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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百八十三時限目 地獄のプレゼント交換


 テーブルの上に二つの紙袋がある。それはまるで壁のように、僕と天野さんの視界を隔てた。隣にいる佐竹は興味津々に袋を覗こうとしていたが、セクシーサンタに変貌した月ノ宮さんが左手でそれを阻む。犬に『待て』と命令するみたいだ。尤も、犬のほうが聞き分けもよさそうだが。


「んだよ」


 不満げに愚痴を零し、佐竹は席の背凭れにぐと背中を押し当てた。後頭部で両手を組み、枕代わりにする。いまにも足を放り出しそうなぞんざいな態度だ。


 不満というよりも不貞腐れているようだ。紙袋の中身がそこまで気になるのか。どうせ、期待しているような代物は、入っていないだろうに。


「佐竹、感じ悪いわよ」


「そんじゃあ、勿体ぶらないで早く見せてくれ」


 佐竹は天野さんではなく、月ノ宮さんを見て言った。月ノ宮さんもいろいろと考えがあるだろうし、開封の儀が行われるのを楽しみに待とうじゃないかと宥める。佐竹は「へいへい」と観念したかのように居住まいを正した。


「それでは先ず、皆様からのプレゼントを頂戴したいと存じます」 


 司会進行、月ノ宮楓。


 おもてなしされる側が、する側に変わった瞬間である。月ノ宮さんはこうでなくちゃ。立てば(しゃく)(やく)、座れば()(たん)、歩く姿は()()の花とまで豪語される月ノ宮さんではあるが、一度でも陣頭指揮を取れば、立てば鉄砲、座れば戦車、歩く姿はスパルタ軍である。


 大和撫子要素は何処にいってしまったのだろうか。と、嘆く声が訊こえてきそうな勇姿ではあるものの、それはそれでまたよいというファンクラブの見解も、よくわからない。崇拝に近しい感情といえなくもなさそうだが、理解が追いつかない。


「俺からでいいか?」


 先発としてはやや小物感があるけれど、月ノ宮さんは小さく頷いた。 


「よろしくお願いします」


 テーブルの上にあった紙袋を、照史さんが気を遣って運んでくれたカウンター席の椅子二つに移動させて、献上スペースを確保する。客がこないことをいいことに、やりたい放題だな。


「俺からはこれだ」


 黒のバックパックから取り出された光沢加工の赤い袋を、月ノ宮さんに差し出す。


 受け取った包みを物珍しそうに眺めながら、


「開封してもよろしいでしょうか?」


 首肯した佐竹を見て肯定と捉えた月ノ宮さんは、巾着のように口を閉じている緑の紐を解いて、中身を取り出した。


「ヘッドホンですね。ありがとうございます。──然し、どうしてヘッドホンを私に?」


 その疑問はごもっともだった。


 月ノ宮さんには俗な音楽を楽しむという習慣がない。無論、教養はあるだろうけれども、貴族社会における常識を学ぶ上での側面が大きいように思う。逆に、最近流行りのヒットチャートに詳しかったら、それはそれでお嬢様のイメージと異なるのだが。


「どうせイヤホンしか持ってないと思ってな。気軽に使えるヘッドホンの一つや二つ持っていても腐らないだろ」


「そうですね。私が持っている物は外出に適さない物なので、気軽に使えるヘッドホンは助かります」


「だろう? 狙い通りだぜ」


 佐竹は小さくガッツポーズして、笑顔を僕に向けた。


 本当に、佐竹は月ノ宮さんが喜んでいるように見えたのか──少なくとも、僕にはそう思えなかった。


 表面上は人がよさそうな笑顔を湛えていたし、物腰も柔らかかった。だが、先の発言の裏側にある意味を、ふつふつと感じ取ってしまったのだ。喩えるならば、「お宅の娘さん、ピアノがお上手になりましたなあ」とご近所さんに言われたときのような、背筋が粟立つような感覚である。


 ──なんだろう、なにかが違う。


 今日は楽しいプレゼント交換日であり、遅れてやってきたクリスマスパーティーだ、と月ノ宮さんはいっていた。それは間違いではないだろうけれど、月ノ宮さんが纏うセクシーサンタ衣装と、月ノ宮さん自身から放たれている覚悟というか、全身を覆うオーラというか、怪異染みた笑顔が恐ろしい。


 ──もしや、僕らはこのプレゼントで品定めされているのか!?


