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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
663/677

四百八十二時限目 主役は遅れて登場する


 壁の切れ目からダウンコートの裾がちらりと見えて、直ぐにだれがきたのかぴんときた。


 数少ない友人のなかでも、情熱的なスカーレットを選ぶ人は限られている。それに、遅刻するとメッセージを寄越した順に到着するとなれば、天野恋莉以外にあり得ない。


 やっぱりそうか、と僕は思った。


 天野さんほど赤色が似合う同級生はいない。僕が知り得ないだけでもしかすると他のクラスにいたりするのかもしれないけれど、他のクラスとの交流なんて合同授業で一緒になるくらいで、たったそれだけの関わりで一々顔と名前を覚えるのも億劫だ。


 天野さんは一度、僕らが座るテーブル席を一目した後、きょろきょろと周囲を窺う。自分が最後の一人だと思っていたようだ。月ノ宮さんの姿が店内にないことを確認すると、不思議そうに小首を傾げ、その足で僕らの席の対面側に座した。


 大きな紙袋の中身は、以前、ショッピングモールで購入した枕が入っていると思われる。その隣に袈裟懸けバッグを置き、バッグの上に道中被っていたであろうミッドナイトブルーのフェルト生地を用いたベレー帽を、型崩れしないように軽く乗せた。


 天野さんが被っていたベレー帽は、雑誌かなにかで見た覚えがある。今年の冬のトレンドアイテムとして紹介されていたような気がしたけれど、メーカーロゴの刺繍が裏側になっているため、どこのメーカーかは判別できそうになかった。


「遅れてごめんなさい」


 そういって頭を下げ、「ちょっと暑いわね」とダウンコートを脱いだ。下に着ていたのは、薄手の()(なり)(いろ)をしたVネックセーターで、僕と佐竹は目のやり場に困りつつも、「うん」とか「おう」とか返事をして誤魔化した。


 逡巡の後に、


「髪伸びたな、ガチで」


 佐竹は呟くように言い、話題を別の方向へシフトチェンジさせた。


 これで視線は髪に移動できる。


 天野さんのセーター姿を見ていると、佐竹はどうか知らないが、僕は殺されてしまいそうだった。


「ええ、秋からカットしてないから」


 ぺたんこになった前髪を左手でくしゃくしゃっとしながら、天野さんは言う。


「どうして切らないの? 気分転換?」


 ──この波に乗るしかない!


 と僕が訊ねると、


「願掛けみたいものよ」


 そう言ってバッグから携帯端末を取り出し、月ノ宮さんから追加のメッセージが届いていないか確認する。


 だが、追加のメッセージが届いていない。


「楓はまだきてないようね。なにか連絡あった?」


 答えはわかっているけれど、一応、念のために。


 そんな声音だった。


「いんや?」


 僕よりも先に頭を振ったのは佐竹だった。


「そう。なにもなきゃいいけど……」


 ここに呼び出した張本人が大遅刻というのもそうだが、月ノ宮さんに限って遅刻するはずはない、と思っていたのは火を見るよりも明らかで、だれひとりとして予想だにしていなかったはずだ。


 僕はいつでも一時間前に到着するけれど、月ノ宮さんは僕の次くらいに集合場所に到着するような、時間に厳しい性格だ。


 その月ノ宮さんがまだ到着していないとなると、事件か事故に巻き込まれた可能性を考えてしまうのも当然といえる。


「なにかあったら連絡してくるだろ。楓のことだしな」


「それもそうね」


 話が一段落したのを見計らって、照史さんが天野さんのオーダーを取りにきた。


 銀のトレーから水の入ったコップを丁寧に天野さんの前において、


「久しぶりだね。ご注文は?」


「おひさしぶりです、照史さん。ホットカフェラテをお願いします」


「ホットのカフェラテ……と」


 黒いエプロンの胸元にあるボールペンを、人差し指と親指で摘んで引き抜いたその勢いで、慣れた手つきで鮮やかなペン回しを決めた。そして、注文票にささっとボールペンを走らせると、「少々お待ちください」頭を下げてカウンターに戻っていった。


「照史さんって爽やか色男だけど、ちょっとキザっぽいところもあるよな」


 こそこそと佐竹が僕に耳打ちする。


「多分、嬉しいのよ」


 内緒話をしたつもりが筒抜けになっていたらしい。


 一瞬の間を開けて、


「嬉しいからキザっぽくなるのか?」


「そうじゃなくて、テンションが上がってるんじゃないかしら」


「ああ、なるほど。()()()()()()()()()ってっやつか」


「もしかして〝手の舞足の踏むところを知らず〟と言いたかった?」


「それだ!」


 佐竹は両手を叩き、右手の人差し指で僕を指した。


「でも、雰囲気は伝わるわね。佐竹にしたら上出来じゃない?」


 そうだけど、無理して使う言葉でもないんだよなあ……。心が躍る、や、有頂天になるなど、メジャーな言い回しは沢山あるはずなのに──さては、覚えたてで使いたかったんだな? まるで、覚えたての英単語を使いたくて浮き足立つ小学生みたいだ。エンドゥユー、エンドゥユーって。


「日々()()を積み重ねていれば楽勝だぜ。マジで」


「ああ、うん」


「そう、ね」


 僕と天野さんは顔を見合わせて、くすと笑う。いくら研鑽を積んだとしても、佐竹はやはり佐竹でしかない。いや、これも計算の内かもわからないが、仮に計算だっとしても、ただ阿保が露呈しただけなんだよなあ……。





 天野さんが注文したカフェラテの量が半分程度になった頃、本日の主役が両手に大きな紙袋を下げて登場した。大きなというよりも、大袈裟なと表現したほうが正しいかもしれない。


 大袈裟なくらい大きい紙袋の中身に対して一抹の不安を覚える僕だったが、嫌な予感がしているのは天野さんも同様で、どん! とテーブルの上に置かれた紙袋を引き気味に見ながら頬を痙攣(ひきつ)らせている。


「先ずは遅刻を謝罪いたします」


 申し訳ございませんと頭を下げたことよりも、僕らの視線は月ノ宮が着ている服に向いていた。


 なんだなんだ、どうなってるんだ? と佐竹は僕に説明を求めるような目で見てくるし、天野さんに至っては、その服装と大袈裟な荷物を交互に見遣り、「だから遅れたのね」と合点しているようだが、それでもリアリティがまるでない現状を受け入れ難く、背筋が強張っているように見えた。


「月ノ宮さん……どうしてサンタクロースのコスプレをしているの?」


 しかも、かつて僕が琴美さんに着せられたミニスカセクシーサンタ衣装である。


「クリスマスはとっくに過ぎていますが、私たちのクリスマスは今日なのです。よって、私がサンタクロースに成り代わり、皆様にプレゼントを差し上げたいと、こうして衣装を着用し、馳せ参じた次第です」


 僕らと月ノ宮さんのテンションが違い過ぎて、照史さんに助けを求めるべく目を向けた。


 だが然し、本意は伝わらなかったようだ。困惑している僕に、笑顔とサムズアップで返してみせたのである。


 混沌めいた状況で、妹と同等のハイテンションを返す照史さん。


 この兄あってこの妹ありなのだ、と僕は憂鬱な気分になった。



 

【修正報告】

・2021年7月26日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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