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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百七十七時限目 天野恋莉は暴走寸前で食い留まる


 パスタ屋から出た私たちは、一階と二階のお店をいろいろと巡り、気軽なウインドウショッピングを楽しんでいた。


 ショッピングモール内にある服屋の大半が女性専門店で、男性服は、二階にある全国チェーンのリーズナブルな値段で衣服を提供する店と、ノーブランド品を取り扱う衣料品売り場のみしかない。


 一方、女性専門の服屋が多いとはいったものの、ターゲット層を高めに設定している店が軒並み連ねていて、とてもではないけれども、袖を通したいと思えないデザインばかりだった。


 ──ここのショッピングモールは全体的に、三、四〇代をターゲットにしているみたいね。


 つまり、メインターゲットは主婦であって、私たちのような学生は、限られた店──全年齢対象の雑貨屋など──を楽しむ他にないみたいだ。


 雑貨屋は二店舗あり、そのうちの一店舗は正確にいえば本屋ではあるのだけれども、あまりにも雑貨の品揃えが幅広く、また、図書カードでオイルライターまでもが買えてしまう一風変わった店で、本屋という認識はほぼない。


 そのお店に入り、()()(れつ)な珍品の数々を見て回る。


 ──そういえば、以前にも似た店に入ったような?


 プラネタリウムを、私と、楓と、優志君の三人で見にいったときに入ったのが同じ系列の雑貨屋なのね。


 店舗名を知って合点がいき、一人でふむふむなるほどと頷いていたら、隣で腕を絡めるユウちゃんが不思議そうな顔をして私を見上げた。


「どうかしたの?」


「プラネタリウムを見にいった日に、同じ店に入ったでしょう? あのときに気になった商品があったんだけど、どうにも思い出せなくて」


 なにが『いいな』と思ったのか。


 どうして買うのを躊躇ったのか。


 頭の中がもやもやっとして、なかなかどうして出てこない。


「ああ、わかる。欲しい物って一期一会だから、そのときに買わないと忘れちゃったりするよね。私の場合は本がそれだなあ。あ、この本面白そう! って思ったけど持ち合わせがなくて諦めて帰宅したら、すっかり忘れてたり」


「ユウちゃん、呆けるにはまだ早いわよ?」  


 冗談めかして言う。


 ユウちゃんは絡める腕に一層力を込めて、


「呆けてないもん。ど忘れしただけだもん」


 むすっと頬を膨らませて抗議する可愛い妖精が、私の腕にしがみついている。


 ──なにこの生物。か、可愛いわ……!


 いまなら楓が興奮状態になるあの心理がわかる気がするけど、わかってしまったら取り返しがつかなくなりそうね……私はまだ、人間でいたいもの。


 いろいろと見て回ったけれど、あの日に気になった商品はついに思い出せず、代わりにといってはなんだけど、ホテルや旅館の部屋の鍵に付いている赤色のアクリルキー棒に『天野の家』と白字で掘られたキーホルダーを購入した。


 雑貨屋の近くにあったベンチに座り、家の鍵にキーホルダーを付けた。


「うん、なかなか趣きがあっていいじゃない」


「私の家名がなかったのが残念」


 鶴賀という名字は、関東圏だと珍しい。メジャーどころは全て抑えてあったが、珍しい名字を作っても売れ残るだけだと作っていないんじゃないかしら? 私は心の中で呟きながらも、「本当に残念ね」とユウちゃんを慰めるように言った。


「でも、私にはこれがあるし!」


 向かい側に座っているユウちゃんは、『本の虫』と書かれた缶バッヂを購入していた。他にも、『陰キャ』、『虚弱体質』、『他力本願』などの自虐めいた文字がプリントされているバッヂがあり、ユウちゃんはどれにしようか数分悩んで『本の虫』を選んだ。