 あり得ない話ではあるものの、あり得なくもない状況に、僕の額から脂汗がつらりと垂れた。


 いつの間にやら尋常ではないことが起きているというのは、月ノ宮さんの隣に座している天野さんも感じ取っていたらしく、同年代相手に緊張の色を隠しきれていない。


「では次に、優志さんが選んだプレゼントを頂戴したいのですが」


「ぼ、僕ですか?」


「ええ」


 妖艶な笑みで僕を見つめる。


 僕が用意したプレゼントは、斜め前に座る魔女のお眼鏡に適うだろうか。簡単な荷物を入れてある手提げ袋に突っ込んだ手が震える。月ノ宮さんを前にして、これほどまでに恐怖を感じた日がこれまでにあっただろうか。好敵手と呼ばれて、月ノ宮さんの上に立っていると勘違いしていたのかもしれない。


「どうかしましたか?」


 死神の鎌を首に当てられているような気分で、僕はプレゼントを取り出した。


「アロマキャンドルセット、です」


「まあ、素敵ですね。これからお風呂に入るのが楽しみになります──が、一応、アロマキャンドルを選んだ理由を伺っても?」


「それはですね……」


 考えろ、鶴賀優志。ここで『手頃だったから』とか正直に話してみろ、突きつけられた鎌で首が宙に飛ぶぞ。でも、月ノ宮さんに下手な嘘が通じるとは思えない。正直に話してがっかりされたほうがまだマシといえなくもないが、その場合は死を覚悟しなければならなくなる。


 まだ試験の緊張感のほうがいい、と思った。ひりつくような空気が喉を焼くようだ。乾いた声帯では、お得意のでまかせを披露する自信がない。


 諦めるな、と自分を鼓舞した。できない理由を考えるよりも、できる方法を模索しろなんて、どこぞのブラック企業が掲げる社訓みたいだ。


「ふう」


 息を整えて、水を一口飲んだ。


「あ、その水」


 今し方口をつけたコップを見て、天野さんが頬を赤らめる。


「え、なに?」


「それ、私のなんだけど……」


 その瞬間、僕は死を覚悟せざるを得なかった。今日まで辿った道のりが、走馬灯のように脳裏を掠めて。鬼の眼前であかんべえと宣戦布告するヤツがこの世にいるとするならば、ソイツはきっと鶴賀優志って名前で間違いはない。恐る恐る鬼の面を睥睨してみると、纏っているオーラが般若を形作っているように見えた。


「優志さん」


「ひゃい!」


 地獄の沙汰も金次第という言葉を訊いたことがる。でも、僕にはその沙汰をどうにかできるほどの財力はない。財布ごと献上奉れば、どうにか納めてくれるだろうか。命だけはどうかお助け願いたいのだが、どうだろう。本当に、どうだろうか。


「先程から顔色が優れないようですが」


 お嬢のせいで御座います、などと言えるはずもなく。


「だ、大丈夫ですだよ」


 まるっきり大丈夫ではない状態ではるのだが、僕は月ノ宮さんに気圧されるように、謎の語尾で語るアニメキャラ然としていたですだよ。


「……まあいいでしょう。優志さんのことですから、私のことを案じてアロマキャンドルを選んでくださったのでしょうし」


 僕は許されたらしい。それはもうヘビメタバンドの演奏を最前列で浴びながら、がっくんがっくんとヘドバンを決めている熱狂的なファンの如く、全力で頭を振った。


「ですが優志さん。これだけは言わせてください」


「な、なんでしょう?」


「プレゼントに大切なのは〝金額〟ではなく〝気持ち〟です。今後はそれを努々お忘れなきよう」


 首に掛けられていた鎌は僕の首を刈ることなく引っ込められたようだが、最後の最後で小刀を脇腹に刺され、ぐりと体内で半回転されたに等しい激痛を覚えた。いや、一高校生がそんな体験をしているはずもないのだけれども。


 ──そうだよな。


 僕は気持ちを蔑ろにしていたのかもしれない。自分のことでいっぱいいっぱい過ぎて、当たり前のことが見えなくなっていた。絶対に無視してはいけない感謝の気持ちを無下にしていたのだ。


「さっそく今晩、このアロマキャンドルを使わせていただきますね」


「ありがとう、月ノ宮さん」


「さて、なんのことでしょうか?」


 うふふ、と優しく笑う月ノ宮さんに、般若はもう取り憑いていない。


 なるほど、と僕は思う。月ノ宮ファンクラブの面々が、どうしてああも月ノ宮さんにご執心なのか、その理由がわかったような気がしたけど、やっぱり怖過ぎるですよね……。


 無言の圧力をかけてくるのは、割とガチでやめてほしい。



 

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