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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百七十四時限目 作戦開始


 今日しなければならないことはいくつかある。


 楓のクリスマスプレゼントを購入するのは、『本当の目的』のおまけみたいなものだ。


 プレゼント選びを早々に切り上げた理由もそこにあって、私は強引にユウちゃんの手を取り、エスカレータを目指した。


「レンちゃん、どこにいくの?」


 そんなの、決まってる。


「ゲームコーナーにいくのよ」


 私の目的その一、プリクラを撮る。


 ユウちゃんの写真は何枚か携帯端末のデータフォルダに入っているけれど、それとは別に、並んで──密着した状態で──撮影した写真が欲しかった。


 それに、ユウちゃんに『プリクラ』を体験してほしいという気持ちもある。


 いまは女子高生なのだし、女子高生らしいことをさせてあげたい。


 エスカレータで二階に上がり、本屋、和物雑貨、帽子屋、靴屋の前を通り過ぎ、騒がしい電子音が鳴るゲームコーナーに到着した。


 さすがは地域密着型のショッピングモールなだけあって、子どもを連れた親たちが多く、子どもたちはメダルゲームとカードゲームに霧中になっているその奥で、パチンコやスロット台にお金を投じる大人たち。


 いつも思うのだけれど、換金できないパチンコ、スロットを打つメリットってなにかしら?


 演出を楽しむだけならアプリのほうがお金を使わないで済みそう。


 プリクラ機はゲームコーナーの後方に位置した場所に三台用意されていて、どれも豪華絢爛に着飾ったギャル風の女子がプリントしてある。多分、ギャル系ファション誌のモデルさんだろう。


 大昔に『コギャル』、『ヤマンバ』って文化が流行り、その時代からプリクラも盛んに使われるようになったと訊く。


 然し、プリクラ機にプリントされているモデルさんは、どちらかというと『夜の蝶』のような美しさだ。


 時代が変わればメイクも変わる。それが女子世界の理よね。


「レンちゃん、もしかして」


「撮るわよ、プリクラ」


「本当に撮るの?」


 不安そう──というか嫌そう──に、ユウちゃんが言う。


「せっかくきたんだから、一枚くらいいいでしょ?」


 何用があって『せっかく』なのかは、この際どうでもいい。


「いいけど……初めてなんだよね」


「大丈夫、指示通りにするだけだから」


 実をいうと、私もプリクラを撮影するのは初めてだった。


 中学時代はずっとテニス部で、四六時中ラケットを振っていた私にゲームセンターで遊ぶという選択肢はなかった。


 ゲームにお金を使うよりもいいガットに張り替えたいし……でも、試合に出られたのは三年生になってからで、最初で最期の試合はぼろ負け。


 私がいた頃は『不作の年』とまで言われていて、期待もされずに続けられるほどモチベーションも高くなく、それでもテニスを続けていたのは、きっと凛花が応援してくれていたからだと思う。


 そんなテニス漬けの日々に『女子中学生らしい日々』は皆無だった。


 これではいけないと思い、梅高に入学してからは自分を変えようとしたけれど、結局は、テニスをしていない、中学時代と然程変わらない自分が、代わり映えのない生活を続けているだけ。


 でも、ひとつだけ変化があった。


 私は、恋をしたのだ。


 周囲に溶け込むことなく、周囲に合わせることもなく、だけど、ここ一番ってときはクラスのリーダー的な位置にいる佐竹よりも頼れる男の子に。


 可愛くて、本当に可愛くて、可愛いしか言葉に出てこないほど可愛くて、目に入れても痛くないんじゃないかと思う女の子に。


 彼と、彼女と付き合えるなら、私はなんだってする──いや、なんでもしたい。


 プリクラ機に並んで数十分、ようやく私たちの番が回ってきた。


「あ」


 並んでいるプリクラ機の隣の機種から出てきた男子を見て、ユウちゃんがなにかを見つけたような声を上げた。


「熊井君……」


 熊井と呼ばれた男子の隣には、彼女さんらしき人物がいた。


 硬派で無骨な雰囲気がある熊井君とは違って、ブランド品で身を固めた派手系ギャルだった。


 お似合いカップルと呼ぶには難しい二人だが、二人でプリを撮るのだからそういう仲なのだろう。


 ユウちゃんは浮かない顔をして、熊井君たちが遠くへいくのをぼうと眺めていた。


「だれ? 知り合い?」


 私が訊ねると、ユウちゃんは無言で頷く。


「中学時代のクラスメイト。柴犬のグループにいた頃にちょっとだけ関わりがあったんだけど、問題を起こしてそのままこなくなったんだ」


 ──犬類じゃなくて、凛花の恋人、(しば)()(けん)君のことよね?