「さすがに〝男の娘〟は選べないわよね」


「そんなバッヂ付けたら自爆もいいところだよ」


 ユウちゃんは完璧に女子を演じているし、それを見抜くのは至難の技だ。私だって最初は騙されたのだから、鋭い観察眼と洞察力を持っている探偵にしか正体を暴けないと思う。


 ──こうしていると、男子だってことを忘れてしまいそうね。


 きめ細やかな白い肌、程よく括れた腰のライン、髪はウィッグで偽物だけど、地毛を伸ばしたら楓にも劣らずの綺麗で艶やかな黒になるだろう。指は簡単に折れてしまいそうなほどに細く、爪の手入れもされている。身長が私よりも低いって、ここまでくると反則級だ。


 私が唯一勝てる要素は胸の大きさくらいなものだけれど、元が男子であるユウちゃんと胸の大きさで競うわけにはいかない。


「次はどこにいく?」


「そうねえ」


 まだまだ時間はあるとはいえ、目ぼしい店はいき尽くした。


 残る店でいきたいのは、と一考していると、ユウちゃんがすっと奥の店を指した。


「本屋にいきたいの?」


「いまいったのも本屋だけど、ちゃんとした本屋にもいきたいんだ」


「そうね。それもいいかも」


 これからの勉強に備えて、参考書をいくつか見繕ってもいいかもしれない。三年生になれば大学受験も他人事ではなくなる。大学に進学するとなれば、どれだけ勉強してもしたりないということはない。


 それに、私の家は浪人できるほど裕福とは言えないし、受験に失敗したら就職活動をしないと──そのための教材を見ておくのもありね。





 本屋に入ると、ユウちゃんは一目散に小説コーナーにいきたい、と。


 ゲームコーナーでの罰ゲームで、今日一日ずっと傍にいると約束したので単独行動ができないユウちゃんは、進みたい方向に人差し指を向けてアピールする。それがなんだかオモチャ売り場にいきたい子どもみたいで、私はつい可笑しくも、微笑ましくもなった。


「ユウちゃんがすきな作家って、たしか外国の作家よね?」


「すきというか、あれはなんだろう? 私もよくわからないんだけど、本屋にいくとつい探しちゃう作家さんってない?」


「ないわね……」


「ないんだ!? まあ、ハロルド・アンダーソンの小説は、ほぼほぼ中古でしか買えないんだけどね」


 曰く、かなり古い本らしい。


 私は小説を好んで読むほど読書家ではないので、真剣な眼差しで本棚にある新刊の数々を見ているユウちゃんを眺めていた。


「え、うそ」


 作者の名前順に並んだ本棚の『そ』で、ユウちゃんの足が留まった。


(そう)(げん)(ぜん)(じょう)の本がある……だと……」


 よほど驚いたようで、声が優志君になっていた。


「だれ? お坊さん?」


「ううん、違うよ。ずっと個人で作品を書いていた人で、ヒューマンドラマに定評があるセミプロ作家──だったんだけど、いつの間にプロデビューしてたんだ」


 ユウちゃんが手に取った本は、青々とした夏色の空に、黄金色の麦畑が広がる装幀で、麦畑の奥に両手を大の字に広げた麦わら帽を被った女性が案山子のように背を向けて立っている。本のタイトルは黒字で〈KOMUGI〉と記されてあった。


「これだけだとどういう内容かわからないけど、綺麗な装幀で心を惹かれるわ」


「これ買う!」


「あらすじも読まないで買うの?」


「なんかこう……びびびってきた!」


 語彙力が消失するくらい稲妻が駆け巡ったようだ。


 本にも『ジャケ買い』という概念があるのかは不明だけれど、機を見るに敏と手を伸ばしたのは、『欲しい物って一期一会だから』と発言していたユウちゃんらしい。


「私も買おうかしら……」


「読み終わったら貸してあげようか?」


「ううん。やっぱりやめておく。ユウちゃんに貰った本を読み終えてから考えるわ」


 ユウちゃんが買った『KOMUGI』に私がプレゼントしたブックマーカーが挟まれるのを想像して、「……なんか、いい」と笑みが溢れそうになった私だった。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] え、か、かわいい……
[一言] 昔この作品を読んだことがあるのですが、久しぶりに見てみたらすごい話数になってて…今年になって改めて全話読ませて頂きました! この先の展開も気になります! これからも頑張ってください!
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