四百八十五時限目 その包装紙の中身は
男子組と女子組を分断していた紙袋の内一つが、役目を終えて撤去された。
テーブルの上には、佐竹と、天野さんに贈られたプレゼントと、人数分のカップだけ置いてある。
開封を始めた当初こそカップから湯気が立っていたのだが、開封を進めると共に時間は過ぎて、中身はほとんど入っていないようだ。
「お代わりはどうなさいますか」
月ノ宮さんが問う。
プレゼントを貰った二人は、「まだ水が残っているから」と断った。
「優志さんは」
「僕はレモンティーを飲もうかな」
へえ、と天野さんは興味深そうな声音で頷く。
「優志君が紅茶って珍しいわね。いつも珈琲を飲んでいるイメージ」
そんなことはない。
いや、大概は珈琲なのだけれど。
レモンティーを選んだ理由は単純で、消去法だった。
珈琲ばかり飲んでいるのも体に悪い気がするもので、然し、手持ち無沙汰になるのも困る。であれば、珈琲よりもさっぱりした飲み物が好ましい。ジュースという手もあったが、甘過ぎてもいけない。
ダンデライオンで提供される紅茶は、自分で味を調節できるように、砂糖、ミルクを別途用意してくれる。
ストレートティーにしなかったのは、気分をリフレッシュさせる程よい酸味が欲しかったから。
──月ノ宮さんのことだ、どうせ一悶着あるに違いない。
少しでも疲労した脳を回復しておきたいという、アスリート的な考えである。
レモンティーが運ばれてきた。
紅葉のように深く染まった鮮烈な赤橙色の液体に浮かぶ輪切りのレモンが、季節外れの花火みたいで──花火、か。あの日、夏の夜空に咲いた火薬の花は、もっと綺麗に咲き誇っていた。
ティースプーンでレモンを底に沈めて軽く実を潰す。レモンと紅茶の芳醇な香りが混ざり合い、見事な調和を織り成す。湯気と共にふわっと香る爽やかな匂いが、僕だけでなく三人の鼻も擽ったようだ。
結局、三人分のレモンティーを淹れる羽目になった照史さんである。
面倒臭いと口に出してはいなかったけれど、「さっき注文してくれればいいのに」と愚痴を零したそうな背中をしていた。
テーブルの上を一瞥し、全員にレモンティーが行き届いたのを確認した月ノ宮さんは、改めて僕を見て、視線を紙袋に移した。
「それでは、優志さんのプレゼントをお渡し致します」
厳かな声音でそういうと、僕の隣に座る佐竹の喉がごくりと鳴るように動いた。どうして佐竹が緊張しているのだろうか。僕の役目を取らないでほしい。
で、佐竹がそんなだから、次に天野さんを目の端に入れてみた。
天野さんは両手の肘をテーブルにつき、組んだ指の上に顎を乗せて若干前のめりになっている。あれだ。某アニメに登場する特務機関の司令と寸分違わずなポーズだ。
まあ。
そんなことはどうでもいい。
僕に渡すプレゼントを『オチだ』と月ノ宮さんは言っていた。その意味に悪意を感じて堪らない。悪意しかないと断言できてしまえるのがまた恐ろしい。びっくり箱の悪戯をされた方がまだマシなのだが、あの月ノ宮さんがそんな単純なオチを用意するとも思えないんだよな。
お噺においての『オチ』は、これまで繋いできた『ネタ』を一つに束ねることだと僕は考えている。だからこそ、締め括りの言葉が「おあとがよろしいようで」なのだ。
おあとがよろしくなるように、どう『笑い』を『落とす』のか。寄席ではそこに、『なんとか亭なんちゃら師匠』たちの匠の技が冴える。
さて。
月ノ宮亭腹黒師匠は、この交換会をどう落とすつもだろうか。オチという言葉を使ったのだ。それ相応な代物を用意しているはず。
腹黒師匠が紙袋に片手を突っ込んだ。
改めて月ノ宮さんの格好を見ると、昨年のクリスマスパーティーで僕が着ていたセクシーサンタコスチュームより、生地がしっかりしている。
──まさか今日のために特注したのか?
ドンドンドン♪ でお馴染みのドンキで売っているコスプレ衣装では、月ノ宮さんを満足させられなかったらしい。
然し、アメリカのテキサス州にあるカントリーロードを連想させてしまうストレートボディでは、折角の『セクシー』さが半減だ。
とはいえ、目は当てられる。
美少女と称してもなんの問題ないルックスである月ノ宮さんだ。サンタに扮した姿は、そこはかとなくレアである。
ファンクラブの面々がこの姿を見たら泣いて喜ぶのではないだろうか。
大袈裟? いいや、二、三人は月ノ宮さんの前で平伏すのがわかる。
ファンクラブの面々といってもタイプは様々で、月ノ宮さんとお近付きになって甘い汁を吸いたい派と、そのお零れを拝借しようと目論む派と、月ノ宮楓を神として崇める信者たちで構成されている。
どの派閥においても月ノ宮楓という存在は絶対的な象徴だが、過激というか、熱狂的というか、偶像崇拝的な思考をしている信者脳の面々が一番ヤバい。語彙力が佐竹った。
なにがヤバいのかというと、月ノ宮さんの写真を額縁に飾って、朝と夜に崇むというのだ。この時点でかなりきな臭い宗教めいている。
オタクがアニメキャラを崇拝するような画像がSNS上に流れてきたりするけれど、二次元と三次元では全くの別物であって、喩え崇拝が『悪ノリ』だったとしても、そのノリが本気になる日も遠からずな気がする。
いつか月ノ宮さんに現状を伝えてどうにかしてもらうとして、と。
容姿端麗、才色兼備、和服が似合う大和撫子の月ノ宮さんといえども、着こなせない服というのはこの世に存在するようだ。
自分の身の丈に合った物を選ぶべきだよなあ──などと考えていると、月ノ宮さんと目がかち合った。
え、怖い。
なにその目、めっちゃ怖い。
眼力だけで相手を黙らせるとか、それもう仙人の領域に片足突っ込んでませんか。いや、現在袋に突っ込んでいるのは右腕だけれども。
「優志さんのプレゼントは、こちらです」
袋から取り出された物が、僕の前に置かれる。包装紙の色からして、内容物は女性物の服だと瞬時に理解した。
「どうぞ、遠慮なく開封してくださいませ」
天使のような悪魔の笑みを湛えて、月ノ宮さんがいう。やっぱり怖い。
【修正報告】
・報告無し。