 凛花から毎日のように送られてくる惚気メッセージには食傷気味な私だけれど、この二人は長続きしてくれたらいいなとも思ってる。


 でも、中学時代の柴田君は結構なヤンチャ気質だったようで、いい雰囲気になるとその顔がたまに出てくると語っていた。──末永くお幸せに。


「向こうは気づかなかったみたいね」


「気づかれたら面倒だし、いいんだけど」


 プリクラ機のなかでそんな会話をしながら硬貨を投入し、四苦八苦しつつも無事に撮影が終了。


 プリントアウトされた写真を見て、私は顔から火が出るのではないかと思うくらい恥かしかった。


 撮影される二秒前、私は思いっきりユウちゃんに抱きついたその表情が『ムフフ』って感じに笑っていて、自分でもちょっと引くレベル。──これはさすがに。


「まさか抱きつかれるなんて思ってなかったから、変な顔になってるじゃん……」


 私のことを指しているのかと思えば、ユウちゃんは自分の一驚した顔に文句を言っている様子。


 ──私に対しての指摘だったら、一週間は寝込んでいたかもしれないわ。


「プリクラってそういうものよ!」


 などと、大嘘を吐く私。


 プリクラの存在理由なんて、私が知る由もない。


 顔の加工はほどほどに、写真に描かれた『クリスマスデートなう』の文字が痛々しい。


 クリスマス期間限定フレームの騒がしさも相俟って、この写真は門外不出にしなければ、と胸中で誓う。


 だけど、強引にも抱きついた甲斐があった。


 ユウちゃんの驚いた顔は、あまり見られない。


 それを切り取れただけでもよかった。と、内心ほくそ笑みながらハサミを使って半分こする。


「はい。これユウちゃんの分よ」


「いまなら高校デビューに失敗した流星の気持ちがわかる気がする」


 苦笑いしながらも受け取り、鞄にしまう。


「気を取り直して、今度はクレーンゲーム対決ね!」


 パン、と手を打ち、私は再びユウちゃんの手を取った。


 目的その二、クレーンゲーム勝負。


「千円で多く景品を取ったほうが勝ちね?」


 とは言ったけれど、私の目的は他にある。


 どうせ、クレーンゲームのアームはゆるんゆるんに緩み切っていて取れないだろう。シーズン中のクレーンゲームなんて、そんなものだ。


 だからこそ、これは布石なのだ。


 私がユウちゃんに用意したプレゼントを渡す、そのための過程。


「ええっ!? 私、クレーン苦手なんだけどなあ……」


 とはいいながらも、ユウちゃんの目はやる気そのものだ。財布から千円札を抜き取り、臨戦態勢に入る。


 勝負ともなれば、私も負けるわけにはいかない──なんて、いつもの私なら闘志を丸出しにするけれど、今日は控えに、表向きだけのやる気を目に宿した。


 クレーンゲームといってもその形態は様々だ。


 従来のクレーンは勿論のこと、獲物を上手く挟んで落とすタイプや、ピンポン玉をたこ焼きプレートのような窪みに落とす物などがある。


 私の狙いは、このゲームセンターに入ってから決まっていた。


 通称〈コンビニキャッチャー〉と呼ばれるクレーンゲームなら、景品を取れないこともなさそうだ、と。


「手に入れた商品はプレゼントってことにしない?」


 両替機で千円札を小銭に変えたユウちゃんが、思いついたみたいに言った。


「楓のクリスマスプレゼント?」


「の、おまけみたいな」


「いいわよ。負けたらどうする? こういうのは罰ゲームありきよね」


「罰ゲームもあるの!? じゃあ、勝者のお願いをひとつだけきく、とか?」


 負けられない戦い──!


「お金を使い切ったらここに集合ね」


 うん、とユウちゃんは首肯して、別方向のクレーンゲームを吟味し始めた。



 

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