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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百八十四時限目 月ノ宮楓のフィーバータイム


 天野さんのプレゼントを月ノ宮さん風に喩えるならば、コース料理のメーンディッシュである。受け取ったときのリアクションは、僕と佐竹のプレゼントとは雲泥の差で。


 そのさまを敢えて四字熟語で言い表すと、狂喜乱舞、といったところだろうか。


 仮に、プレゼントの内容が枕ではなく、佐竹が差し出したヘッドホンや、僕が渡したアロマキャンドルであっても、月ノ宮さんは同様のリアクションを取っていたはずだ。


 とどのつまり、天野さんから贈り物を貰えるという事実こそが、月ノ宮さんにとって掛け替えのないプレゼントになるのである── なんだか腑に落ちない話だけれども、こればかりは「致し方ない」と苦笑いで受け流した。


 天野さんから貰った枕の箱を大事そうに両腕のなかに抱え込んだまま、油断したらにやけてしまいそうな顔を引き締めている。


 司会を買って出た手前、最後までやりきろうという意思は結構なのだが、にやけ顔をしたり、真面目な顔をしたりと、まるで百面相でもしているかのようだった。


 百面相のせいで、話の内容が全然頭に入ってこないまま、ついに、月ノ宮さんが持ち込んだ二つの大袈裟な紙袋の開封が満を持して始まる。


 カウンター席の椅子からテーブルの上に移された紙袋を、改めて見た。


 光沢仕様の白い紙袋の大きさは、およそ、横六〇センチ、縦四十五センチ、幅三〇センチといったところ。


 口元は透明なテープで閉じてあり、そのままでは内容物を確認できない。


 割と重さもあるようだ。


 紙袋を持ち上げる際、月ノ宮さんは「よいしょ」と小さく口走っていた。


 照史さんが持ってきてくれたカッターを使い、月ノ宮さんが封を切る。


「いよいよか!」


 僕と天野さんが固唾を飲んで見守る最中、佐竹だけは待ち侘びたと言わんばかりに前のめりになり、またしても月ノ宮さんから『待て』を言い渡される。「くうん……」と尻尾をしなびらせて落ち込む大型犬の鳴き声が訊こえたような気がしたけれど、多分気のせいだ。


「最初は、トップバッターを飾ってくださった、佐竹さんからです」


「おう!」


 元気よく声を上げた佐竹の返事が「わん!」に訊こえたような気がしたのも、きっと空耳に違いない──というか、どれだけお返しを期待してるんだよ、佐竹。


 勝手に期待値を上げるのは構わないけれど、欲しい物が出てこなかった場合に、露骨にがっかりするのはやめてくれよ? 佐竹は顔に出やすいからなあ。


「どうぞ、お受け取りください」


 紙袋から取り出されたのは、クリスマスツリーがプリントされている包装紙に(くる)まった、厚みのある長方形の箱だった。


「開けていいか!?」


 餌を目の前にした犬が尻尾をばたつかせ、涎を垂らして飼い主の許しを待つ……そんな光景が目に浮かんでしまう。


「ええ、どうぞ」


 べりべりと包装紙を破るように開封すると、そこにはBluetooth接続できるスピーカーが入っていた。


 奇しくも佐竹がプレゼントした物と同系列ではあるが、こちらの商品は倍の値段がしそうだな。まさに、海老で鯛を釣ったわけだ。


「かっけえなこれ……へえ、ラジオまで訊けるのか。ガチだな!」


 ガチなのか。


 まあ、ガチなんだろう。


 ガチで選ばなきゃこんな大層な物はプレゼントしてくれないだろうし。


「佐竹さんはバーベキューがお好きなようなので、アウトドア用の物を選びました。防水ですので水辺でも使用可能ですよ」


 違うぞ、月ノ宮さん。


 陽キャであることの証明に、ウェイの民はBBQ(バーベキュー)をするのであって、BBQが趣味というのは筋違いだ。


 喩えるならば、可愛いぬいぐるみを手に取り、「これ可愛い!」とする女子の内面である。これが男子の場合は、年齢に対して不相応な物を購入し、それを自慢する行為でもある。


 自撮りの後ろの本棚に、自己啓発本や参考書、著名人が書いたビジネス本を並べるような軽薄さ。


 それがウェイの民がするところのBBQなのだ。


 相も変わらず、僕の偏見が酷い。


「サンキューな、楓!」


「どういたしてまして」


 佐竹は期待以上のプレゼントを得られたようだ。


 両手で箱の端を持ち上げて、パッケージに書かれている説明文を頻りに読み込んでいる──ほぼ英語なんだけど、読めるのか?


「次は優志さん……といいたいところなのですが」


 紙袋を漁る手が動かなくなった。


「先に恋莉さんへのプレゼントをお渡ししますね」


「え、私は最後でも問題ないわよ?」


「まあそう言わずにお受け取りください」


 お代官様に賄賂を送る越後屋の決まり文句みたいだ。


 次に取り出したのは、一枚の用紙。


「あ、間違えました」


 態とらしく紙袋に戻した用紙には、〈結婚届〉と記載してあったような。


 しかも、自分が記述するべき箇所は全て埋め尽くされていたように見えたが?


 これにはさすがに天野さんも苦笑いで受け流すことができず、ドン引きを隠せずにしている。


「恋莉さんにご用意しましたのは、こちらです」


 天野さんの前に置かれたプレゼントは、真紅の包装紙であしらった長方形の箱だった。


「開けるのが怖いわ……」


 全く、同意しかない。


 月ノ宮さんの目が、「早く開封してくれ」と語っているようだ。


 それを見た天野さんは、意を決して包装紙を丁寧に開いた。


 贈呈されたプレゼントが露になり、天野さんの目が丸くなる。


「メイクブラシのセット?」


「私が使用しているメーカーと同じ物をご用意しました」


「これ、物凄く高価な物じゃないの!?」


「いえいえ、お小遣いの範疇ですので」


 と、月ノ宮さんがぞっとしないことをいう。


 お小遣いの範囲でプレゼントを選ぶのは当然といえるのだが、月ノ宮さんのお小遣いは、一般的な高校生のお小遣いの額を軽く凌駕してしまえるほど大金だ。その範疇で選んだから大丈夫だと言われても、「はいそうですか」となるはずがない。


「貰えないわよ、さすがに」


「そう言わずに受け取ってくださいませ」


「でも」


「お願いします!」


 深々と頭を下げられて、天野さんも観念したようだ。


「わかった。大切に使わせてもらうわね」


「はい! よろしくお願い致します」


「よろしく? え、ええ。こちらこそ……?」


 プレゼントを渡せてご満悦な月ノ宮さんが、意味不明なことをいう。


 なにをよろしくされたのかわからずに、取り敢えず返事をした天野さんだったけれど、適当に返事をしたことがツケになり、後々になって大変なことにならなければいいのだが。心中で無事を祈るばかりだ。


 コホン、咳払いをして場を整えた月ノ宮さんが、含みのある笑みを湛えて僕を見る。


 嫌な予感がしてならない。


「それでは、最後のオチである優志さんです」


 おい、オチっていうな。



 

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