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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百八〇時限目 プレゼント交換会は始まらない


 クリスマスに降った雪は、関東圏の交通に影響を及ぼした。


 各地で車がスリップ事故を起こしいていると、連日のように報道されている。それでも三日で交通網の麻痺を解消してしまうのだから、復旧作業に尽力した作業員の方々に対して足を向けて眠れない。


 当初の予定から二日過ぎた今日、僕、天野さん、佐竹は、月ノ宮さんの呼び出しでダンデライオンに集結することになっている。毎度ながら待ち合わせに一着で到着した僕は店内に入らずに、こそこそと外から店のなかの様子を窺っていた。


 雪が溶けたとはいっても、車が行き交う道路だけである。


 歩道側には雪掻きで道路から排除され、ところどころ黒く変色した汚らしい雪の塊が残っている。


 雪に足を取られて転倒する危険性を考慮して出歩かないようにしているのか、常連客の姿すらない。


 この店の常連には、早朝の公園でゲートボールに精を出すような活発さはなく、かといって難病を抱えていそうでもない高齢者が目立つ。


 両指で数えられる程度しかいない常連客のなかでも一際存在感があるのは、いつもお洒落なスーツを着て登場し、カウンターの固定席でセブンスターを吸っているハードボイルドおじいちゃん──と勝手に呼んでいる──だが、この様子だとこないかもしれない。


 そうなると、頼みの綱であるご新規さんに賭けるしかなさそうだけど、雪が残っているうちにわざわざ珈琲を飲みにいこうと考える奇特な人もいないだろう。薄暗い店内を騒がしさで二度くらい明るくさせていた学生たちだって同じだ。


 ここら一帯にある学校は二つ存在する。一つは、生徒の自主性を重んじる我らが梅ノ原学園高等学校。もう一つは、ここ数年の間に野球部が強くなった私立校で、(すの)(はら)(りん)()(しば)()(けん)が通っている高校でもある。


 在校生に地元民もいるだろうけれど、両校ともに遠路遥々通っている生徒が主である。多分。別に統計を取ったわけでもないが、おそらくはそうだろう。とどのつまり、部活動でもなければ休みの日にこんな田舎に足を運ぶ理由がなかった。


「そんなところでなにをしているんだい?」


 (あき)()さんがドアを半分ほど開き、苦笑いを僕に向ける。


「楓たちとも待ち合わせしているんだよね? 外は寒いし、なかへどうぞ」


 どうして照史さんが待ち合わせのことを知っているのか。


 ──妹の仕業か。


 お兄様だいすきだからって、プライベートを話しすぎでは?


 カロリン、とベルを鳴らしてドアが閉まった。


 入った瞬間に香る焦茶色の匂いと古時計に懐かしさを覚えながら、更に奥へと進む。至るところにアンティークな小物が飾られていて、微妙なタッチの絵も健在だ。客が増えても変わらない風景。まったりと落ち着く空間。気の利いた音楽に耳を傾けつつも、僕らの〈指定席〉に着座すれば、照史さんがグラスを拭く姿が目に映る。


 当たり前の場所に当たり前の人がいて、それを当たり前だと思える日こそが特別なのかもしれないな、なんて知ったようなことを思いながら、着席すると同時に照史さんが運んできた水を一口飲んだ。


「注文はどうする?」


 僕は頭を振った。


「みんながきてから一緒にします」


「かしこまりました」


 照史さんは朗らかな笑みを浮かべて、カウンターの奥に戻った。


 待ち合わせ時間まで小一時間ほど暇ができてしまった。


 携帯端末を取り出して画面を確認すると、佐竹がグループメッセージに連絡を入れていた。


 どうせ遅刻のお知らせだろうとは思うが、一応開いてみる。


 案の定、遅刻のお知らせだった。


 やはり、と言わざるを得ない。


 本人曰く、家を出る前に(こと)()さんと一悶着あったようで、それで遅れるとのこと。いつまでも期待を裏切らない男である。数分後、今度は天野さんが『遅れる』とメッセージを送信。それに応えるかのように月ノ宮さんまでもが──これはいったい?


「僕が知らないところでなにかが起きている……?」


 そう勘繰ってしまえるのが、今日という日だった。普段の待ち合わせだったら、僕はここまで疑問にしないだろう。時間に厳しい月ノ宮が遅刻するのは意外だが、それ以上でも以下でもなく、そのまま事実として受け入れるだろう。


 然し、今日はプレゼント交換の日であり、答えを出すと決めた日でもある。


 交通は滞りなく、雪のせいで電車が遅延しているとも思えない。時間通り──正しくは予定時刻よりも一時間半早く──に到着した僕がこの場にいるのがなによりの証拠だ。


「照史さん、楓さんから〝今日の予定〟を訊いてませんか?」


「さて、どうだったかな?」


 照史さんは顔色一つ変えず、飄々とした態度で答える。


「コーヒーを注文しれくれたら思い出すかもしれないけど?」





 * * *





「ごめん、実はなにも知らないんだ」


 ブレンドを一口飲んで、受け皿にカップを置く。


「──これは嘘を吐いている味だ」


 言ってみたい台詞のランキング上位入賞するであろう、超有名な漫画の主要人物が、主人公の額に浮かんだ汗を一舐めして言い放った台詞を、あたかも自分発信かのように、臆面もなくいう厚かましいやつが、ここにいる。 


「いやいや、本当に知らないんだよ。これは嘘じゃない」


「嘘じゃなくて〝隠している〟でもなく?」


「そこまで意地汚い性格をしていないはずだけどね」


 一休さん的な頓知合戦かと思ったけれど、そうじゃないらしい。


 そうなると、いよいよわからなくなった。こうも示し合わせたように、三人揃って遅刻なんてあるのだろうか。絶対にないとも言い切れないが、可能性としては大分低いように想う。


 では、これが計画的な遅刻だったとして、彼らにどんなメリットがあるというのだろうか。


 なくなくない?

 なくなくなくない?

 なくなくない?


 かつて詠んだギャルっぽい五七五を再び引用してしまうくらいには、該当する理由がなくなくなくない? そして字余り。だが、僕が知り得る限りの女子高生は、『なくない?』よりも『ありよりのなし』か『わかりみが深い』を常用する。そこから導き出せる答えは──意味がわからない。


「身構えたってなるようにしかならない、か」


 無駄に知恵を絞るよりかは幾分利口だろう。


 成り行きに身を任せられるほど勇敢ではないし、どちらかといえば気が小さい臆病者だ。


 だからこそ身構えるし、予め策を弄する。


 それでも解決の緒を見つけられなければ、白旗を振ってお手上げしかないのだ。


 それに、いまの精神状態では深く意識を潜らせることもできなそうである。


 ブレンドをブラックで飲んでいるせいか、胃がきりきり痛み始めた。



 

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