限っては目が泳いでるしな。ドレスと僕を交互にちらちら見てくる視線がとても煩わらしい。


 とまあ、ここまで散々文句を垂れて抗議したけれども、別に着るのは吝かではない。着てみたい、とすら思っている。「このドレスを着たら僕はどうなってしまうんだろう」とワクワクさえしてしまった。


 女装をするようになってから、女装を趣味と偽ったときから、優梨というもう一人の自分を演じる覚悟をしてから、心の片隅にはいつも『可愛くなってみたい』という欲望があった。


 メイクが上手になったのも、ファッション雑誌を定期購読しているのだって、突き詰めれば『可愛くなりたい』のだ。


 ──華奢で貧弱な体格を武器にできる。


 それが嬉しかったのかもしれない。


 月ノ宮さんに反抗しているいまだって、本音は『着てみたい』なのだ。


 でも、問題がある。


 僕は『優梨なりきりセット』を持参していない。


 このままドレスを着たとて、それは『女装した鶴賀優志』だ。


 優梨になれないのであれば、眼前にあるこのドレスに袖を通すわけにはいかない。


 中途半端な気持ちで優梨を演じているわけではないから──謎のプライドもあって素直になれないでいると、「着てみればいいんじゃね? 普通に」簡単そうに佐竹が言う。


「そのドレスを着て外に出ろだなんて鬼畜な要求をしているわけでもねえんだし、ちょっと着てみるくらいいじゃねえか。どうせ楓のことだから化粧道具も持ってきてるんだろ?」


 それならば、妥協できる。


 の、だが。


 月ノ宮さんは頭を振った。


「すみません。プレゼントに意識が向いていて失念していました」


 まるで何処かのだれかさんみたいな言い訳をする。月ノ宮さんに親近感を覚える日がくるなんて、関わり始めた頃の僕では想像すらしなかっただろう。あの頃から変わらない印象は、腹黒いってところか。腹黒いは印象なのか。どちらかといえば性格を指す言葉だが、どっちでもいいか。


「その浮かれた姿を見れば、うっかりも納得ね」


 天野さんが笑うと、月ノ宮さんは顔を真っ赤にして「笑わないでください……」恥ずかしそうに身を縮こませる。月ノ宮さんをたじたじにできる唯一の存在は天野さんで、天野さんの前ではかの月ノ宮楓といえども骨抜きのぐにゃぐにゃだ。表情が蕩けて大変なことになっている。


「楓の意外な一面が見れたことだし、優志君も楓の気持ちを汲んであげれば?」


 ──意外か?


 いやいや、蕩けている月ノ宮さんではなくて、うっかりミスをした月ノ宮さんを『意外』と言っているのだろう。


 どうしてスライムのような表情をしている月ノ宮さんの気持ちを汲んでやらねばならないのか。わからない。わからないのだから理解する必要も全くない。が、『気持ちを汲め』といわれると、どうも弱くなる僕である。


 僕が弱体化しているのをいいことに、佐竹も「そうだそうだ」と野次を飛ばす。なんだコイツ。国会中継にでも影響されたか? どうにか着てみようと思った矢先に野次を飛ばされたら、途端に僕の天邪鬼が発動するぞ。


 べ、別にアンタのために着てあげるとか全然思ってないんだから勘違いしないでよネ! これは天邪鬼ではなくてツンデレだし、ツンデレの言い回しでも古典的過ぎて死語レベル。ラノベのヒロインがこんな台詞を大真面目に吐いたら、僕は失笑してしまうかもしれない。



  

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